ハイキングは、金持ちのための遊びではない。お金がなくとも、高価なアウトドアギアがなくとも、ハイキングはできるのだ!
「それを実証する!」という謎の使命感に突き動かされ、山と道JOURNALSの三田正明が立ち上がりました。結果として山と道製品が売れなくなっても、そんなの関係ねぇ!
今回は最低の費用で、最高のハイキング、登山、アウトドア・アドベンチャーを楽しむためのフットウェア選びです。
チープ・ハイクなフットウェア
まず、お詫びから始めたい。前回で「次回はチープ・ハイクなテントについて考察する」なんて大見得を切りながら、今回はフットウェアの話になってしまった。もしもテントの話を楽しみにしていてくれた方がいるなら、ごめんなさい。チープ・ハイクなテントについてはリサーチにもう少し時間がかかりそうで、その間に同時進行で進めてきたフットウェアについての考察がひと段落ついたので、まずそちらを発表することにした。テントについては次回以降をお待ち下さい。
=================
そんなわけで、今回はチープ・ハイクなフットウェアの話だ。
言わずもがな、フットウェアはハイキングにおけるもっとも重要な道具である。ハイキングの楽しさや安全性に直接関わる道具であり、その選択次第でハイキングは素晴らしい体験にも、最悪の苦行にもなりうる。チープ・ハイクとはいえ、フットウェアに関してはコストよりも、まずハイキングに必要十分な機能を有していることを前提としなくてはならない。
そこでハイキング用、とくにULハイキングのフットウェアに僕が求める必要最低限の機能をリストアップすると、以下のようになる。
① グリップ力が高く、岩や木や砂地でも滑りにくいこと。
② 足にフィットし、マメや靴擦れなどが起きにくいこと。
③ 防水性の高い素材が、濡れても乾きやすい素材を使用していること。
防水性についてはあればあれで助かる場合もあるが、むしろ防水透湿素材を使用したシューズは一度内部が濡れるとなかなか乾かないので、通気性に優れ濡れてもすぐ乾くメッシュアッパーのシューズの方が僕は好みだ。他にも岩や木の根などから足を守るトゥーガードなどもあればなお良いが、それがなければ山を歩けないほど絶対に必要な機能ではない。ハイカットかローカットかについてはそれぞれの好みによるけれど、今回の想定はデイパックひとつでのハイキングなので(前回参照)、どうしてもハイカットで足首を守らなければならない理由もない。
上記の条件を満たしていれば、僕は登山用と銘打たれたフットウェアでなくともハイキングは可能だと考えている。つまり滑りにくく、足が痛くならず、濡れてもすぐに乾くフットウェアならなんでも良いのだ。そう考えれば、そこには幅広い選択肢がある。
ワラーチでよくない!?
当初、このチープ・ハイクのコンセプトを思いついた時には、フットウェアに関しては自作ワラーチで良いのではないかと思っていた。
ご存知の方も多いだろうが、ルナサンダルに代表されるようなベアフット・サンダル、ワラーチは簡単に自作できる。「ワラーチ サンダル 自作」などと検索すれば自作ワラーチとその作り方を山ほど見ることができるので、ぜひチェックしてみてほしい。メキシコの「走る部族」タラウマラ族が古タイヤから作っていたものが元になっているのだから当たり前といえば当たり前の話だけど、シート状のビブラムソール(東急ハンズやアマゾンなどで1500円程度で購入出来る)を足形に切り出し、穴を数カ所開け、ヒモかテープなどを通してストラップを作れば良いのだ。買うと1万円以上するベアフットサンダルが2千円程度で作れたら痛快じゃないか。しかも素材とハサミと穴あけポンチと金槌があれば、特別な技術がなくとも作れるのだ。こんなにチープ・ハイクなフットウェアが他にあるか?
408 own worksさんというワラーチのワークショップをされている方のブログを参考に数年前に自作したワラーチ。見よう見まねで作ったのでおそらくストラップの通し方を間違っているし、フットベッドも大きく切り出しすぎていてフィット感いまいち。
けれど、自作のサンダルでハイキングする、という選択肢は、この『チープ・ハイク』として提案するにはそぐわないという結論に達した。『チープ・ハイク』はエクストリームなハイキングを提案する場ではない。より多くの人が実践したり、ヒントとすることができる方法論や価値観を提案することを目的としている。サンダル自作しなければチープ・ハイクできないと思われても困る。
エマばあちゃんのケッズ
次に僕が考えたのは、「エマばあちゃん」のことだった。
ULに興味のある人なら、エマ”グランマ”ゲイトウッドのことはご存知であろう。1954年、なんと67歳のときに単独女性として初めてアパラチアン・トレイル(3500km)のスルーハイクに成功した伝説的なハイカーだ。
高齢にもかかわらずエマばあちゃんが偉業を達成できた背景には彼女自身のタフさはもちろん、独自の思い切った軽量化の方法論があった。彼女はシャワーカーテンをタープに、軍用毛布を寝袋として使い、レインケープでグラウンドシートと雨具を兼ねるなど身の廻りのもので使えるものはなんでも使い、バックパックは使わずに装備を手製の袋に詰めて肩に担いだ。その結果、当時としては驚異的なパックウェイト(水と食料を含めた装備の全重量)9kg以下を実現していたいうのだから、まさに『チープ・ハイク』の元祖のような存在だ。
そんな彼女がケッズのスニーカーを愛用していたということも、ULハイカーなら誰でも知っている話だろう。
Emma”Grandma”Gatewood(wikipediaより)
「ケッズのスニーカー」とは、おそらく代表モデルであるチャンピオンのことであろうと僕は考えた。そしてチャンピオンを改めて見てみると、ソールは薄く、つま先と踵の高低差のない「ゼロドロップ」であることに気がついた。
つまり、この靴をベアフッド・シューズ的に捉えることも可能ではないのか!?
念のためベアフッド・シューズやベアフッド・ランニングについて解説しておくと、現代のランニング・シューズは踵のプロテクションが過剰なためにフォームが踵着地になり、それが膝の故障を生んでいるという説がある。それを防ぐためには、薄底で足の前方〜中央で着地しやすいつま先と踵の高低差のない靴を履き、裸足に近い状態にすることで、逆に膝に負担がかからない走り方ができるというもの。前述のワラーチもそういった背景の中で脚光を浴びたもので、ランニングシューズメーカーのアルトラもこのコンセプトを元にしたものづくりを一貫して行っている。
話を戻すと、つまりベアフッド・ランニング的な歩き方を行えば、このスポーツシューズとしては骨董品のような靴でも快適に歩け、それゆえエマばあちゃんは3500kmを歩ききることができたのではないか? これって目から鱗のすごい発見では!?
そんなことを考えながらある日、ショッピングモールをブラブラしていると、あの『H&M』でケッズのチャンピオンを模したであろうスニーカーが、なんと2,499円という値段で売られているのを発見した。
で、魔が差した。思わず買ってしまった。
早速外出時に履いて、歩き回ってみた。結果は……ダメだった……。
確かにソールは前後で高低差のない「ゼロドロップ」だけど、フォアフット着地で歩いても、あまり気持ちが良くない。僕はベッドロックサンダルやアルトラのスニーカーも愛用していて、それらでフォアフットで歩くと足が地面を掴む感覚があり、足裏感覚に集中しているだけでも楽しく気持ち良く歩けるのだけれど、まったくそんな感覚にならないのだ。
問題はアッパーの形状である。足が靴の中で固定されずにずれてしまい、とくに踵が動いてしまうので足と靴が一体にならず、足が地面を掴む感覚にならないのだ。また甲が低く幅も狭いので、甲高幅広の日本人足をした僕には足形も合っていない。ちょっとした外出には問題もないものの、この靴で8時間歩く気には到底なれなかった。そりゃ、ケッズのスニーカーでも歩き方を変えるだけで最高のハイキングシューズになるなんていう話があるわけないではないか。
ああ、安物買いの銭失い。大いに後悔……。
さらに後日、エマばあちゃんの履いていたケッズはチャンピオンではなく、コンバースのオールスターのようなハイカットのスニーカーであったことが判明した。つまり、この項はすべて僕の妄想から始まった徒労であったのだ!
まあ、こんなこともあるさ…。
(ちなみにエマばあちゃんが履いていた実際のケッズの画像はこちらのブログで見れる。ページ中ほどの額に入ったスニーカーの写真で、アパラチアン・トレイル上にあるヴァージニア州ダマスカスという町の『Mt. Rogers Outfitters』という店に飾られているらしい)
レイ・ジャーディンのランニングシューズ
そんなわけで、ワラーチだのゼロドロップだのエマばあちゃんだのといったUL的キーワードを一旦脇に置き、虚心坦懐に『チープハイク』における「必要最低限」を満たすフットウェアはどんなものなのか、考えてみた。
それはもうランニングシューズに決まっている。初期のULハイカーの足元もランニングシューズが定番であったし、あの「ULの父」レイ・ジャーディンだってランニングシューズ愛用者で、著書『TRAIL LIFE』の中でもランニングシューズの有用性を縷々述べているではないか。
2016年、鳥取で行われたロングトレイル・イベントのために初来日したレイと奥様のジェニー・ジャーディンを、イベントに参加した筆者が撮影した。ふたりともナイキのランニングシューズを履いているのが確認できる。
実際、僕自身ホカオネオネのロード用シューズ(クリフトン)を履いて山に行くことも度々あるが、問題を感じたことはない。ランニングシューズは自作ワラーチやH&Mのスニーカーよりは値が張るであろうが、冒頭で述べた通りシューズはハイキングでもっとも重要な道具である。ある程度のコストがかかるのは致し方ない。
ところが、ランニング・シューズのリサーチを始めて驚いた。安い! 安いのだ。寡聞にして知らなかったのだけど、各社のエントリーラインのモデルは中学生〜高校生に履かれることを意識してか、戦略的な値段がつけられているようだ。
例えば、アディダスの最廉価モデルのギャラクシー4は5,389円、ニューバランスのM406は5,832円。アディダスのジョグ100-2は5,292円である。それらが優れた製品であるかどうかは別として、どれもこれも率直に言って「この値段でこのクオリティの靴が買えて良いの?」と思うほどの出来栄えだ。
論より証拠で、街のスポーツ量販店をいくつか巡って撮った写真を見てほしい。
この頃になると、僕はチープ・ハイクな靴についてあれこれ考えることにもう疲れてきていた。もう、これでいいじゃないか。廉価モデルとはいえ曲がりなりにも一流メーカー品、大きく外すことはないのではないか。まともに考えたらこれ以上に機能的でリーズナブルな選択肢はないはずだ。
でもな〜、つまらん! 当たり前すぎる!
たとえば、アシックスのJOG100を買ったとしよう。僕はこの企画のため以外にそれを履くことがあるか? おそらくない。同じ傾向のもっと良い靴を僕はもう何足か持っている。5000円程度だし、取材経費として出費することはやぶさかではないが、そんな可哀想な靴が靴箱に増えることは気持ちよくない。『チープハイク』で選ぶ道具は、できれば他に一般的な山道具を持っていてなお、それを使う意味のある道具を選びたい。
オールドスクールなベアフット・シューズ
実は、フットウェアについてはもうひとつ目星をつけていたものがあった。
君はジャガーΣを知っているか? そして履いていたことがあるか? そう、ちょっとむかしの中学生がみんな履いていた(よく学校指定靴になっていた)ムーンスターのジャガーΣだ。そのジャガーΣが専用ソールのグリップ力が抜群に良いと、沢登り用シューズとしても定評があることをご存知だろうか?
ジャガーΣ 04(ムーンスターのホームページより)
沢で履けるなら山で履けて当然だ。沢靴として一足持っていてもいい。でも、沢ならともかく、このクラリーノ製の真っ白なスニーカーをトレイルで履くのは正直、ちょっと恥ずかしい。僕が短パンにこいつで電車に乗っていたら、どう見ても変なおじさんではないか。
ジャガーΣについて調べるうち、さらにこんなブログを見つけた。丹沢で沢登り教室に参加した際、講師の方がジャガーΣとアキレスのショットランナーという靴を沢靴として履いていた、というエントリー。
ここでジャガーΣと共に紹介されていたショットランナーに僕は大いに興味を惹かれた。「昔ながらの靴屋さんでしか買えないらしい。大型の靴流通ショップでは、売っていないそうです。(上記ブログより)」なんて逸話もそそるではないか。ルックスはどこからどう見ても体育館履きだけどジャガーΣよりはマシだし、青い色も悪くない。早速ショットランナーについて調べてみると、現在はDXスライダーという名前で3980円で販売されていることを知った。
調べてみると、アッパーは通気性に優れていそうなナイロン素材で、合成皮革のジャガーΣやコットンのH&Mのスニーカーよりもハイキングには向いている。そして何よりも気になったのは、ソールの厚みが8mmしかなく、つま先と踵の高低差もなさそうなことだった。つまり、これってベアフット・シューズではないか。まだお前はベアフットだのゼロドロップなどに拘っているのかと言われそうだけど、そうなのだ!!
万が一ハイキング用としては不適格でも、沢靴として使えるのであれば元は取れるという皮算用もあり、密林をかき分け購入した。
以来、3週間ほど履き続けているのだけれど、結論からいうとすごく良い。
まず、とても軽いし、足形も日本製のせいか甲高幅広の僕の足にもフィット。踵のホールド感はイマイチだけど、まあ3980円なので贅沢はいわない(H&Mのスニーカーよりはぜんぜん良い)。ソールは薄く、歩いてみるとまさに裸足感覚があり、地面を掴むように歩くことができる。近所の林でトレイルを歩いてみても、草や土や木など路面の状況が伝わりやすく、大地の上を歩いている感覚がビンビンと伝わってくる。ふと気づくと、足裏の感覚だけに集中して歩いていたりする。反面、踵着地で歩くと踵にモロに重心がかかり、あっという間に疲労とダメージが蓄積する。つまり、この靴はミニマムなベアフット・シューズそのものなのだ。
僕は学生時代まさに体育館履きとしてこの手の靴をさんざん履いていたにもかかわらず、その魅力に全く気付いていなかった。まあ、当時はベアフット・ランニングだのゼロドロップなんて言葉どこにもなかったから当たり前だけど、その知識があるかないかでここまで感覚が違うのかと驚く。この靴で1日歩き続けると足がどういう状態になるのかは未知数だけど、この靴を履いて山を歩いてみたらどんな感覚になるのか、ぜひ試してみたくなった。
そんなわけで、チープ・ハイクのフットウェアは、ひとまずアキレスのDXスライダーに決めた。
誤解して欲しくないのは、僕は万人にお勧めできる優れた靴としてDXスライダーを紹介しているわけではないということだ。一般的に考えれば、チープハイクにはランニングシューズが賢い選択であろう。ただ、普段からベアフット・サンダルやシューズに慣れ親しんでいる人にとっては、興味深い選択肢のひとつとして提案したい。
今回も長くなってしまった。次回こそはチープ・ハイクなシェルターについてお届けしたい。
【今回までのチープ・ハイク装備の総額】