Hiker's Classics

#5 丹沢黒部

文/写真提供:丹沢黒部
2018.08.28
Hiker's Classics

#5 丹沢黒部

文/写真提供:丹沢黒部
2018.08.28

誰にでもある、思い出の道具やどうしても捨てられない道具、ずっと使い続けている道具。

この『HIKERS’ CLASSICS』は、山と道がいつも刺激を受けているハイカーやランナー、アスリートの方々に、それぞれの「クラシック(古典・名作)」と呼べる山道具を語っていただくリレー連載です。

第5回目となる今回の寄稿者は、ハードコアな源流野営釣行の世界では知る人ぞ知る存在である丹沢黒部さん。

その長年の経験と試行錯誤に形作られた哲学に裏打ちされたリアルな源流釣行道具の「クラシック」は、沢屋や釣師ならずとも必見です!

NOTE

バックパッキングからウルトラライト・ハイキングへ

何故にこの企画が自分なぞに! と、正直驚きを隠せないでいるのですが、酔った勢いで無謀にも引き受けてしまいました。SNSや某雑誌などで丹沢黒部(Tanzawa Kurobe)を名乗っているので、これで通させていただく非礼をまずはお詫びいたします。

私が山を始めたのは30年以上前、地元の登山サークルに入っていた母親の影響でなんとなく道具を借りて丹沢に登ったのがきっかけです。借りた道具が片桐のキスリングと今はなきキャンピングガスのストーブ、そんな時代でした。

当時はバックパッキングの世界に憧れて、芦澤一洋さんや田淵義雄さんの著書を片っ端から読み漁っていました。山でテン場に着くと案外暇なので、そうなると、必然的にこの二人の巨匠の影響でフライフィッシングへの興味がふつふつと湧いてきます。当初はケルティのフレームパックに幕営装備を全て詰め込んだ『遊歩大全』スタイルで無謀にも源流域に突っ込んでいたのですが、いま思えば無理に無理を重ねたスタイルでした。

以来、沢屋さんが攻めている源流域で、本来ならば里川で優雅にロッドを振るフライフィッシングが果たして可能かどうかをとことん追求しています。

本当にこんなにスタイルで日本の源流域に無謀にも突撃してました。有名なKELTY Tiogaは容量少な過ぎでより大容量のExpeditionを愛用していたのがいま思えば驚き

いつまでも『遊歩大全』を引きずっていた時代の自分のお気に入りソロ野営スタイル。これだけでゆうに3キロオーバー

そんな折に、全く新しいムーブメントがアウトドア界に突如として現れました。ウルトラライト・ハイキング!! これには衝撃を受けました。寺澤英明さんのブログ『山より道具』を始め、当時数多くあったUL系ブログやアメリカの『Backpacking Light』というサイトを更新の度にチェックする日々。これこそが自分が必要としてる方法論ではないのかと思ったのです。

ケルティのエクスペディション(バックパック)はゴーライトのブリーズに、モンベルのムーンライト1とスノーピークのペンタはシックスムーンデザインのゲイトウッド・ケープと農ポリに、スベア123はBPLウィングストーブへと様変わりして今に至ってます。

ともあれ、自分はギア好きではありますが、ギアマニアではないと思っています。「そのギアを使いたい」「そのギアで楽しみたい」ための山行や釣行には興味はありません。自分のギア選びの基準は、「あの山の向こう側に流れる秘渓に存在する、宝石のような渓魚に巡り会うために必要かどうか」なのです。

源流野営釣行とは?

私が熱中する源流野営釣行は、人のあまり入らない、人工物の一切無い渓流の源流域に最低限の装備で入り、釣りをしながら渓を遡行し、指定幕営地など存在しない源流に野営地を見つけて、谷での生活を心底から堪能する遊びです。

持ち込み食材は基本的に米、味噌、調味料と酒だけ。おかずは現地調達で、事前にメニューなど決めようもない出たとこ勝負。アプローチはメジャーな登山道ではなく、山と高原地図どころか国土地理院の25000/1の白地図からも既に消えている廃林道を行ったり、そもそも道など存在しない尾根筋や谷筋で猛烈な藪漕ぎをしたり、ときには湖の対岸に刺してる陸路のないバックウォーター河川にゴムボートで渡ることもあります。ですが、そんな思いをしてやっとたどり着いた渓が暗い廊下のゴルジュや地獄の練爆帯だったことも多々ある、そんな遊びなのです。

急登や藪漕ぎの体力にルートファインディング能力、クライミングやボルダリング技術、安全な野営地を見つけてそこで一晩(ときには数泊)暮らすブッシュクラフト技術、更には山菜やキノコの知識も必要で、ある意味「外遊びの近代五種競技」のようなものであると認識しています。

偉大な先人たち

「知識と技術は0グラムの最高のギアである」という言葉があります。

その著書から、または実際にお会いして、有形無形の数々のご教示をいただいたこの道の偉大な先人たち。そんな彼らに憧れて、「あんなふうにやってみたい」「あんなところに行ってみたい」と思い続けるも、いつまでたっても近づけず、その差は開いていく一方なのですが、そんな先人たちも、聞けば特定の師はいなく、方々でたまたま出逢った人々から得たヒントや自分自身の経験と創意工夫から編み出していった方法論であることが多いのです。

テンカラが十人十色であるように、山や渓のスタイルも自分自身の手で自分が一番楽しめるスタイルを作り上げていければいいのではと思っています。

Make your own hike.

Tanzawa Kurobe’s CLASSICS

Sigg / Scout Kettle 16cm

10年ほど前に私が浴びたULの洗礼は、まるで大洪水のようにそれまで愛用していたギアをことごとく洗い流してしまいました。たったひとつ、これを除いて。
35年以上も前に新大久保の石井スポーツで購入。日本ではスター商事の取り扱いで全部で5種類ある内の最小16cmと18cmがセット売りではなく単品売りされていました。価格は当時で9,000円オーバー。『遊歩大全』でスベア123の上に乗っているこの美しいコッヘルがどうしても欲しくて、何度もお店に足を運んでは指を咥えて眺めていましたが、遂に意を決して購入。ホットンのビリー缶がワゴンセールで売られてた時代に、こんな高価なコッヘルを買う奴はきっとバカなんだろうと自嘲しながら。
ですが、いつしか焚火中心の自分の野営スタイルにはなくてはならない存在になりました。頑丈で中央で固定できるベイルハンドル、その形状から卓越した炊飯性能と洗いやすさ、そして軽量であること。ミニトランギアとミニロースターを入れたこのスコーケトルをさらにビリー缶(大)にスタッキングし、上の空きスペースに折り畳み式お玉と小型しゃもじを収納して使っています。
35年以上も使い続けながら現役バリバリ。元は充分取りました。

Golite / Breeze

このザックからULなるムーブメントが始まったと言っても決して過言ではないはず。ですが、当時は売れなかったそうです。フレームも入っていない、立体裁断でもない「ズタ袋」がフックで吊るされて店内に展示されてる見すぼらしさたらなかったですから。私も当時はパスしてしまいました。
その頃、レイ・ウェイなる奇抜な方法論を理解している店員なんてほとんど居なく、どうやってお客に勧めるかもわかっていなかったのでしょうね。すぐにセール品になり、店頭からは静かに消えていきました。そうなると何故か急に欲しくなり、当時の日本でのULの先駆者様から破格で譲って頂きました。
綺麗に小さく畳まれて梱包されたこのザックが郵便受けの狭い投函口から届けられたことにまずびっくり。同封された三角形の英語の説明書にはこれがオーバーナイト・ハイキング用のバックパックであり、スリーピングマットを筒状にしてフレーム代わりにすることや、ショルダーストラップをきつく締めて背中上部で背負えばウエストベルトの必要性は全くないなど、レイ・ウェイの方法論がはっきりと明記されていました。
以来、季節問わず酷使に酷使を重ね修理の傷跡数知れず。我が背中に取り憑いた偉大なる守護霊です。

農ポリ

ULなる方法論をかいつまんで捉えるに、要は「テントなんて捨ててタープで寝ようぜ」運動。ちょ! それってうちらチーム沢乞食には元々お得意専門分野! まぁ、だからこそULを取り巻くギヤや考え方に共鳴し、痺れたのかもしれません。
そんなタープに関してはガレージメーカーから様々な製品が続々と出ましたが、自分は見向きもせずに農ポリ一本やり。理由は使い勝手の良さと重量のアドバンテージにあります。長さを自由に切って使え、透明な屋根に流れ落ちる雨の水滴眺めたり、いつぞやの東北遠征でこの透明屋根越しで見た流星群は忘れられない思い出です。
著名な沢屋さんが渓に持ち込んだのが起源なのですが、その後は追従者が「もっと薄いのでも行ける!」と実体験を重ね、現在よく使われているのは厚さ0.03〜0.05mm、幅3.6mのロール状透明養生シート。なので、実は「農ポリ」で検索してもジャストの製品はヒットしないのですが、いまだ農ポリと呼び続けているのはパイオニアのその沢屋さんに敬意を評してのことなのです。
ウィルダネスでは弱々しい人類の、トランスルーセントなささやかな住空間。でも、これじゃなければダメの拘りなんて全くなくて、もっと良いものがあればいつでも優柔不断に切り替える臨機応変は常にあります。

Six Moon Designs / Gatewood Cape

ULムーブメントは多数のガレージメーカーを生み出しました。聞き慣れない素材を大胆に採用し、大手では到底出せそうにもない実験的で挑戦的なギアの数々には、ネットで眺めてるだけでワクワクしたものです。
軽さと耐候性、何より渓流沿いに張って似合うことを基準に、あれこれ楽しく悩んでこれに決めて発注。伝説の女性ハイカー、エマ・ゲイトウッドの名を冠していることも気に入った理由です。
張れば小物入れになるサイドウォールのポケットにパッカブルになる構造など、よく考えられてます。雨具としては使用したことはなく、もっぱらフロアレスシェルターとして使ってます。

Mountain Laurel Designs / Soul Bivvy

吸血昆虫対策はみなさん悩みどころですが、今も昔も何故かバグネット付きビヴィは多くありません。モンベルのムーンライト1のインナーだけを渓に持ち出してた時代には悩みませんでしたが、前述のゲイトウッドケープ導入後はさてどうしたものか。バグネットを被って寝たり、シュラフカバーにバグネットを縫い付けたり、ソロ用の蚊帳を使ったり、試行錯誤が続きました(服部文祥氏は鼻と口の上に茶こしを乗せ、その周りをシュラフカバーの入り口を思いきり締めることで覆うとか)。
ですが、大手メーカー製にはほとんどないバグネット付きビヴィも、ミニマムキャンプ提唱のガレージメーカーのものにはいくつか製品が存在します。なかでもチタニウムゴートの製品は手頃感があって人気ですが、自分はあえてMLDのソウルビヴィを選択しました。右利きの自分はシュラフも全て左ジッパーを愛用しているのですが、ソウルビヴィは左右のジッパーが選べるのです。
頭部と足元の四隅にビヴィとシェルターの連結を可能にするループがあり、ゲイトウッドケープの内壁に着いている雨具として使う際に裾を巻き上げる為のホック開閉式のループと連結するとバグネットと顔の間に空間が作れ、最小最軽量のダブルウォールテントになります。また、このビヴィはスリーピングマットずれ防止のバンジーコードがシュラフの厚みに合わせて内側外側どちらでも使える細かな工夫もなされています。
入手以来の使用頻度は凄まじく、このビヴィなしでの野営は最近ようやく導入したバグネット付きハンモックを使うときを除いては一度もありません。

自作ノコギリ

源流野営釣行は、テン場に着けばやることはブッシュクラフトです。パーセルトレンチもシュポシュポ(注1)も汚物バサミ(注2)も汚物手袋(注3)もあれば便利ですが、無ければ無いでなんとかなります。でも、ノコギリだけは絶対に必要だと思っています。
しかしながら、ポータブルを謳っている製品ですらどれもこれもゴツくて重い。そこで、古くから沢屋や源流釣り師の間では、シルキー製のノコギリ替刃を改造するのが定番となっているのです。
沢用にはカーブのついたズバット替刃240mm、厳冬期雪洞用スノーソーとしては真っ直ぐなゴム太郎の替刃270mmあたりが定番で、刃はどちらも荒目が使いやすいです。ただし、元はあくまで替刃なので、鞘もグリップも付いてない生刃のまま。そこで各自思い思いの工夫を凝らして鞘とグリップの改造に勤しむことになるのです。
せっかく薄くてザックの隙間に収まり易く軽量な替刃ですので、その利点を壊すようなオーバーデコレーションは避けたい。私はグリップ改造では沢用には万一解けば何かと役立つパラコードを、雪洞用ではパラコードでは雪が付着し凍るので自己融着テープを使って巻いています。鞘はどちらも百均ソフトまな板をサイズに合わせてカットしてリベット留めして作りましたが、どちらもなかなか調子が良いです。ともあれ、あさりも付いてない替刃ですので、切れなくなったら交換するのが正しい使い方です。
(注1)百均で売られている手押し式空気入れ。押しても引いても空気出るので焚火のフイゴに最適
(注2)40cm長のトングの沢屋用語
(注3)モンベルの難燃軍手ノーメックスグローブの身内隠語。数回使うと地面と保護色になるまで汚れる。焚き火の際に「火傷するからこれ使いなよ」と言って渡しても女性はなぜか敬遠する。

Jindaiji Mountain Works / Packman Vest

世の中、右を向いても左を向いても上を見ても下を見てもサコッシュ、サコッシュ、サコッシュ! そんな風潮に漢ジャッキー(某雑誌の連載『POOR BOY TIMES』でもお馴染みのJackey Boy Slim)が果敢に立ち上がった!……とか大げさに書くと本人恐縮すると思いますが(笑)。
サコッシュは確かに手軽で便利で自分も長年ヘビロテしてました。道具立てがシンプルな毛鉤釣りですが、それとハッカ油シーブリ割スプレーや偏光グラス、その他、行動中に頻繁に出し入れを要する諸々を入れるとちょっとした重さにはなってしまいます。決定的だったのは予備バッテリーに接続した充電中のスマホでした。入れると、もうどうにもこうにも耐えられない不快な重さになるのです。紙地図時代にはあんなに便利だと思ってたサコッシュがスマホGPS時代へ移行してからは不快に感じる場面が多々出てきたのです。
ところが、このパックマンベストは片方のポケットに充電中のスマホと予備バッテリーを同時に入れても重さを感じません。それもそのはずで、このポケットは兵士が重い弾丸を収納する弾倉の位置なのです。生死をかけた戦場で即座に必要となるギアを身にまとわねばならない必然性から考案されたメソッドなので、実際に上下動激しいアプローチやヤバいヘツリや泳ぎでも、ブレることなく不快感もありません。
フィッシングベストほど大げさでないことも気に入っている点で、野外では日中はずっと、朝起きると先ず装着し、寝る直前まで付けていいます。あまりに便利なので、世のビジネスマンがネクタイしたワイシャツの上にパックマンベストを着て、その上にジャケットを羽織る時代が来ればよいのにとも思っているほどです。

Backpacking Light / Titanium Wing Stove

BPLで初めてこれを見た時の衝撃たるや! 遂にここまで来ちゃった感がありました(笑)。BPLのものは現在では手に入りにくいですが、ほぼ同じものがエスビットからチタニュームウイングストーブとして出ています。
実は渓の人にはエスビットの固形燃料はガムテープと並ぶ焚火の着火剤としてお馴染みで、これを使ってふとあることを思いつきました。癖のあるこの五徳はペアとなるコッヘルを選びます。ですが、ミニ・トランギアの底の突起にはジャストフィットで安定感抜群。石など乗せずとも噴いても持ち上がらない蓋のギミックも炊飯に最適なのです。生米1合に対し水量1.2倍、エスビットミリタリー1個に火を付ければ見事にご飯が炊けます。キツいアプローチの後に渓を釣り上がり、適当なテン場を見つけてビールを冷やし、幕張って焚き木集めて火を起こし、魚を捌き…と、やることてんこ盛りの身には、米炊きだけでも自動化できるこの炊飯法はまさに福音。「12gの全自動炊飯器」なのです。
有名な製品なので写真は風防を使った実践使用のものを。この日は風が強く、折り畳み傘まで動員して風防にしました。

RST / Koh-I-Noor

渓流釣りを始めて最初に教わるのは、「転けそうになったら即座に竿放り投げて両手自由にしろ。大事な竿を庇おうとすると自分も怪我するし竿も折る」ということ。出会った先輩釣り師数人から同じことを何度も言われました。
さて、岩井渓一郎氏が愛用して一時期一世を風靡したフライリールのRSTコヒノール。「懐かしい〜」とか「まだ使ってるんだ!」とかベテランフライマンに最近よく言われます(笑)。ドイツ製品らしくデザイン上の遊びも装飾もなく、シンプルで崖から落としても歪まない質実剛健な構造が素晴らしく、色々使いましたが竿を上に放り投げて両手自由にして滝を登ることもある自分にはこれ以外のリールが見つかりません。
既に廃盤ですが、元々の製造元VOSSELERの同じコンセプトで作られてるRC-1シリーズが最近国内で入手できるようになりました。

Sigg / Scout Kettle 16cm

10年ほど前に私が浴びたULの洗礼は、まるで大洪水のようにそれまで愛用していたギアをことごとく洗い流してしまいました。たったひとつ、これを除いて。
35年以上も前に新大久保の石井スポーツで購入。日本ではスター商事の取り扱いで全部で5種類ある内の最小16cmと18cmがセット売りではなく単品売りされていました。価格は当時で9,000円オーバー。『遊歩大全』でスベア123の上に乗っているこの美しいコッヘルがどうしても欲しくて、何度もお店に足を運んでは指を咥えて眺めていましたが、遂に意を決して購入。ホットンのビリー缶がワゴンセールで売られてた時代に、こんな高価なコッヘルを買う奴はきっとバカなんだろうと自嘲しながら。
ですが、いつしか焚火中心の自分の野営スタイルにはなくてはならない存在になりました。頑丈で中央で固定できるベイルハンドル、その形状から卓越した炊飯性能と洗いやすさ、そして軽量であること。ミニトランギアとミニロースターを入れたこのスコーケトルをさらにビリー缶(大)にスタッキングし、上の空きスペースに折り畳み式お玉と小型しゃもじを収納して使っています。
35年以上も使い続けながら現役バリバリ。元は充分取りました。

Golite / Breeze

このザックからULなるムーブメントが始まったと言っても決して過言ではないはず。ですが、当時は売れなかったそうです。フレームも入っていない、立体裁断でもない「ズタ袋」がフックで吊るされて店内に展示されてる見すぼらしさたらなかったですから。私も当時はパスしてしまいました。
その頃、レイ・ウェイなる奇抜な方法論を理解している店員なんてほとんど居なく、どうやってお客に勧めるかもわかっていなかったのでしょうね。すぐにセール品になり、店頭からは静かに消えていきました。そうなると何故か急に欲しくなり、当時の日本でのULの先駆者様から破格で譲って頂きました。
綺麗に小さく畳まれて梱包されたこのザックが郵便受けの狭い投函口から届けられたことにまずびっくり。同封された三角形の英語の説明書にはこれがオーバーナイト・ハイキング用のバックパックであり、スリーピングマットを筒状にしてフレーム代わりにすることや、ショルダーストラップをきつく締めて背中上部で背負えばウエストベルトの必要性は全くないなど、レイ・ウェイの方法論がはっきりと明記されていました。
以来、季節問わず酷使に酷使を重ね修理の傷跡数知れず。我が背中に取り憑いた偉大なる守護霊です。

農ポリ

ULなる方法論をかいつまんで捉えるに、要は「テントなんて捨ててタープで寝ようぜ」運動。ちょ! それってうちらチーム沢乞食には元々お得意専門分野! まぁ、だからこそULを取り巻くギヤや考え方に共鳴し、痺れたのかもしれません。
そんなタープに関してはガレージメーカーから様々な製品が続々と出ましたが、自分は見向きもせずに農ポリ一本やり。理由は使い勝手の良さと重量のアドバンテージにあります。長さを自由に切って使え、透明な屋根に流れ落ちる雨の水滴眺めたり、いつぞやの東北遠征でこの透明屋根越しで見た流星群は忘れられない思い出です。
著名な沢屋さんが渓に持ち込んだのが起源なのですが、その後は追従者が「もっと薄いのでも行ける!」と実体験を重ね、現在よく使われているのは厚さ0.03〜0.05mm、幅3.6mのロール状透明養生シート。なので、実は「農ポリ」で検索してもジャストの製品はヒットしないのですが、いまだ農ポリと呼び続けているのはパイオニアのその沢屋さんに敬意を評してのことなのです。
ウィルダネスでは弱々しい人類の、トランスルーセントなささやかな住空間。でも、これじゃなければダメの拘りなんて全くなくて、もっと良いものがあればいつでも優柔不断に切り替える臨機応変は常にあります。

Six Moon Designs / Gatewood Cape

ULムーブメントは多数のガレージメーカーを生み出しました。聞き慣れない素材を大胆に採用し、大手では到底出せそうにもない実験的で挑戦的なギアの数々には、ネットで眺めてるだけでワクワクしたものです。
軽さと耐候性、何より渓流沿いに張って似合うことを基準に、あれこれ楽しく悩んでこれに決めて発注。伝説の女性ハイカー、エマ・ゲイトウッドの名を冠していることも気に入った理由です。
張れば小物入れになるサイドウォールのポケットにパッカブルになる構造など、よく考えられてます。雨具としては使用したことはなく、もっぱらフロアレスシェルターとして使ってます。

Mountain Laurel Designs / Soul Bivvy

吸血昆虫対策はみなさん悩みどころですが、今も昔も何故かバグネット付きビヴィは多くありません。モンベルのムーンライト1のインナーだけを渓に持ち出してた時代には悩みませんでしたが、前述のゲイトウッドケープ導入後はさてどうしたものか。バグネットを被って寝たり、シュラフカバーにバグネットを縫い付けたり、ソロ用の蚊帳を使ったり、試行錯誤が続きました(服部文祥氏は鼻と口の上に茶こしを乗せ、その周りをシュラフカバーの入り口を思いきり締めることで覆うとか)。
ですが、大手メーカー製にはほとんどないバグネット付きビヴィも、ミニマムキャンプ提唱のガレージメーカーのものにはいくつか製品が存在します。なかでもチタニウムゴートの製品は手頃感があって人気ですが、自分はあえてMLDのソウルビヴィを選択しました。右利きの自分はシュラフも全て左ジッパーを愛用しているのですが、ソウルビヴィは左右のジッパーが選べるのです。
頭部と足元の四隅にビヴィとシェルターの連結を可能にするループがあり、ゲイトウッドケープの内壁に着いている雨具として使う際に裾を巻き上げる為のホック開閉式のループと連結するとバグネットと顔の間に空間が作れ、最小最軽量のダブルウォールテントになります。また、このビヴィはスリーピングマットずれ防止のバンジーコードがシュラフの厚みに合わせて内側外側どちらでも使える細かな工夫もなされています。
入手以来の使用頻度は凄まじく、このビヴィなしでの野営は最近ようやく導入したバグネット付きハンモックを使うときを除いては一度もありません。

自作ノコギリ

源流野営釣行は、テン場に着けばやることはブッシュクラフトです。パーセルトレンチもシュポシュポ(注1)も汚物バサミ(注2)も汚物手袋(注3)もあれば便利ですが、無ければ無いでなんとかなります。でも、ノコギリだけは絶対に必要だと思っています。
しかしながら、ポータブルを謳っている製品ですらどれもこれもゴツくて重い。そこで、古くから沢屋や源流釣り師の間では、シルキー製のノコギリ替刃を改造するのが定番となっているのです。
沢用にはカーブのついたズバット替刃240mm、厳冬期雪洞用スノーソーとしては真っ直ぐなゴム太郎の替刃270mmあたりが定番で、刃はどちらも荒目が使いやすいです。ただし、元はあくまで替刃なので、鞘もグリップも付いてない生刃のまま。そこで各自思い思いの工夫を凝らして鞘とグリップの改造に勤しむことになるのです。
せっかく薄くてザックの隙間に収まり易く軽量な替刃ですので、その利点を壊すようなオーバーデコレーションは避けたい。私はグリップ改造では沢用には万一解けば何かと役立つパラコードを、雪洞用ではパラコードでは雪が付着し凍るので自己融着テープを使って巻いています。鞘はどちらも百均ソフトまな板をサイズに合わせてカットしてリベット留めして作りましたが、どちらもなかなか調子が良いです。ともあれ、あさりも付いてない替刃ですので、切れなくなったら交換するのが正しい使い方です。
(注1)百均で売られている手押し式空気入れ。押しても引いても空気出るので焚火のフイゴに最適
(注2)40cm長のトングの沢屋用語
(注3)モンベルの難燃軍手ノーメックスグローブの身内隠語。数回使うと地面と保護色になるまで汚れる。焚き火の際に「火傷するからこれ使いなよ」と言って渡しても女性はなぜか敬遠する。

Jindaiji Mountain Works / Packman Vest

世の中、右を向いても左を向いても上を見ても下を見てもサコッシュ、サコッシュ、サコッシュ! そんな風潮に漢ジャッキー(某雑誌の連載『POOR BOY TIMES』でもお馴染みのJackey Boy Slim)が果敢に立ち上がった!……とか大げさに書くと本人恐縮すると思いますが(笑)。
サコッシュは確かに手軽で便利で自分も長年ヘビロテしてました。道具立てがシンプルな毛鉤釣りですが、それとハッカ油シーブリ割スプレーや偏光グラス、その他、行動中に頻繁に出し入れを要する諸々を入れるとちょっとした重さにはなってしまいます。決定的だったのは予備バッテリーに接続した充電中のスマホでした。入れると、もうどうにもこうにも耐えられない不快な重さになるのです。紙地図時代にはあんなに便利だと思ってたサコッシュがスマホGPS時代へ移行してからは不快に感じる場面が多々出てきたのです。
ところが、このパックマンベストは片方のポケットに充電中のスマホと予備バッテリーを同時に入れても重さを感じません。それもそのはずで、このポケットは兵士が重い弾丸を収納する弾倉の位置なのです。生死をかけた戦場で即座に必要となるギアを身にまとわねばならない必然性から考案されたメソッドなので、実際に上下動激しいアプローチやヤバいヘツリや泳ぎでも、ブレることなく不快感もありません。
フィッシングベストほど大げさでないことも気に入っている点で、野外では日中はずっと、朝起きると先ず装着し、寝る直前まで付けていいます。あまりに便利なので、世のビジネスマンがネクタイしたワイシャツの上にパックマンベストを着て、その上にジャケットを羽織る時代が来ればよいのにとも思っているほどです。

Backpacking Light / Titanium Wing Stove

BPLで初めてこれを見た時の衝撃たるや! 遂にここまで来ちゃった感がありました(笑)。BPLのものは現在では手に入りにくいですが、ほぼ同じものがエスビットからチタニュームウイングストーブとして出ています。
実は渓の人にはエスビットの固形燃料はガムテープと並ぶ焚火の着火剤としてお馴染みで、これを使ってふとあることを思いつきました。癖のあるこの五徳はペアとなるコッヘルを選びます。ですが、ミニ・トランギアの底の突起にはジャストフィットで安定感抜群。石など乗せずとも噴いても持ち上がらない蓋のギミックも炊飯に最適なのです。生米1合に対し水量1.2倍、エスビットミリタリー1個に火を付ければ見事にご飯が炊けます。キツいアプローチの後に渓を釣り上がり、適当なテン場を見つけてビールを冷やし、幕張って焚き木集めて火を起こし、魚を捌き…と、やることてんこ盛りの身には、米炊きだけでも自動化できるこの炊飯法はまさに福音。「12gの全自動炊飯器」なのです。
有名な製品なので写真は風防を使った実践使用のものを。この日は風が強く、折り畳み傘まで動員して風防にしました。

RST / Koh-I-Noor

渓流釣りを始めて最初に教わるのは、「転けそうになったら即座に竿放り投げて両手自由にしろ。大事な竿を庇おうとすると自分も怪我するし竿も折る」ということ。出会った先輩釣り師数人から同じことを何度も言われました。
さて、岩井渓一郎氏が愛用して一時期一世を風靡したフライリールのRSTコヒノール。「懐かしい〜」とか「まだ使ってるんだ!」とかベテランフライマンに最近よく言われます(笑)。ドイツ製品らしくデザイン上の遊びも装飾もなく、シンプルで崖から落としても歪まない質実剛健な構造が素晴らしく、色々使いましたが竿を上に放り投げて両手自由にして滝を登ることもある自分にはこれ以外のリールが見つかりません。
既に廃盤ですが、元々の製造元VOSSELERの同じコンセプトで作られてるRC-1シリーズが最近国内で入手できるようになりました。

丹沢黒部

丹沢黒部

山登り始めたのはもう随分昔。日本は山と渓谷の国。この国の谿筋源流での西洋毛鉤釣りの可能性を長年追求。ULギアを使った源流ブッシュクラフトを楽しんでます。