社是としてスタッフには「ハイキングに行くこと」が課される山と道。「願ったり叶ったり!」と、あちらの山こちらの山、足繁く通うスタッフたち。この『山と道トレイルログ』は、そんなスタッフの日々のハイキングの記録です。今回から、山と道鎌倉スタッフである「おーじ」こと苑田が、山と道社内の「ULハイキング研修制度」を利用して、アイスランドを無補給で600km縦断した記録を数回にわたってお届します。
苑田が今回の研修で歩いたのは、日本から遠く離れた島国、「一度は訪れてみたかった」というアイスランドです。ほぼ自然に覆われたアイスランドの最北端の灯台から最南端の灯台までの600kmに及ぶ縦断を、無補給で挑戦します。担ぐ食料はなんと20日分。
#1は出国からトレイルヘッドまでの道のりをお届け。バックパックに20日分の食料と期待を詰め込んで、いざ出発です。
プロローグ
「さあ、行くか!」
と、自分に言い聞かせながら、僕はアイスランド最北端の灯台 『フラウンハフナルタンギ』 に立っていた。20日分の食料をパンパンに詰め込んだバックパックが、肩にずっしりと重い。この日のためにトレーニングはしたつもりだったが、スタートを目前にして、この無補給で600kmを歩く旅に不安を抱かずにはいられなかった。
「まあ、何とかなるだろう!」と呟き、ゴールのアイスランド最南端の灯台『ディルホゥラエイ』を目指して歩き始めた。ついに冒険の幕が切って落とされたのだ。……と、その前に、僕がなぜアイスランドへ行くことになったのか、その経緯と、ここまでの道のりを振り返っておこう。
アイスランドは北ヨーロッパの北大西洋上に位置する島国で、面積は北海道と四国を足したくらいの広さだが、人口はわずか約40万人。大阪府枚方市や千葉県柏市とほぼ同じだ。島を1周する「リングロード」と呼ばれる全長約1,300kmの国道1号線沿いにポツポツと町が点在し、それ以外の大部分は自然に覆われたシンプルな構造の島国だ。
僕が訪れた7月は「氷の国」と呼ばれるアイスランドも夏真っ盛り。とはいえ気温は10℃前後で、木々がほとんど生えていない*ので常に風は強いものの、過ごしやすい気候だった。さらに、この時期は「白夜」で、深夜になっても日が沈まない。日本では体験できない、不思議な季節だった。
*アイスランドにはもともと森林があったが、約1100年前にバイキングたちがこの地に移り住んだ時に家の建設や燃料の材料として、多くの木が伐採されてしまった。その後も気候の変化や羊の放牧の影響によって、なかなか木が育たない環境になっている。
アイスランドを選んだのは、「人生で一度は訪れたい国」だったから。日本の八百万の神に似たアニミズム的な文化があり、現在も国民の半分以上が妖精の存在を信じているという面白い国だと聞いていた。さらに調べるうちに「プレートテクトニクス理論」を知った。それによれば、アイスランド付近で隆起した北米プレートとユーラシアプレートは、日本付近で沈み込んでいるという。アイスランドと日本は、どちらも火山国でありながら、プレートの隆起と沈み込みという対極の役割を持っている。地質学的に見ても日本と共通点が多いこの国に、ますます興味が湧いた。
また、数年前にジョナサン・レイというハイカーのウェブサイトを見つけたことも大きなきっかけとなった。彼が2006年にアイスランド縦断にチャレンジしたレポートが記されているこのサイトを何度も何度も読み、自分がその道を歩いている姿を想像した。そんな最中、山と道で「ULハイキング研修制度」 というスタッフへのミッションがスタートした。それならば、「アイスランドを歩くしかない!」と鼻息を荒くし、企画書を作成。そのタイトルが「白夜を突き進むアイスランド縦断無補給 600km」 だった。
計画を立てたスタート地点から100kmとゴール地点までの100kmは町があるので食料を補給できるが、中央内陸部の「ハイランド」と呼ばれる地域はそもそも人が住めない環境なので、補給もできない。であれば、いっそのこと無補給にチャレンジしてみようと、20日間かけて600kmを無補給で歩くことにした。さらにアイスランドの物価は日本のおよそ5倍なので、20日分の食費もバカにならないのも理由のひとつ。

実際に歩いたルート。アイスランド最北端の灯台「フラウンハフナルタンギ」から最南端の灯台「ディルホゥラエイ」まで、中央高原地帯「ハイランド」を突っ切って604kmを歩く。
僕自身、海外のロングトレイルを歩いたこともなければ、20日分の食料を背負いながらテント泊で歩くというのは、これまで経験したことのない未知の領域であり、人生最大のチャレンジとなる。そんなこんなで、僕はアイスランドを歩くことになった。
7月9日 出発の日、愛妻との別れ
出発前夜、山と道代表の夏目一家と山と道鎌倉スタッフと妻のみなちゃんが壮行会を開いてくれた。あまりにも未開の地であるアイスランドに旅立つことをみんな本気で心配してくれたせいか、壮行会というより「最後のお別れ会」のような雰囲気が漂っていた(笑)。みんなからたくさんの応援と勇気をもらった。
出発の日。羽田空港から夜の便でアイスランドへ向かうため、最短ルートのフィンエアー航空を選択した。アイスランドへは直行便がなく、途中ヘルシンキで約3時間のトランジットを挟み、合計約19時間の移動となる。思えば数年ぶりの海外で、日本を出ることに少し緊張していた。
家を出るギリギリまで、あーだこーだと言いながらバックパックのパッキングを何度も繰り返し、ようやく準備完了。空港まではみなちゃんに送ってもらい、出発までの時間を空港内で一緒に過ごした。カフェに入って何を話していたのかは忘れたけど、いつも通りのたわいもない会話、大事な話、もしものことなど、いろいろ話したと思う。そうこうしているうちに、フライトの時刻が近づいてきた。その時——
「あ! 腕時計忘れた!」
血相を変えて僕が言うと、みなちゃんはあきれた顔をしつつ、すぐに真剣な表情になり、
「もう! さっき近くにビックカメラがあったから買いに行こう」
と言って、おっちょこちょいな僕をいつも通り冷静に、やさしくいなしてくれた。僕の旅には忘れ物が付き物だということを、彼女はよく知っている。きっと今後もこの癖は治らないだろう(笑)。カシオの軽くてシンプルなデザインの、いちばん安い時計を迷わず購入し、搭乗ゲートへ向かう。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない——そんなことは口にしなかったけれど、お互いに感じていたのかもしれない。ゲート前で、長めの抱擁をした。そして、笑顔で手を振りながら別れた。

羽田空港での出国前の僕
7月10日 アイスランドに立つ
8:00に予定通りアイスランドのケプラヴィーク国際空港へ降り立った。到着した人とこれから出国する人でごった返していて、せわしない雰囲気にのまれそうになったので、一旦落ち着くためにビールでも飲もう(朝から笑)と売店へ立ち寄った。
「Gull」と書いてあるビールっぽいパッケージの缶があったので迷わず手に取り、レジ横で作っているホットドッグも一緒に注文して会計を済ませた。ホットドッグ担当の兄ちゃんに「どうする?」と聞かれたが、僕は勝手が分からず、少しお互い沈黙状態に。何を求められているのか察知しようとするも、とっさに出た言葉が「オールオーケー!」(笑)。
すると兄ちゃんは笑顔で「OK!」と言いながら、トッピング的なものを全部と、2種類のソースをかけてくれた。いわゆる「全部のせ」だ! 全部のせホットドッグは、日本で食べたことのない味だったけど、意外と好みだった。また食べたいなと思いながら、ビールと一緒に流し込んだ(この時に知ったのが、この国の食料品店ではアルコール度数が2.25%のライトビールしか販売されていないということだった。それ以上のアルコール度数の高い酒類は酒屋でしか買えないらしい)。
知らない国で、緊張を通り越して気持ちがフワフワしていたけど、この地でひとつアクションを起こしたことで、自分とこの場所が繋がったような感覚を持てた。

アイスランドでの初めての食事
僕はスタート地点であるアイスランド最北端の灯台『フラウンハフナルタンギ』に行くために、今日は北部にあるフーサビークという町に行くことを目標にしていた。まずはケプラヴィーク国際空港からレイキャビク空港までバスで小1時間ほど移動した後に、国内線でアークレイリという町まで飛行機で移動しなければならない。
レイキャビク空港までのバスの車窓から外を眺めると、途中で噴火の影響で通行止めになった国道の工事現場が見えた。そこには物々しい雰囲気が漂っていたが、すでに迂回路が作られていて、普通にクルマが行き来している。噴火から少し時間が経っていたからか、それほど深刻な状況には見えなかった。この国にとって、噴火は日常茶飯事なのだろうなぁーと思いながら、バスに揺られた。
レイキャビク空港に到着。国内線の小型飛行機しか離発着しないここは、僕が人生で訪れたなかでいちばん小さかった空港かもしれない。近年の大きくてきれいなショッピングモールのような空港が多い中、ここはまるで80年代に取り残されたような佇まいだった。煌びやかな空港より、こういう素朴な空間の方が僕は落ち着く。

レイキャビク空港の売店
出発までは少し時間があったので、また売店でライトビールの「Gull」を買い、イートインで時間を潰した。このイートインには数人の客がいた。ずっと携帯電話で話している男性、老夫婦、中東系の個性的な若い女性。そして、売店の店員は、おそらくロック好きの50歳くらいの図体のいい女性。暇があれば勝手口から外へ出て煙草を吸っている。まるでウェス・アンダーソンの映画のワンシーンのような空間だった。
そうこうしていると電光掲示板が「搭乗可能」に変わり、列に並んで小型の飛行機に乗り込んだ。客室乗務員はおらず、副操縦士の男性が客室乗務員役も兼ねていた。エマージェンシーの説明をしたり、お菓子や水を配ったりと、すべてのサービスを担当していたのには驚いた。
離陸すると、窓の外は雨が降っていて視界が悪かったが、北部へ向かうにつれて次第に晴れてきた。そして、ここに来て初めて圧倒的なスケールの自然が目に飛び込んできた。見たことのない地形や風景に驚かされる。
「これから俺は、こんなところを歩くのか?」
ワクワクとドキドキが入り混じり、鼓動が高ぶっていった。

飛行機から見たアークレイリの町
小1時間ほどでアークレイリ空港に到着した。レイキャビク空港よりはきれいだったが、同じくらい小さな空港だった。ここから今日の目的地であるフーザビークの町までは約100km、バスを乗り継ぐ必要があるが、バス停までも数km歩かないといけなかった。バックパックを背負うと、重い…。1週間後には軽くなったバックパックに喜んでいる自分が目に浮かぶ。そう思うと、なんだか嬉しくなり、今はこの重さを楽しもうと思えた。
1時間ほど歩いてバス停付近に到着したが、バックパックの重みで肩が痛い。まだバスが来るまでに時間があるが、どこに停まるのかが定かではないのでその辺りまで行ってみることにした。バス停らしいバス停はなく、Googleマップのピンの場所には長椅子があった。おそらくここだろう。確認できたので、灰皿が置いてある場所へ移動し、煙草に火をつけて一服しながらバスを待った。
少しして、運転手しか乗っていないハイエースロングワイドくらいのクルマが停車した。僕と一緒にずっと長椅子に座っていた高校生くらいの男の子がそれに乗った。念のため運転手に行き先を聞いたが違った。たぶんスクールバスだろう。そうこうしていると、また同じようなワゴン車が止まった。運転手に行き先を聞くと「フーザビーク!」と言った。これだ! 乗客は僕ひとりだった。いちばん後ろに座ろうとしたら、運転手は「前に乗りな!」と言い、運転席(アイスランドは左ハンドル)の真後ろに僕を座らせた。

バスの窓から見えた雄大な自然その1
運転手はサッカーワールドカップ・フランス大会の試合をカーナビモニターで観ながら運転している。「サッカーは好きか?」と聞いてきた。
「好きだよ。僕は中学校までサッカーをしていたよ」
「俺は元サッカー選手でルーマニア代表だ」
「すごいね! ルーマニア代表だったら知ってるのはムトゥだよ」
「ムトゥは後輩だ」などと、サッカーの話で盛り上がる。
その後も「どこから来た?」「俺は大阪に行ったことがある」など、マシンガンのようにいろんな話が飛んでくる。そのおかげで英語で話すことにも慣れたし、1時間のバス移動もあっという間だった。ルーマニアの兄貴との会話は面白かった。また会いたい(笑)。

バスの窓から見えた雄大な自然その2
20:00頃、フーザビークに到着し、すぐにキャンプ場へ向かう。受付のスタッフがちょうど帰ろうとしていたところをギリギリでチェックイン。やっと長い長い1日が終わろうとしていた。しかし、深夜0:00頃、若い男子の集団が自分のテントの真ん前にクルマを停めてテントを張り出した。お酒も入っているのか、ひとりの子がことあるごとに「Fuck!!!」と大声で叫んでいる。うるさくて眠れない。
ため息をつきながら煙草でも吸おうとテントを出た。空を見上げると、美しい白夜の空がそこに広がっていた。いまは夕暮れから夜に変わるはずの時刻。空は静かにゆっくりと色を変えながら、決して闇には沈まず、薄桃色の光が水平線に滲み、オレンジから青へ、そして淡い紫へとグラデーションを描いていた。これはこの旅で忘れられない光景になるだろう。Fuck野郎、ありがとう。
7月11日 初めてのヒッチハイク
4:00頃、Fuck野郎の軍団は相変わらずうるさく、ほとんど眠れなかった。今日は、できれば100km先のコーパスケールという町まで移動したい。しかし交通機関を使って行けるのはこのフーザビークまで。ここから先は、自力でスタート地点の灯台まで向かわなければならない。
寝不足ではあるが、足運びは軽快だった。コーパスケールまではすべてロード歩き。普段はトレッキングポールをほとんど使わないが、長い旅になるので故障しないよう、最初からガッツリ使うことにした。また体力の温存も考えて、人生初のヒッチハイクをしようと決めた。
3km歩く、5km…10km…全然クルマが通らないではないか! 確かに昨日、アークレイリからフーザビークまでバスで移動していたが、ほとんどクルマとすれ違わなかった。これはコーパスケールまでの100kmの道のりを全部歩くことになるかもしれない…。と悲壮感に浸っていたその時、後方から1台のクルマが向かってくるのが見えた。ぐぬぬ、このチャンス、絶対に逃してはならない!
急に、ヒッチハイクという負けられない戦いが始まった。しかし、初陣すぎて戦術がなく、なす術もない。色々と考えているうちに、クルマはどんどん近づいてくる。もうこのタイミングで何かアクションを起こさなければ過ぎ去ってしまう…。
その時、頭の中に流れ出したのは、荒井由実『ルージュの伝言』のイントロ! そうだ! 『魔女の宅急便』で、ウルスラとキキがヒッチハイクするシーンを思い出せ! どっしりと仁王立ちで胸を張り、満面の笑みで、腕を真横にビシッと伸ばし、親指を立ててみる—— な、な、なんと! クルマは目の前に止まってくれた!
これがどの分野でも存在するビギナーズラックというやつか⁉︎ 初めてパチンコを打って大当たりした時くらいの感動があった(笑)。窓がスーッと下がると、自分と同年代か、少し上くらいの恰幅の良い男性が乗っていた。僕は「コーパスケールへ行きたい」と伝えると、「乗りな!」と即答してくれた。荷物を後部座席に入れ、乗り込もうとすると、「助手席に乗りな」と促される。「Thank you so much.」と感謝を伝えると、彼はこう続けた。
「私は少し先の交差点で右に曲がる。君はまだ真っ直ぐだから、そこで降ろすね。いい?」
Googleマップで調べると、そこまでは約20km。歩けば4時間はかかるが、クルマなら20分程度。もう一度、つたない英語で「Thank you so much」と感謝を伝え、しばしのドライブを楽しんだ。
あっという間に到着し、「じゃあ俺はこっちだから、君はあっちだよ!」 と言われ、後部座席から荷物を取り出して別れた。クルマが走り出しても、初めてのヒッチハイクで乗せてくれたことが嬉しすぎて、ずっとバイバイし続けていた。
「バイバーイ、ありがとう〜、ん⁉︎ んん⁉︎ あれ?」
両手に持っているはずのトレッキングポールがない! あ、後部座席の下に置いたまま、ピックアップするのを忘れたーーー‼︎
「ちょっと待って、待って〜!」
走って追いかけるも、クルマはブーーーン と100kmくらいの速度で離れていく。どんどん小さくなっていくクルマを眺めながら、「出だしからトレッキングポールを失うのはキツいよ〜」と、がっくり頭を落とした。しかし、少し先でクルマが右ウィンカーを出して、建物の中へ入っていった。 うぉー! なんと胸熱な展開だ!

ヒッチハイクしたクルマが向かった工場
1kmほどの距離だが、彼がすぐに出発する可能性もある。荷物はクソ重いが、そうは言っていられないので全力ダッシュ! 着いてみると、そこは工場のような建物がいくつも並ぶ場所だった。勝手に敷地に入り込んで、完全に不審者状態だが、「これはトレッキングポール回収潜入ミッションだ!」と自分に言い聞かせて進む。すると、建物から作業着の男ふたりが出てきて、すぐに見つかってしまう。
「何してる?」
もうヤケクソだ! つたない英語と身振り手振りで、「ヒッチハイクで乗せてもらったクルマにトレッキングポールを忘れた!」 と必死に説明。すると、彼らは「あ〜、さっき○○が日本人を乗せたって話してたな〜」と言い出し、さらに「あいつのクルマは向こうにあるよ。鍵は開いてるから、勝手に取っていきな〜」と助けてくれた。
「ありがとう! 自分、おっちょこちょいでスミマセン〜(汗)」
心臓バクバクで冷や汗をかきながらも、無事にトレッキングポールを回収! ここまでがセットでビギナーズラックだったんだと、無理やり納得して気を取り直す。
元の道に戻り、少し休憩しようとすると、また1台のクルマが近づいてきた。「これはビッグチャンスか⁉︎」まだ幸運の女神はこっちを見てくれているのかもしれない。そう信じて、さっきと同じように精一杯のサムズアップ! ……なんてことでしょう。またクルマが止まってくれた‼︎
窓が開くと、線の細いチョビ髭のおじさんだった。「コーパスケール」と伝えると、先ほどと同じく「途中まで行くから、そこまで送るよ」と言ってくれた。少しでも進めればそれでいい! そう伝えて、クルマに乗り込んだ。このおじさんは、アイスランド語しか話せないようだった。ここで気づいたのは、アイスランドも日本と同じ島国。特に田舎の方では、公用語しか話せない人が多いのかもしれない。圧倒的な自然を眺めながら、ドライブを楽しもうと僕も無理には話さなかった。

自生したルピナスのお花畑
8:00頃、景色に見惚れてボーッとしていたら、「着いたよ」と小さな声が聞こえた。そこはまた工場だった。どうやら、これまでヒッチハイクで乗せてくれたふたりは、通勤の途中だったらしい。朝早く僕が歩き始めなければ、彼らには出会ってなかっただろう。なんてラッキーなんだ!
コーパスケールまで、残り15km。ヒッチハイクの成功率が2/2とは、幸運すぎて逆にこの先が心配になってきた。
これ以上ツイてると、どこかで大きなしっぺ返しを食らうのではという不安もあったので、町まで残り15kmは自力で歩くことにした。キャンピングカーやトラックが数台通り過ぎていったが、もうヒッチハイクはしなかった。嫌いなロード歩きも、こんなにも素晴らしい景色が広がっていると苦にならない。「ロード歩きも悪くないなぁ〜」と思いながら、淡々と歩を進めていた。町まで残り3kmくらいのところで、1台の乗用車が並走してきた。スーッと窓が開き、運転席の眼鏡のおじさんがこう言った。
「コーパスケールまで行くのかい? 送っていくよ!」
まさかの逆ヒッチハイク‼︎ これはもう幸運の女神からの思し召しだと思うことにした。
「ほんとですか〜 乗っていきます!」
そう言って、すぐに甘えてクルマに乗り込んだ。眼鏡のおじさんは僕と同じくらいの英語力で、お互いに歩み寄りながら可能な限りコミュニケーションを取った。僕の旅のこと、アイスランドのこと、おじさんは日本人に会えたことに興奮しているようだった。僕がコーパスケールよりさらに先の灯台まで行くことを伝えると、おじさんは「母が住んでいる集落がコーパスケールより10km先にある。今からそこへ向かうから、そこまで送るよ。」と言ってくれた。
今日のゴールはコーパスケールでもいいか…そう思っていたのに、さらに進めることに安心した。というのも、スタート地点までのこの区間が未知すぎて、不安で不安で仕方なかったのだ。予定以上の進み具合に少し興奮し、「もしかしたら今日中にスタート地点の灯台まで行けるのでは?」という欲まで出てきた。
厚かましいとは思ったが、おじさんに「可能であれば、行けるところまで送ってもらえませんか?」と聞いてみた。おじさんは少し困った顔をして、「ちょっと待って」と言いながら、カーナビから電話をかけた。電話の相手はおそらくお母さん。アイスランド語なので具体的には分からなかったが、おじさんも興奮しながら話している。そして、おじさんは神妙な面持ちで僕に言った。
「すまない。私は12時までに母のところに行かないといけないんだ」
僕も「無理を言ってごめんなさい」と謝った。しかし、その直後、おじさんはニコッと笑って言った。
「だから、その時間に間に合うように行けるところまでは送るよ!」
うぉー! なんだこの本日2回目の胸熱すぎる展開! 僕は思いつく限りの言葉でおじさんに感謝と喜びを伝えた。
「この集落あたりが母の家なんだ」とおじさんが言った。その集落は、自然との融和ができていて素敵な場所だった。そこを過ぎると舗装路はなくなり、オフロードになった。どこまでも続く、何もないまっすぐな道。おじさんの口数が段々と減っていく。そろそろ別れの時間が近づいてきているんだなと僕は感じていた。やがて、クルマが止まった。
「ここでお別れだよ」
僕が降りると、おじさんもクルマから降りてきてくれた。何度も何度も感謝を伝え、抱き合って笑顔で別れた。「眼鏡のおじさん、本当にありがとう。」

眼鏡のおじさんと僕
海の向こうにはグリーンランドが見えている。風が強く、冷たい。今日歩き始めたフーザビークからスタート地点の灯台まで約150km。でも、もう残り25kmとなった。まだ時間は11:30。あと5時間も歩けば、スタート地点に着ける。歩こう。
すでにヒッチハイクを除いて25kmほど歩いていたこともあり、歩くペースが上がらない。それでも、辺りに広がるのはずっと素晴らしい景色。しばらくすると、渡り鳥がたくさんいるバードウォッチングのエリアに入った。そこはまるで『未来少年コナン』の「のこされ島」のような場所だった。

「ここから5kmは繁殖地のため、道路上に鳥が出てくる可能性あり」と書いてある
残り10km程度、いちばん心配していたスタート地点への到着が、ついに見えてきた…やっと遠くに米粒ほどの大きさの最北端の灯台『フラウンハフナルタンギ』が目に入った。その途端、緊張感に包まれた。この旅の過酷さをいちばん理解しているのは計画した自分自身。そのスタート地点が、もう目の前に迫ってきている。この先のことを考えすぎて、頭がいっぱいになり、また歩く集中力を失ってしまいノロノロとしか歩けない。

そこらじゅうにたくさんいる羊
そんな時、後ろから2台のクルマが近づいてきた。
「どこまで行くの?」
僕は灯台を指差して「Over there(あそこ)」と答えた。僕が乗せてほしいと言う前に、後部座席のお兄さんがクルマから降りてきて、ハッチバックを開け、バックパックを載せる場所を整理してくれた。おそらく後ろから僕を見て、よほど疲れきった歩き方をしていたのだろう。
クルマはすでに人でギュウギュウだったが、みんな嫌な顔ひとつせず、僕を迎え入れてくれた。灯台まであと3km程度だったけれど、明日以降のことを考えると、少しでも体力を温存できるのはありがたかった。あっという間に、灯台へ向かう分岐に到着。感謝を伝え、何度も頭を下げて見送った。灯台まであと少し。

スタート地点であるアイスランド最北端の灯台
この1日だけで、たくさんの人たちに助けてもらった。嬉しくて、ありがたくて、前が見えないくらい涙が溢れてきた。そんな僕を見兼ねてか、渡り鳥が僕の前を先導するように、一緒に歩いてくれた。やっとというか、とうとうというか——『フラウンハフナルタンギ』の灯台、600kmの旅のスタート地点に到着した。

出発前夜の幕営地
今夜はここで幕営。明日から、ULハイキング研修の本番が始まる。20:00になっても、まだまだ明るい。早く寝て疲れを癒し、この無補給600kmの挑戦に備えよう。「どんなトレイルを歩いて、どんな景色が待っているのだろう?」そんなことを考えていたら、すぐに寝落ちしていた。
【#2へ続く】
GEAR LIST
BASE WEIGHT* : 4.45kg
*水・食料・燃料以外の装備を詰めたバックパックの総重量






YouTube
苑田とスタッフJKが旅の模様をYouTubeでも振り返りました。