山と道ラボ レインウェア編

#8

レイヤリングのもたらす効果
調査/文:渡部隆宏
イラスト:KOH BODY
2018.09.21
山と道ラボ レインウェア編

#8

レイヤリングのもたらす効果
調査/文:渡部隆宏
イラスト:KOH BODY
2018.09.21

準備期間を入れれば足掛け1年以上の長きに渡ってレインウェアの探求を続けてきた山と道ラボのリサーチも、いよいよ大詰めを迎えてきました。

今回は、実際の着用場面に近い状態を再現すべく、レインウェア素材とベースレイヤー素材をレイヤリングした上での透湿性や保温性を測定しました。そこで出た結果は、ある意味衝撃的。必見です!

『山と道ラボ』とは

山道具の機能や構造、性能を解析する、山と道の研究部門です。アイテムごとに研究員が徹底的なリサーチを行い、そこで得られた知見を山と道の製品開発にフィードバックする他、この『山と道JOURNALS』で積極的に情報共有していくことで、ハイカーそれぞれの山道具に対するリテラシーを高めることを目指します。

前回までのリサーチと実験を経て、山と道ラボでは防水透湿素材の素材について理解を深めました。

一般的にはあまり知られていなかった、親水性と疎水性という性質の違いが素材の特性を分けるカギとなること、全ての要素を満たす完全な素材はなく使い分けが重要になるという点が主なファインディングスだったと思います。

一方で、山と道はラボの研究と並行してレインウェアの開発を進めていました。素材として採用されたのはパーテックスシールドとパーテックスシールドプロ。軽量さと性能のバランスを重視したとのことです。

過去の実験では、パーテックスシールドは「親水性無孔質」の軽量素材で、透湿速度に優れるという結果が示されました。パーテックスシールドプロはメンブレンに多数のミクロの穴(孔)が空いた「疎水性多孔質素材」であり、穴から通気するぶん、透湿性に優れます。

比較すると、パーテックスシールドの方が無孔質なぶんだけ生地を薄くすることができ、より軽い製品をつくることができます。パーテックスシールドプラスはパーテックスシールドほど薄くできないため重量面ではやや劣りますが、透湿性能では分があります。

素材の評価データ(山と道ラボレインウェア編#7より再掲)

さてそのような中、山と道の代表・夏目彰からラボに「レインウェアとベースレイヤーのレイヤリング効果の検証」というテーマが下されました。

確かに、そもそもレインウェアは素肌に直接着るものではありません(Tシャツの上に羽織る際、腕に接する場合はありますが)。レイヤリングが着心地(ムレ感や保温性)にもたらす効果を調査することで、より実着用場面に近い衣類内の環境や利用方法についての知見を得ることができそうです。

たとえば下に着るベースレイヤーとのレイヤリングによって、レイン素材単体の長所がより強調されたり、短所がカバーされたり、逆に短所が助長されたりといった効果がどのように生じるのか、レイン素材の種類や、レイヤリングの素材によってその効果は異なるのかなどなど、興味は尽きません。

そこで今回は試験機関にテストを依頼し、レイン素材をメリノウールと化繊のベースレイヤー素材とレイヤリングした上での特性を測定・分析することとしました。

調査概要と目的

今回の実験は、より実際の着用場面に近い状況を再現すべく計画しました。

具体的には、発汗シミュレーターという「汗をかく人体」を模した装置にベースレイヤー素材とレイヤリングしたレインウェア素材を載せ、温度と湿度の推移を測定しました。この装置により、これまでの実験よりもリアルに衣類内の状態を測定できるのではないかと期待できます。

今回の実験で検査したのは、レイン素材がパーテックスシールドプロとゴアテックス、ベースレイヤー素材がメリノウールと化繊という4素材の組み合わせです。

疎水性のパーテックスシールドプロは山と道のレインウェアにも採用されており、早々に実験対象とすることが決まりました。比較対象として選んだゴアテックスは、レイン素材の代名詞としてこうした実験には欠かせないと判断しました。ゴアテックスは親水性コーティングを施した素材であるため、この両者を実験・比較することで、疎水性と親水性のレイヤリング効果を比較することができると考えました。

ベースレイヤーの素材は、一般的に多用されているメリノウールと化繊(ポリエステル100%)を選びました。メリノウールは山と道のメリノ100%、化繊はモンベルのジオラインです。実際にはベースレイヤーなしのレイン素材単体での測定も行いましたので、メリノ・化繊・なしの3種類となります。

以上、レイン素材2種とレイヤリングパターン3種の合計6つのパターンについて実験を行いました。

調査概要

・発汗シミュレーション試験(サーモラボ法)
 測定環境:室温20度・湿度65%
 発汗量:約20ml/m2・h
 熱板温度(模擬人体皮膚温度):34度
 記録時間:65分

※「快適性能」の尺度としては#7で特定した「透湿性」「保温性」「透湿速度」を用い、それぞれ素材内湿度、素材内温度とそれぞれの経時変化で性能を比較

実験結果

それでは実験結果をご覧下さい。

下図は、レイヤリングなしの場合のパーテックスシールドプロ(PSP-青線)とゴアテックス(GORE-赤線)の湿度・温度変化です。時間経過とともに発汗装置の作用により湿度は上昇、一方で温度は低下しています(各素材で初期値が異なるため、スタート時点の温度/湿度を100とした指数で表現しています)。

湿度の推移(レイン単体)

温度の推移(レイン単体)

ゴアテックスに比べ、パーテックスシールドプロは湿度の上昇が抑えられていることがわかりますが、一方で温度についてはゴアテックスの方が下がり方が緩やかです。

この結果から、パーテックスシールドプロは蒸れの抜けが良く、かつ熱気を放出してくれ、ゴアテックスは蒸れ度は高いものの、保温性に優れていることがわかります。

さて、ここまではかつて行ってきた素材単体の検証でも予測できる結果です。メリノウールや化繊とレイヤリングした場合の湿度・温度はどのように変化するのでしょうか?

メリノウールとのレイヤリング結果

湿度の推移(メリノレイヤリング)

温度の推移(メリノレイヤリング)

一見して、レイン素材単体の場合にくらべて、パーテックスシールドプロとゴアテックスの差が湿度・温度共に縮まっていることがわかります。

この結果を見ると、「パーテックスシールドプロの保温性の低さ」と、「ゴアテックスの蒸れやすさ」というそれぞれの相反する弱点がメリノによって補われたことがわかります。メリノには衣類内のムレを吸着し、かつ保温性を高める効果がありました。

メリノはレイン素材単体に比べてパーテックスシールドプロの場合湿度を4%低減させ、温度を2%ほど上昇させる効果がありました(60分後測定値)。ゴアテックスの場合湿度を15%ほども低減させ、温度を1%ほど上昇させました(同)。

化繊(ポリエステル)とのレイヤリング結果

湿度の推移(化繊レイヤリング)

温度の推移(化繊レイヤリング)

レイン素材単体の場合にくらべて、パーテックスシールドプロとゴアテックスの差が湿度・温度共に縮まっているのはメリノと同様です。ただし、湿度はレイン単体よりも高い推移となっています。つまり、メリノと異なり蒸れを低減させる効果はありませんでした。

化繊はレイン素材単体に比べてパーテックスシールドプロの場合湿度を10%も上昇させ、温度を2%ほど上昇させる効果が認められました(60分後測定値)。ゴアテックスの場合は湿度を2%上昇させ、温度をやはり1%上昇させました(同)。

わかりやすいように、レイン素材ごとに単体・メリノウール・化繊を比較した図表を作ってみました。まずはパーテックスシールドプロから。

温度の推移(PSP)

温度の推移(PSP)

パーテックスシールドプロの場合、メリノウールはレイン単体・化繊に比べてより湿度を下げ、保温性を高めてくれることがわかります。

化繊はメリノ同様に衣類内の保温性を高めてくれていますが、その効果はメリノに比べて弱く、一方で湿度は上がります。

続いてゴアテックスです。

湿度の推移(ゴアテックス)

温度の推移(ゴアテックス)

ゴアテックスの場合も、メリノはレイン単体・化繊に比べてより湿度を下げ、保温性を高めてくれる効果が確認できました。特に、湿度の低減効果は単体・化繊に比べて圧倒的です。

化繊はやはりレイン単体よりも蒸れを助長してしまいます。メリノ同様に衣類内の保温性を高めてくれますが、その効果はメリノに比べて弱めでした。

グラフで確認出来た実測値とは別にレイヤリング効果について統計的な分析を行ったところ、1分あたりの湿度上昇度が1.3%の環境下で、メリノは15.0%湿度を低減させる反面、化繊は11.6%湿度を上げる効果が認められました。温度では、メリノは1.1度、化繊は0.72度の保温効果が認められました。

Illustration : Koh Body

まとめと考察

実験を通じてわかったこと

今回の実験結果をまとめてみます。

まずは、発汗シミュレーターで明らかになったレイン素材そのものの特性です。パーテックスシールドプロは透湿性に優れ、一方で疎水性多孔質メンブレンの宿命としてゴアテックスに比べ保温性に劣る(涼しい)ことがあらためて明らかになりました。ゴアテックスはパーテックスシールドプロに比べて蒸れやすい性質をもちますが、保温性に優れます(暖かい)。

レイヤリングの効果としてはメリノウールと化繊とで大きな違いがありました。

メリノは親水性・疎水性素材の双方で共にムレを防ぎ、保温性を高める効果が認められました。よりムレを低減させ、課題となりがちな体温保持に寄与するという意味で、パーテックスシールドプラスのような薄い疎水性素材とのマッチングは理想的といえるでしょう。ゴアテックスとのマッチングでは、蒸れやすいという弱点を補い、もともと長所である保温性を補ってくれます。コンディションによっては暑すぎると感じるような事態もあり得ますが、同時に蒸れも防いでくれるので快適さは損なわれにくいと推測できます。

つまり、レインウェアはメリノウールとレイヤリングすることでより蒸れにくく、より暖かく着用することができるということになります。

化繊は、保温効果はあるもののメリノに劣り、衣類内の湿度は単体よりも高めになるという結果となりました。薄い疎水性素材とのマッチングは、保温性を補ってくれる効果はありますが、蒸れにくいという長所を打ち消してしまいます。蒸れやすいゴアテックスとあわせた場合、不快感を一層高めてしまいます。

結果からの考察

メリノウールの優れた特性については、これまで感覚的に語られることが多かったですが、今回あらためて数値によって実証することができました。

薄い軽量のレインウェアは、どうしても保温性が懸念されます。パーテックスシールドプロのような疎水性多孔質素材の場合はとくにムレを排出する効果が高いため、蒸れにくい反面冷えやすいという宿命がありましたが、メリノウールとのレイヤリングによって、この課題をかなりの部分解消できることが示されました。

同様に、ゴアテックスのような比較的重く保温性が高い素材で課題となる蒸れの問題を、メリノウールが解決してくれるともいえますが、軽いレイン素材の保温性問題をメリノで解決する使い方の方が装備の軽量化には向いています。

なお、今回検証した保温性については気温20度~30度の範囲内であり、シェルが肌に貼り付くような強風下やマイナスに届くような低温下は想定していません。厚くハリのある素材は身体にはりつかず、内部に空気を保ってくれるという特性があり、その様な状況ではゴアテックスのような素材に依然として適性があると思われます。

さて、化繊がメリノよりも優れた点としてよく挙げられるのは速乾性や耐久性ですが、今後このあたりも実際に検証する必要があると感じました。少なくとも今回の結果からは、素材が速乾性であっても衣類内が蒸れないわけではないことがわかりました。

よくよく考えれば、どんな速乾素材であってもシェルの内側で常に発汗していれば乾くはずがありません。

化繊は速乾性が高く1枚で着るぶんには素早く乾きますが、吸湿性が低いため、発汗するとウェア内部に湿度がどんどん放出され、結果蒸れやすいのだと考えられます。一方、メリノは速乾性は低いですが湿気を繊維内部に留める性質があるので吸湿性が高く、ウェア内部の湿度はそれほど上がらないのではないでしょうか。

速乾素材というとドライな着心地を連想をしがちですが、ベースレイヤーの速乾性と衣類内の蒸れ感とは別の概念であるということが示唆されました。

今回のリサーチを通じて、レイヤリングの効果とメリノウール・化繊の特性を確認することができました。

メリノウールについては今回測定した以外にも、肌に接する面が疎水性であり、たとえ濡れていてもドライな着心地に感じるといった様々な特性があります。そういったメリノのおどろくべき特長については、今後計画している「山と道ラボ ベースレイヤー編(仮題)」で詳しく検証していく予定です。

次回はいよいよ佳境へ。山と道のレインウェア実製品を着用し、着心地なども含めてリサーチする予定です。

(文責:渡部 隆宏)

注:本稿は2018年8月から9月にかけて行ったリサーチャー、およびラボメンバーの独自研究をまとめたものであり、一部に推定もしくは主観的な判断を含みます。本稿は内容の完全な正確性・妥当性を保証するものではなく、本内容を利用する事によって生じたあらゆる不利益または損害などに対して一切の責任を負いかねますのでご了承下さい。引用は著作権法にもとづいた適正な範囲でお願いします。

渡部 隆宏

渡部 隆宏

山と道ラボ研究員。メインリサーチャーとして素材やアウトドア市場など各種のリサーチを担当。デザイン会社などを経て、マーケティング会社の設立に参画。現在も大手企業を中心としてデータ解析などを手がける。総合旅行業務取扱管理者の資格をもち、情報サイトの運営やガイド記事の執筆など、旅に関する仕事も手がける。 山は0泊2日くらいで長く歩くのが好き。たまにロードレースやトレイルランニングレースにも参加している。