#4 東岳志 (サウンドエンジニア)
山と道というこの奇妙な山道具メーカーの特徴のひとつは、「アウトドア」の文脈だけには収まりきらない、実に様々なバックグラウンドを持つ人々との関わりがあることかもしれない。
この『人・山・道 -ULを感じる生き方-』では、そんな山と道の様々な活動を通じて繋がっている大切な友人たちを訪ね、彼らのライフや思考をきいていく。一見、多種多様な彼らに共通点があるとするならば、自ら背負うものを決め、自分の道を歩くその生き方に、ULハイキングのエッセンスやフィーリングを感じること。
#4となる今回のゲストは、『山と道京都』の前身であった『山食音』元店主であり、サウンドエンジニアであり、南インド料理を中心としたベジタリアン料理人でもある東岳志さん。多才な顔を持つ彼の活動すべてのベースには、実はULハイキングがあるのだという。
取材/文:渡邊卓郎
写真:三田正明
フィールドレコーディングは、 自然のことを考え続けるための手法
「大文字山に行きましょう」と誘ってくれたサウンドエンジニアの東岳志さんと待ち合わせたのは京都の銀閣寺だった。
東さんの後について銀閣寺の裏から歩きはじめ、大文字山のメインの登山道へとつながる脇道を登っていく。
「この辺ですかね」
よくフィールドレコーディングをしているというスポットに着くと、ショルダーバッグからいくつかの機材を取り出して素早くセッティングして、東さんは遠くを見つめて静かに佇んでいる。マイクで音を録っているのだろうということはわかる。でも、何がどうなっているのかは正直わからないので、「今は何の音を録っているんですか?」と尋ねてみる。
「風ですね。風の音というか、風の向きや強さのデータも取っているので、録音というよりは風の記録とかアーカイブみたいなイメージです。フィールドレコーディングではあるんですけど、『スケープレコーディング』って言葉を使ってもいいんかなと思っています。空間情報としてそこに何があるのか、誰もわからないから残せるものを全部残すというイメージで、計測できるものすべて計測するという方法です」
フィールドレコーディングとは、一般的に野外で自然音や人工音を録音することを指すが、東さんは独自の解釈をしていて、場所や時間から切り離すことができない何かを見つけること、体感を含めた調査全体を「フィールドレコーディング」と呼んでいるという。
「フィールドレコーディングは、自然のことを考え続けるための手法だとも思っています。フィールドレコーディングで切り取られた音を聞いて何を思うか、ということを客観的に見つめることもできるので、リセットできる場所、帰ってくる場所のようなものでもあると思うんです」
音を扱う東さんの仕事は多岐にわたる。
アンビエントミュージックの創始者であるブライアン・イーノのサウンドインスタレーションが大きな話題となったAMBIENT KYOTO 2022、そして、その翌年のAMBIENT KYOTO 2023でも音響を手がけ、これまでフィールドレコーディングの音源提供や空間を彩るサウンドインスタレーション作品も多く手がけてきた。
ご存知の方もいるかもしれないが、山と道はかつて『山食音』というショップを東さんと一緒に京都で運営していた。山道具があり、料理人としての顔も持つ東さんが提供する南インドの料理・ミールスを中心としたベジ料理を味わえる店だった。
現在、『山食音』という屋号は東さんが引き継いでいて、ディレクターとして関わる『しばし(sibasi)』という京都・岡崎にある喫茶&リスニング空間にて不定期で料理を提供している。
「最初は食と山だけの店にしようとしていたんですよね。だけど、どう考えても、やっぱり自分のベースとしては音からいろんな発想が生まれたりしていたので、そこは捨てられないと思い、音も加えました。山と食と音、その3つが自分の構成要素としてあるんだと思っています」
山と道と東さんとの出会いは2014年のこと。きっかけは東さんによる山と道代表の夏目へのSNSのコメント投稿だった。
当時、サウンドエンジニアの仕事を続けながら、独学でミールスやネパール料理のダルバートの研究をしていた東さんは、ネパール・ヒマラヤでのハイキングについてのトークイベントを控えていた夏目のポストに対して「トークショーの会場でダルバートを出しませんか?」とコメントをしたそうだ。そのことがきっかけで、イベント当日にダルバートを持ってはるばる京都から東京にやって来たという。
「当時、少なくとも関西ではULという言い方はしていなかったと思うんですが、ウルトラライトの思想に僕も目が向いていて、その世界の中でキャラが立っていたのが夏目さんだったんですよね。なんか面白い人がいるなーって思っていたんです。自分の立ち位置として、食のことなら夏目さんや山と道の皆さんと一緒に遊べるかな、みたいに思って。」
意気投合した東さんと夏目は、その後、2016年に京都に『山食音』をオープンさせた。ハイキングを軸にしたアウトドアカルチャーと、ミールスやダルバートを中心にしたベジ料理、そして、音楽とコミュニティの会話としての音という、店名の通りの山、食、音の3つをテーマにした食堂は、ハイカーをはじめとしたアウトドアを愛する人たちのコミュニティスペースとしても成長した。
東さんのサウンドエンジニアとしての仕事が忙しくなってきたことや山と道のスケールが大きくなったこともあって『山食音』は2023年にクローズしたが、夏目は『山と道京都』をオープンするにあたり、東さんに店内空間のサウンドインスタレーションを依頼した。
店内に入ると、どこからともなく聴こえてくる虫や風の音や鳥の声の自然環境に包み込まれるような不思議な感覚を得られた方もいるだろう。その音空間を作り上げているのが東さんなのだ。
山と道京都のサウンドインスタレーションでは店内に配置された10個のスピーカーによって自然環境に包まれるような音体験ができる。
「自然の中を歩くための道具を扱う山と道の店ですから、心地よい自然の中にいるような感覚が身体に残るように、合計10個のスピーカーを配置して、店内のさまざまな場所に自然があるように音を配置しました」
サウンドインスタレーションに使用された音は、鴨川源流付近など京都で録った音をベースにして、沖縄をはじめとした国内各地のほか、インドのラダックやネパールなどの土地で集めた音も組み合わして構成している。
「例えば虫の鳴き声が聴こえてくると思いますが、同じ日の同じ場所の音に聴こえるかもしれません。でも実はいくつかのファイルを使っているので、同じ場所ではあったとしても、別の日の同じ虫たちの鳴き声を同時に出していたりするんです」
つまり、時間軸の流れと、場所の流れがある地球から俯瞰した目線を表現するように「作曲」しているのだという。
「どこか特定の土地の音というわけではないですし、この地球上に存在しない自然の音なんです。リアルではないんですけど、日本中の人々の心に残像のように残る自然体験を感じてもらえると思います。人の声も虫と同等と捉えたり、言うなれば、夢の中みたいな感じですね」
エンジニアの仕事の中で感じた食の重要性
サウンドエンジニアとしての東さんの活動は20代前半から始まった。フリーの録音エンジニアとして映画の音声や演劇のPAとして活動を続けていた。
その仕事をする中で、野外での録音、場所の限定がないところで音を録ることの楽しさに気づいていったそうだ。30代の頃からは、徐々にフィールドレコーディングに費やす時間が増えていった。
両親の影響で幼い頃から山に親しみ、音の世界で生きる東さんを構成するもうひとつの要素である食への目覚めも、音を通してのことだったという。
日本を代表するエンジニアであるZAK*さんに誘われて、国東半島で開催された芸術祭の野外舞台に音響スタッフとして参加した時のことだ。
2か月に及ぶ長い滞在の中で、スタッフの皆が毎日コンビニ弁当の類いを食べて過ごしていたところ、乱れた食生活を送っていることで、空腹状態ではないのだが心が満たされることはなく、合宿所の雰囲気が日に日に悪くなってきたのだという。
「あの時は合宿所の空気が殺伐としていましたね。食の喜びがなかったことが理由だというのはすぐにわかりました。一方、ZAKさんと僕は菜食だったということもあり、合宿所のキッチンでカレーなどを作って食べていたので、心身ともに健康が保たれていたんです。そんな僕たちの食事に興味を持った人たちが現れ始めると、数日後には皆が僕の作った料理を食べるようになりました。すると、スタッフみんなの体調が回復してきて、同時に人間関係も良くなりました。合宿所全体の雰囲気が明らかによくなって、いい作品が生まれるようになった気がしたんです。その時、食の可能性の大きさを感じました。エンジニアの役割を超えたところで、食の重要性に気づいたんです」
*ZAK
PA/レコーディング・エンジニア、プロデューサー。伝説的なバンド、フィッシュマンズのサウンドミックスやプロデュースワークで注目を集めた。これまで、坂本龍一やUAをはじめとした数々のアーティストのレコーディングやライブエンジニアの他、演劇や公共施設などの音響に携わる。AMBIENT KYOTO(2022年、2023年)では音響ディレクションを手がけた。
ULは自分で解釈して作っていく世界
両親に連れられて幼少期から山に親しんできた東さんは、京都エリアを中心にして日常的にハイキングをするという。
「ハイキングは自分がどこに何日行ってもいいし、基本的に決まりも制約もないと思うんです。そういった世界に身を置いて、自分が何をしたいかがはっきり見えてくる行為だと捉えています」
そんな東さんは夏目に会う以前からウルトラライトの思想に傾倒していたこともあり、山道具も少しずつ自作していたそうだ。
「ULハイキングは正解があって勉強するのでなくて、自分で解釈して作っていく世界であることが根底にあるんだと思っています。それは音響の活動も同じで、録音に必要な機材でも企画でも、ないものはとりあえず作ってみるんです。そうすることで何かが動き始めます」
録音機材を自作することが多いという東さん。山道具も自作する。
「山食音」を始める以前に音楽の専門学校でハンダ付け授業の講師をしていた時も、自分で作るとはどういうことか、ということを学生たちに伝えるために、授業の合間に山道具の作り方を教えていたという。
「簡単なもんですけど、バックパックとかポンチョみたいなものを自作していたんです。そんなこともあって、ハンダ付けの授業の終わりで、学生たちに道具作りや山道具の選び方を教えていました。といっても授業の本筋ではないから、みんなが作業で集中している時のBGMとしてですね(笑)」
とはいえ、音楽の専門学校だったということもあって野外フェスに行くような学生たちは、アウトドアで使う実用的な道具の話ということで熱心に話を聞いてくれていたという。
「『こんだけシンプルな道具やったら、土砂降りでも気にせず山を歩けるし、もっと快適に野外フェスを楽しめるよ』ってこととかを、自作の道具や当時売っていた道具を見せながら教えたりしていましたね」
サウンドエンジニアとして扱う音。そして、かつては食堂の主人として、そして今では録音に関わる人の身体を整えるための食。そして、幼い頃から親しむ山。この3つの要素は東さんの中で交差しつつ、1本の道の上にあるのだろう。
「ちょうどいい感じの状態、心地いい状態をエンジニアリングするためにも、『本質的に気持ちいいとは何か?』を常に分析する自分の思考のベースにはULハイキングの考え方があります。ULハイキングは道具を選ぶ中で、本当に必要なものはなんだろうと、ちゃんと考えようというものでもありますよね」
そしてそれは、いろいろなことに置き換えられるのだという。
「『今、自分が感じている気持ちってなんだ?』『表現したいことは?』とか、自分にとって何が必要なのかと考えたときに、『これはいらないな』とか、『これは代用できるな』とか、客観的な目線から本当に必要なことを見つめ直せるんです。いつも考えています。だから何事に対してもシンプルに向き合えるようになったし、自分が本当に必要としているものの答えに一直線に、早く辿り着くようになりました」
東岳志の大切にしているモノとコト
モノ
人とのつながりをとても大切にしていますね。
コト
昔からよく言われているように、今すべきコトという自ずから始まったコトをちゃんとするコトですね。気になったら徹底的に調べて身体に染み込ませてしまいます。
奈良県生まれ。2000年にフィールドレコーディングを始め、その手法で音楽の録音に従事。エンジニアワークをベースにしながら身体に関する知識を深め、食の領域にも活動を広げる。2016年に京都で山と道と共同で「山食音」を立ち上げ、自然、食、音楽の融合する場を2023年まで運営。現在はサウンドインスタレーション製作やフィールドレコーディング音源の提供、ライブ録音などを行う。AMBIENT KYOTO(2022年、2023年)では音響を担当。山と道京都のサウンドインスタレーションを手がける。
https://takeshiazuma.com/
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