スリーピングパッドのR値ランキングを見る

2024.08.22

山で眠るとき、なくてはならないスリーピングパッド。

その暖かさ=断熱性の指標となる「R値」は、値が高いほど保温性が高いことを意味します。かつては各社が独自の方式で算定していたため客観的な指標とはいえませんでしたが、2019年に国際標準基準「ATSMF3340-18」が制定され、この新たなR値による製品間の断熱性の比較が行えるようになりました。

依然として日本では「ATSMF3340-18」基準のR値を公表しているメーカーは少ないものの、欧米では多くのメーカーがR値を公表しており、山と道も「ATSMF3340-18」検査法にもとづく自社スリーピングパッド製品のR値検査を行ない、その数値を公表しています。

山と道では社内資料として、この検査結果をふまえた市場のさまざまな製品のR値を一覧化した表を作成したのですが、この表を詳細に分析していくだけでも、実に様々な現在のスリーピングパッドを取り巻く状況がわかってきました。そこで今回はこの表を元に、現在のスリーピングパッド市場の動向を知るひとつの切り口として、断熱性やタイプごとなど、様々な評価基準でのR値によるランキングを見ていきます。

もちろん、スリーピングパッドの優劣は単にR値のみによって判断できるものでなく、これから行う分析は、あくまでR値、製品重量、パッドのタイプといったカタログデータに基づく机上論であり、決してその製品を使用しての実感を伴ったレビューではないこと、あらかじめご理解ください。

構成/文:三田正明
序文/スリーピングパッド解説:渡部隆宏
イラスト:KOH BODY

スリーピングパッドのタイプごとの特徴

スリーピングパッドの暖かさ=R値を見ていく前に、まずスリーピングパッドの基本的な情報をおさらいしましょう。スリーピングパッドには大きく分けて3種類のカテゴリーがあり、それぞれに異なる特徴や長所、短所があります。

クローズドセル
発泡断熱素材(Closed cell foam)製のスリーピングパッド。軽量でパンクのリスクもなく、収納も丸めたり折り畳むだけなので設置や撤収が容易な反面、収納性が低い。平均的なR値は他の2タイプと比べて劣り、比較的安価。

インフレータブル
圧縮された発泡素材を内蔵した本体に空気を注入する膨張式(Inflatable)のスリーピングパッド。断熱性・クッション性に優れクローズドセルに比べてコンパクトに収納できるが、重量は他の2タイプに比べ重め。発泡素材を内蔵しているためパンクしてもクッション性と保温性が若干確保される。

エアマット
保温緩衝材として空気を使用するスリーピングパッド。クッション性と収納性に非常に優れるもののパンクのリスクが高く、パンクするとクッション性と保温性を共に失ってしまう。軽量性にも優れるが、空気の注入に手間がかかるためポンプサックが必要なモデルが多く、そのぶん重量も装備品も増えてしまうという欠点がある。化繊綿などの断熱材が入った保温性の非常に高いモデルもある。

※この他にエアマットからの派生カテゴリーとして、内部に化繊綿などを封入した保温材入りエアマットもある

R値ごとの推奨シチュエーション

R値は数値が高いほど暖かいことを示し、季節や外気温に応じて推奨される数値があります。「ATSMF3340-18」の規格策定をリードしたカスケードデザイン社(スリーピングパッド専門ブランドのサーマレストを配下に抱える)の提案では、R値1〜2が夏山、R値2~4が春山から秋山までの3シーズン、R値4〜6が冬山、それ以上が高所や極地までに対応するとされています(ただし、快適に過ごすことのできる温度帯にはかなりの個人差があります)。

以下は、カスケードデザイン社発表のR値ごとの推奨チャートから作成した図表です。

「ATSMF3340-18」によるR値の測定方法

摂氏20度の密閉空間において、2枚の金属プレートにパッドをはさむ。上のプレートには人が寝た状態を模して2kPaの圧力をかけ、同じく人体を模した35°Cに保たれる。底側のプレートはキャンプ地の地面を想定し5°Cに保たれている。上のプレートが一定の温度に保たれるための必要エネルギーを測定し、このエネルギーを数式に参入しR値を導く。断熱性の高いパッドはエネルギーが少なく済んでR値が高くなり、断熱性の低いパッドは多くのエネルギーが必要となりR値が低くなる。

主要スリーピングパッド製品のR値一覧

以下は山と道で作成した2024年8月現在、ATSMF3340-18にもとづく新R値を測定・公表しており、日本国内のメーカーか正規代理店から入手できるスリーピングパッドのR値の一覧表です。ハイキング用には不向きの重量1kgを超えるものは除き、長さ及び重量はすべて入手可能な最小サイズのモデルをメーカー毎にR値の高い順に並べています。

※表図のため製品名の一部を省略している場合があります
※公表されているR値がATSMF3340-18法に基づくか不明な製品は除外しています
※スリーピングパッドのタイプは以下のように表記しています
クローズドセル→Closed cell
インフレータブル→Inflatable
エアマット→Air
保温材入りエアマット→Air+

つづきを読む

①軽量スリーピングパッド・ベスト10

本稿では様々な視点でR値によるスリーピングパッドのランキングを作り、情報を精査していきますが、スリーピングパッド選びにおいては重量も非常に重要なファクターのひとつです。そこでいきなり番外編となりますが、まず「とにかく軽いマットが欲しいんだ!」という方のために、スリーピングパッドの軽さランキングを見てみましょう。

1位〜3位までは山と道製品が独占! ともあれ、1位のMinimalist Padは厚さ0.5cmでR値も0.7しかない軽量性に振り切った製品なので当然と言えば当然ですが、ただR値は単純加算できるので、Minimalist Padを2枚重ねればR値0.7+0.7=1.4となり、重量も2枚で106gとそれでも超軽量です。

2位と3位のUL Pad 15UL Pad 15+にしても75g/113g(共に長さ100cm)と4位以下と比べても圧倒的な軽さを誇ります。ULハイキングを標榜する山と道としては面目躍如といった所でしょうか。

4位はサーマレストの軽量性に特化したエアマットであるネオエアウーバーライト。これも山と道以外では唯一の200g切り製品で、スモールサイズで170g、レギュラーサイズで250gとエアマットでも他に比類する製品のない圧倒的な軽量性を誇り、ULハイカーにとっては最も注目の製品でしょう。また収納サイズもかなり小さいので、そこも大きな魅力です。

タイプ別には10製品中7製品がクローズドセルで、やはり他タイプと比べ軽量であることがよくわかる結果となりました。ただ、インフレータブルタイプとして唯一のランクインとなったニーモ・ゾアショートマミーは295g(全長122cm)とクローズドセルマット並の重量で、R値2.7とベスト10中最高を誇ります。UL目線でインフレータブルタイプを選ぶなら大いに注目すべき製品でしょう。

②R値ベスト10製品(2024年8月現在)

では、ここからがいよいよ本題です。公表されているR値を基に様々な視点でランキングを作り、情報を精査していきたいと思います。

まずR値の上位10製品=2024年現在の最も暖かいスリーピングパッドのベスト10は以下の結果となりました。

タイプ別に見ると1位から9位までがエアマットもしくは化繊ダウン等が封入された保温材入りエアマット(表ではAir+と表記しています)となり、改めてエアマットの暖かさが浮き彫りになりました。

トップに躍り出たのは昨シーズン発売されたばかりのニーモの驚異的な新製品テンサーエクストリームコンディションズレギュラーマミーで、472gでR値8.5とシーンのゲームチェンジャーとも言えるほどの製品です。これがどれだけすごいのかというと、2位のエクスペド・デュラ8Rが970gでR値7.8に対して、重量が約半分にも関わらずR値が0.7も高いのです!

一昨年に今回3位に入っているサーマレスト・ネオエアXサーモNXTが発売された時も重量439gでR値7.3と当時のチャンピオン、デュラ8Rに肉薄する暖かさと圧倒的な軽さで別次元の製品が登場してきたと驚かされましたが、テンサーエクストリームコンディションズは重量・R値共にデュラ8Rを凌駕しているのです。ネオエアXサーモNXTとテンサーエクストリームコンディションズの登場は、エアマットが完全に新時代に入ったことを示す出来事ではないでしょうか。

しかもこの2製品は、暖かさの上では大きなアドバンテージとなるはずの保温材を使っておらず、両者とも内部構造の工夫と熱反射や断熱のコーティングやフィルムによってこのR値と軽さを実現していることにも驚かされます。この2製品の登場は、これまで保温性の面では圧倒的に優っていた保温材入りエアマット時代の終わりの始まりとなるのかもしれません。

では、この話の流れから次は保温材なしのエアマットのR値ランキングを見ていきます。

③エアマットのR値ベスト10

圧倒的な収納性の高さと軽量性で近年勢力を増すエアマットの1位と2位は当然ながら先ほども紹介したニーモ・テンサーエクストリームコンディションズサーマレストのネオエアXサーモNXTでしたが、3位と4位にもニーモとサーマレストの製品が入りました。またその他も9製品までがニーモとサーマレストで、これはつまり両メーカーはエアマットにおいて非保温材入りタイプの開発に注力しており、逆にいえばエクスペドやシートゥサミットといった他メーカーは保温材入りタイプに注力していることの表れではないでしょうか。

3位のニーモ・テンサーオールシーズンも400gでR値5.4と素晴らしいスペックですし、4位にエアマットのオリジンであるサーマレスト・ネオエアXライトNXT Rが重量326gのR値4.5で食い込んだことも印象的です。ネオエアXライトは2009年に登場した頃から若干のスペックアップはしていますがほぼこの性能でしたので、あらためてエポックメイキングなすごい製品です。

また5位に入ったラブ・ウルトラスフィア4.5も370gでR値4.3とネオエアXライトNXTにほぼ並ぶ性能を持ち、サーマレストとニーモの一騎打ちの様相を見せるこのカテゴリーに、ラブがこれからどれだけ存在感を見せるのか注目です。

ただ、7位以下はすべてR値3以下と、実は多くのエアマットはインフレータブルタイプと比べて意外とR値が低く、クローズドセルタイプと同程度であることもわかります。

④インフレータブルタイプのR値ベスト10

軽量でコンパクトに収納できるエアマットの登場で近年ではやや存在感の薄れ気味なインフレータブルタイプですが、トップに輝いたシートゥサミット・ウイメンズコンフォートプラスS.I.マットは5位に食い込んだ男性用と共に8cmという厚みや5.1というR値(男性用は厚み7.5cmでR値4.3)といい、重量は950gとやや嵩むものの断熱材入りエアマット並の性能を誇ります。

もっともULハイキング目線では上位のモデルはどれも重すぎるため、厳冬期用を選ぶならエアマットになりそうですし、軽さの面でもエアマットやクローズドセルには敵いません。近年はこれといった技術的革新もなく、やはり存在感の低下が浮き彫りになる結果となりました。

⑤クローズドセルタイプのR値ベスト10

発泡性の緩衝断熱材が用いられたクローズドセルタイプの1位になったエクスペド・フレックスマットプラスは8位のフレックスマットの暖かいバージョンで、2.2というR値もさることながら3.8cmという他とは一線を画する厚みが光ります(ともあれパッド表面に卵のパックのような凹凸のある形状をしているため、一律3.8cmの厚みがあるのとはちょっと違いますが)。ただ、製品サイトを見ても-4°Cまで対応と謳っていたり、雪山での使用風景も載せるなど、保温性に関しては一般的にはスリーシーズン用とされるR値2.2以上の自信があることが伺えます。

2位以下はR値2.0で山と道UL Pad 15+からサーマレストのリッジレスト/Zライトソルニーモ・スイッチバックまで4製品が並びましたが、このR値2.0前後という数値がクローズドセルタイプのひとつの基準的な数値といえそうです。

それぞれ各社の実績ある定番製品ですが、手前味噌ながら改めてUL Pad 15+の113gというZライトソルの286gに比べ半分以下の重量という圧倒的な軽量性が光ります。ただ、ZライトソルはUL Pad+よりも全長が30cm長い130cmであること、パッドの厚みが7m厚い2cmであることを考えると、UL Pad+の軽さは魔法のような軽さではなく、両者が何を重視し、何をある程度犠牲にしているかが見えてきますね。そしてUL Pad 15のR値1.4で75gというズバ抜けた軽さも、他に類を見ない製品であることが改めてわかります。

8位に入ったエクスペド・フレックスマット(225g)と9位に入ったモンベル・フォームパッド90(200g)は100g前後の山と道のUL Pad 15シリーズ、290gのZライトソルの中間的な重量で、性格的にはとにかく軽さに振り切った山と道、耐久性とクッション性を重視したサーマレストの中間的な製品であると言えそうです。

⑥長さを統一した場合の重量比R値ベスト10

ここまでは製品レベルでのR値や重量を比較してきましたが、R値と重量の関係は基本的にはマットの厚みを増したり断熱剤を封入したりすることで重量が嵩む=R値も増すという関係にあります。

では、もしもすべてのスリーピングマットが同じ重さになったら、どの製品がいちばん暖かいのか? そこで、R値を製品重量で割った1グラムあたりのR値を比較することで、素材レベルでの重さあたりの暖かさを比較していきます。

もっとも、素材のレベルで重さあたりの暖かさを比較するという意味では、製品の長さをそろえて比較する必要があります。実際にはエアマットやインフレータブルマットはカットできないため仮定に過ぎませんが、以下に各製品を100cmとした場合の重さと、その場合の重さに対するR値のランキングを作成しました。

なお多くのエアマットおよび断熱材入りエアマットは、形状的に足元が絞られていたり四隅がテーパードしたりしており、またマット幅にも若干の違いがあるため厳密に長さあたりの重さを算定することは難しく、表の数値はあくまで参考としてご覧ください。

※100cmあたり重量=各製品の最小サイズ重量÷各製品の最小長さ(cm)x100にて算定。

こうして長さあたりの重さを揃えてランキングにしてみても、他ランキングでもベスト10に食い込んでいる製品ばかりで、それぞれが重量とR値のバランスに非常に優れた総合力の高い製品であることが伺えます。

トップには現状の最高のR値を誇るニーモ・テンサーエクストリームコンディションズがここでも輝き、しかもグラムあたりR値も0.0330と他を圧倒しました。2位はそのライバルであるサーマレスト・ネオエアXサーモNXTが入り、さらに3位〜5位までもエアマットのランキングと同じ結果となり、あらためて近年のエアマットの性能の進化が伺えます。

山と道のUL Pad15シリーズもクローズドセルタイプではトップとなる8位と9位に入り、あらためて素材であるXLPEフォームの軽量性と断熱性の高さが裏付けられる結果となりました。

終わりに

以上、「ATSMF3340-18」により測定されたR値を元に様々な尺度でスリーピングマットをランク付けしてきましたが、いかがだったでしょうか。個人的にはこれまで曖昧模糊としていたマットの暖かさや各タイプの特徴と傾向、そして現在のマーケットの動向が伺え、非常に有意義でした。

本稿では主にスリーピングマットの暖かさと重さとの関係に焦点を当ててきましたが、もちろんマットの優劣は断熱性と重量のみによって決まるわけではなく、寝心地や設営・撤収の容易さ、丈夫さなど、その他のファクターも非常に重要です。冒頭でも述べましたが、このランク付けは純粋にR値のみのランキングであり、製品の優劣をランク付けしたものではないこと、ご理解ください。

ともあれ、暖かさと重さはスリーピングパッド選択の最も重要な判断材料であることは確かであり、散在する各社のデータをこうして一覧化したことだけでも意味があるものと考えています。本稿が読者の皆さんにとって最適なスリーピングパッド選びの一助になれば幸いです。

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