誰にでもある、思い出の道具やどうしても捨てられない道具、ずっと使い続けている道具。
この『HIKERS’ CLASSICS』は、山と道がいつも刺激を受けているハイカーやランナー、アスリートの方々に、それぞれの「クラシック(古典・名作)」と呼べる山道具を語っていただくリレー連載です。
第5回目となる今回の寄稿者は、ハードコアな源流野営釣行の世界では知る人ぞ知る存在である丹沢黒部さん。
その長年の経験と試行錯誤に形作られた哲学に裏打ちされたリアルな源流釣行道具の「クラシック」は、沢屋や釣師ならずとも必見です!
NOTE
バックパッキングからウルトラライト・ハイキングへ
何故にこの企画が自分なぞに! と、正直驚きを隠せないでいるのですが、酔った勢いで無謀にも引き受けてしまいました。SNSや某雑誌などで丹沢黒部(Tanzawa Kurobe)を名乗っているので、これで通させていただく非礼をまずはお詫びいたします。
私が山を始めたのは30年以上前、地元の登山サークルに入っていた母親の影響でなんとなく道具を借りて丹沢に登ったのがきっかけです。借りた道具が片桐のキスリングと今はなきキャンピングガスのストーブ、そんな時代でした。
当時はバックパッキングの世界に憧れて、芦澤一洋さんや田淵義雄さんの著書を片っ端から読み漁っていました。山でテン場に着くと案外暇なので、そうなると、必然的にこの二人の巨匠の影響でフライフィッシングへの興味がふつふつと湧いてきます。当初はケルティのフレームパックに幕営装備を全て詰め込んだ『遊歩大全』スタイルで無謀にも源流域に突っ込んでいたのですが、いま思えば無理に無理を重ねたスタイルでした。
以来、沢屋さんが攻めている源流域で、本来ならば里川で優雅にロッドを振るフライフィッシングが果たして可能かどうかをとことん追求しています。
本当にこんなにスタイルで日本の源流域に無謀にも突撃してました。有名なKELTY Tiogaは容量少な過ぎでより大容量のExpeditionを愛用していたのがいま思えば驚き
いつまでも『遊歩大全』を引きずっていた時代の自分のお気に入りソロ野営スタイル。これだけでゆうに3キロオーバー
そんな折に、全く新しいムーブメントがアウトドア界に突如として現れました。ウルトラライト・ハイキング!! これには衝撃を受けました。寺澤英明さんのブログ『山より道具』を始め、当時数多くあったUL系ブログやアメリカの『Backpacking Light』というサイトを更新の度にチェックする日々。これこそが自分が必要としてる方法論ではないのかと思ったのです。
ケルティのエクスペディション(バックパック)はゴーライトのブリーズに、モンベルのムーンライト1とスノーピークのペンタはシックスムーンデザインのゲイトウッド・ケープと農ポリに、スベア123はBPLウィングストーブへと様変わりして今に至ってます。
ともあれ、自分はギア好きではありますが、ギアマニアではないと思っています。「そのギアを使いたい」「そのギアで楽しみたい」ための山行や釣行には興味はありません。自分のギア選びの基準は、「あの山の向こう側に流れる秘渓に存在する、宝石のような渓魚に巡り会うために必要かどうか」なのです。
源流野営釣行とは?
私が熱中する源流野営釣行は、人のあまり入らない、人工物の一切無い渓流の源流域に最低限の装備で入り、釣りをしながら渓を遡行し、指定幕営地など存在しない源流に野営地を見つけて、谷での生活を心底から堪能する遊びです。
持ち込み食材は基本的に米、味噌、調味料と酒だけ。おかずは現地調達で、事前にメニューなど決めようもない出たとこ勝負。アプローチはメジャーな登山道ではなく、山と高原地図どころか国土地理院の25000/1の白地図からも既に消えている廃林道を行ったり、そもそも道など存在しない尾根筋や谷筋で猛烈な藪漕ぎをしたり、ときには湖の対岸に刺してる陸路のないバックウォーター河川にゴムボートで渡ることもあります。ですが、そんな思いをしてやっとたどり着いた渓が暗い廊下のゴルジュや地獄の練爆帯だったことも多々ある、そんな遊びなのです。
急登や藪漕ぎの体力にルートファインディング能力、クライミングやボルダリング技術、安全な野営地を見つけてそこで一晩(ときには数泊)暮らすブッシュクラフト技術、更には山菜やキノコの知識も必要で、ある意味「外遊びの近代五種競技」のようなものであると認識しています。
偉大な先人たち
「知識と技術は0グラムの最高のギアである」という言葉があります。
その著書から、または実際にお会いして、有形無形の数々のご教示をいただいたこの道の偉大な先人たち。そんな彼らに憧れて、「あんなふうにやってみたい」「あんなところに行ってみたい」と思い続けるも、いつまでたっても近づけず、その差は開いていく一方なのですが、そんな先人たちも、聞けば特定の師はいなく、方々でたまたま出逢った人々から得たヒントや自分自身の経験と創意工夫から編み出していった方法論であることが多いのです。
テンカラが十人十色であるように、山や渓のスタイルも自分自身の手で自分が一番楽しめるスタイルを作り上げていければいいのではと思っています。
Make your own hike.