#7 インドア派バンドと箱根でピクニッキング

2024.05.01

鎌倉の山と道社員食堂で毎日独創的なお昼ご飯を作るスタッフの寒川奏。イラストレーターとしても活動する彼女がとにかくおいしいものを、気持ちの良い場所で、大好きな人と食べること……つまりピクニックをすることについて綴るこの連載。今回は彼女とは見た目も性格も正反対な(?)お兄さんが登場。インドア派な兄とそのバンド「空中カメラ」のメンバーを引き連れて、箱根山の富士見ヶ丘を目指します。

バンドマンたちはアウトドアに不慣れなうえ、食にも興味なし。そんな彼らとピクニッキングを楽しむために、コース決めや料理決めに頭を悩ます寒川。当日は初っ端から思わぬハプニングが発生⁉︎ これまでと違ったインドア派たちとのピクニッキングは、はたして成功するのか。最後までどうぞ見守ってください。

文/イラスト:寒川奏
写真:ニール・ククルカ

ピクニッキングとは?

まずはピクニッキングが何かをご紹介。

ピクニッキングとはピクニックとハイキングを掛け合わせた造語である。なぜ私がいまピクニッキングマスターを目指しているかは第1回を読んでもらいたいが、ピクニッキングとは、以下のようなものだと私は考えている。

  • 最低1時間のハイクをする(しかし一緒に行く人の体調や体に合わせて、全員が楽しめるハイクにする)。
  • 食べることを主眼においたデイハイク。何人かでそれぞれ食べ物や飲み物を持ち寄り、それをシェアして食べる。
  • ハイキングの行程はあくまでどこで食べるかが主眼。
  • 参加者それぞれがピクニッキングに向けて食料を準備する(なるべく手作りする)ことも非常に重要。

つまり、誰かの家でやる持ち寄りパーティを屋外で、ハイキングを絡めてやるのがピクニッキング?

これはあくまでも私の定義であって、もっと違ってもいいと思う。読者の皆様にも自分のピクニッキングを見つけて欲しい。

私と真逆な兄

連載を重ねる中で考えた事があった。

「もしインドア派とピクニッキングをしたら成り立つんだろうか?」

今までピクニッキングにお誘いをしてきたのは俗に言う「アウトドア派」ばかり。こちらが何も言わずとも適した道具や食べ物を持ってきてくれて、とてもやりやすかった。

「インドア派」とピクニッキングをしてみたい。それなら「あの人たち」しかいない。

「あの人たち」とは兄「響」とそのバンドメンバーの事。

兄は「空中カメラ」というバンドのギターを担当している。オタクだし、外遊びなんてもってのほか、食にはさほど興味がない。対して私は音楽は全くダメで、ものづくりや料理、外遊びが好きで食は生活の真ん中にある。

私たちは顔も全く似ていないし、肌の色だって全く違う。いつも兄弟だと思われない私たちは何から何まで真逆なのだ。

そんなふうに真逆だけど大好きな兄のバンドメンバーもまた、兄に準じて外遊びなどしないインドア派たちなのだ。

早速、兄に連絡する。

寒川「私と空中カメラのメンバーでピクニッキングに行こうよ。」

「何それ。」

寒川「ハイキングして、ピクニックするからピクニッキング。」

「俺たちどうなっちゃうかわかんないけど、みんな興味あるみたいだから行こう。」

どうなっちゃうかわかんないのか〜! トイレサンダルで来ちゃったり、トートバッグで来ちゃったり、最悪、誰か倒れちゃったりするんだろうか。

こんなに予想のつかないピクニッキングは初めて。数人のインドア派たちを引率するというプレッシャーもあるがこれも挑戦、経験だ。

好きな食べ物がない

ピクニッキングに持ってきて欲しいものを電話で兄に伝える。

寒川「人とシェアしたいような、自分の好きな食べ物をできれば手作りで持ってきて欲しいんだ。」

「好きな食べ物…? ないな、俺は果物以外なんでも食べるよ。」

寒川「どうしようもなく好きな食べ物とか、何かひと言、自分で添えられるような食べ物ない? 例えば私だったら隠れてひとりで食べるくらい梨が好きなんだけど、そんな感じの食べ物。」

「ないな。俺以外のメンバーもそんな食べ物はないな。」

早くも企画倒れになりそう。当日、自分が仕切れるのかも不安になってきた。

寒川「んもう! 大人なんだから話し合ってなんか持ってきてよね!」

そう伝えて電話を切った。

好きな食べ物がない人なんていないだろうと思ってイライラしてしまった。これは主体性がないと受け取るべきなのか、主体性のない個性として受け取るべきか。受け取ったとしても何も生み出さない。当日楽しい日にできるのか、とにかく不安だ。

1週間後、兄から連絡が来た。

「田中(キーボード)は駄菓子、りょう(ボーカル)は麻婆豆腐、俺は煮豚を持っていくことになった。」

なぜそうなったのかは色々考えたんだろうなと思うと聞けなかった。私はこれら全てを包み込むことができる優しい食べ物を持っていくことにした。

はたして歩けるのか?

ピクニックフード決めの他にもコース決めという重要な仕事がある。今回は体力と経験がほぼないと言っても過言ではないアラサーたちを連れていくのだ。これは難しい。

以前、山と道の有志で箱根山を中心に外輪の山々を走る通称「ガイリーン」と呼ばれる約50kmコースを走った。その際に富士山がドカンと見える開けた「富士見ヶ丘」という広場で休憩をとった。正直「もうここがゴールでいいじゃん?」と思った程に気持ちのいい場所だった。広場には小さい子供連れの家族や登山クラブの年配勢もいた。

小さい子供も年配の方も行けるならインドアアラサーでも行けるだろう、ここで決まりだ!

ガイリーンを一緒に走った山と道メンバーと私とパートナーのニール。ガイリーンコースに含まれる金時山にて。

当日の朝9時、箱根ロープウェイの桃源台駅駐車場で待ち合わせ。夜行性の彼らにとって9時に集合などまずありえない。

寒川「おはよう。今日は朝早くからありがとう、よろしくね。」

「こちらこそ、楽しみだよ。」

りょう君、田中君「今日はよろしく〜!」

心なしか全員少し顔色が悪い。さすが夜行性。

寒川「今日のコースなんだけど、2時間くらい歩くのと1時間くらい歩くのどっちがいいかな? せっかく天気もいいし、歩けるなら2時間歩いても気持ちいいと思うんだけど。」

「あっ、ちょっとこっちで話そうか。」

なぜかみんなと少し離れたところに連れて行かれ、兄とふたりで相談することに。

「あいつらに2時間も歩かせると、多分疲れて話せなくなっちゃうと思うんだよね。短い方が余裕を持って楽しめると思うんだ。ほら、体力ないしさ。」

寒川「俺は行けるけど感が気になるけど了解。じゃあ短いコースで行こう。」

無理して帰れなくってしまっても困るので、短いコースに決定。

桃源台駅駐車場を出て芦ノ湖沿いを10分ほど歩く。

左から、下ろしたてのスニーカーで参戦したボーカルのりょう君、全身お父さんに借りてきた登山グッズでかためてきたキーボードの田中君、先週会った時と服が変わらないギターの兄、そして私。私の愛犬ヤン(猛犬)も同伴。

トレイルの入り口から急に登りが始まった。歩きながら色々と聞いてみる。

寒川「高校生の時から知ってるけど、田中君のこともりょう君のことも何も知らないよ。」

田中君「まあ、聞くこともないよね。」

寒川「もうみんなでバンドやって長いよね。」

りょう君「高校の時からだから、もう14〜5年くらいかな。」

「なかなか売れないねえ。」

田中君「昔みたいに有名プロデューサーに目をかけてもらってなんてことは滅多にないから、プロデュースも全部自分たちで賄う時代で大変だよ。」

田中君とりょう君は幼馴染で兄は高校で彼らと知り合った。きっとその時、彼らの間で何かしらの電撃が走り、ずっと一緒にバンド活動を続けているのだ。コマーシャルをしたいわけではないけれど、いい音楽を作っているのでぜひ1度聴いてみてほしい。

まさかのリタイア?

歩き始めて15分ほど歩いたあたりで、兄のペースがかなり遅い事に気がついた。

寒川「ひっちゃん(兄)大丈夫? ちょっと休もうか。」

「あーうん、大丈夫、ペース少し落としてもらおうかな。」

歩くペースを落としてさらに5分後、兄の足が完全に止まっていた。

寒川「ちょっと休もう。横になりなよ。」

兄はその場に横になった。みるみるうちに顔色は青白く、唇は紫になっていく。どうやら貧血になったらしい。

出発前に兄はメンバーふたりの体力を心配していた。すごい、特大ブーメランが返ってきている。

田中君「俺たちで撮れ高あるか心配だったけど寒川(兄)がハイライト作ってくれて助かる。」

りょう君「もうここで終わりでいいかもね〜。」

寒川「ちょっとまだこれだけだと私は記事書けないかな…。」

15分ほど休んだらだいぶ顔色が戻ってきたので、だいぶペースを落として再スタート。

お箸みたいな細さの枝をストック代わりに使おうとする兄を見かねて、カメラマンとして一緒に来てくれていたニールが竹を束ねた即席ストックを作ってくれた。

りょう君に後ろから押してもらい、杖をつく兄。

景色にはしゃぐ3人。

バンドの結束力が発揮され、無事分岐まで歩いて来れた。

分岐からはほぼ平坦な道を15分ほど歩き、富士見ヶ丘公園に到着。

平坦な道なのにキツそうな兄。

約1時間弱で着くはずが2時間かかった。みんな無事に着いて良かった。

天晴れな富士山。インドア派たちにこの景色を見せられて嬉しい。

待ってました! ご飯の時間!

早速シートを広げてピクニックスタート。今回のBGMは彼らに作ってきてもらったプレイリスト。どれを誰が選んだのか考えながら聞くと楽しいぞ。

ふたつ持ってきたシングルバーナーを使い、料理を温める。しかしバーナーを持ってきているのも使えるのも私だけなのでとても忙しい。次からはゲストの必携品にバーナーも加えよう。

寒川「いちおう食器に関しては何も指示しなかったんだけど、みんなは何を持ってきた?」

おそらく彼らは外でも使えるような軽い、割れない食器は持っていないだろう。どんなものを持ってきてくれるのか密かに期待していた。

りょう君「僕は家にあったお弁当箱みたいなやつと何かの蓋を持ってきたよ。」

田中君「俺はプラの皿のみ」

「俺は父ちゃんと母ちゃんに借りたホーローのカップ」

寒川「誰か陶器のお皿とか持ってくるかなって期待してたんだ。ていうか誰もカップとかはないんだね。」

りょう君、田中君、兄「ほんとだ! ごめん。」

寒川「大丈夫、お皿もカップもカトラリーも全員ぶん持ってきてあります。」

我が家はウィルドゥの食器で揃えてある。軽くてかわいい。

寒川「さて、持ってきてもらったご飯たちを温めようかな!」

兄は煮豚、りょう君は麻婆豆腐とかぼちゃの煮物、田中君は大量のお菓子を持って来てくれた。私は彼らの料理を包み込むために台湾の蒸しパン「万頭(マントウ)」と栄養バランスのために大根スティックとフムス(中近東の豆料理)、季節のいちごを持って来てみた。

左手で煮豚を温めつつ、右手でヤンの注意をそらす作戦。

万頭は鍋に立体的にクシュっとさせたアルミホイルを敷き、水を入れて蒸し温めた。

持って混ぜててと兄に指示。

料理を温めたり、お皿に盛り付けたり、忙しい私の隙を見て盗み食いしようとするヤン。

全ての料理が温まった。豪華な食卓の完成!

盛りだくさんでおいしそう!

寒川「煮豚おいしい! しっとり柔くできてるじゃん、すごい! りょう君の麻婆豆腐もピリ辛でおいしい。ふたり(兄とりょう君)が料理できるの知らなかったよ。」

兄が煮豚に合わせて茹でた小松菜まで持ってきてくれた。配慮にびっくり。

「俺は奥さんに手伝ってもらいながらだけどほぼひとりで作ったよ。」

兄の料理は初めて食べた。飲食に興味が無さすぎて、一緒に生活してるのに何故か脱水症状で入院してた幼き頃の兄が嘘みたいだ。

幼かった頃の私たち兄弟。兄の栄養を吸い尽くす妹。

寒川「りょう君はよく料理するの?」

りょう君「そうだね、えへへ。まあまあするかなあ。お酒をすごく飲むからおつまみとかね。」

いい顔してる!

寒川「かぼちゃの煮物も柔らかさとか完璧だよ。田中君は料理とかやらなさそうだねえ。」

どんどん食べる奴ら

りょう君「そもそも田中がご飯食べてるところってあんまり見た事ないかも。」

「確かに。誰かが持ってきたお菓子をよく食べてるよな。」

田中君「だから今日はたくさん持ってきただろ。食べなよ、ウンチグミもあるよ。」

じゃーん。

懐かしいというか、ほとんどどれも食べた事がない。

駄菓子を少し食べる兄とりょう君。

田中君はみんなに買ってきたと言うけれど、ひとりでなかなかのスピードで駄菓子を平らげていっていた。

ひととおり駄菓子を食べ終わった田中君。

寒川「いつも楽器を持ち歩いてるの?」

りょう君「写真映えするかなと思って持ってきたんだよ。」

田中君「いつも持ってるって言った方がミュージシャンぽいよ。」

飽きてきたヤン。

プレイリストが終わりに近づく。帰りにも時間がかかりそうだからそろそろ撤収しよう。

富士山前で記念撮影してから、撤収〜!

無事に帰るまでがピクニッキング

帰りながら聞いてみる。

下りなのにまだ杖をつく兄。

寒川「どうでしたか? ピクニック、ハイキング、ピクニッキングは。」

田中君「楽しかったよ。山とか本当に行かないしね。」

りょう君「そうだね。普段の生活じゃありえないもんね。」

寒川「また山とか行きたいって思った?」

りょう君、田中君、兄「う〜ん。」

田中君「あ、でもハイキング系バンドとかどう? ジャンルとして。」

「でも俺このくらいのハイキングで貧血で倒れてるしなあ。しかもそんなジャンルとしてとか言ってる時点で少し無理がある気がする。」

彼らがいつの日かハイキング系バンドとして売れ始めたら、空中カメラファンの皆さんにはこの記事を読んでほしいと思う。

誰も怪我せず、スタート地点の桃源台駅駐車場に戻って来られた。本当に良かった。

無事戻ってこれて嬉しそう。

寒川「今日はありがとう、ライブ行くね。」

「こちらこそ、お待ちしてます。じゃあね〜。」

インドア派を連れてのピクニッキングはなんとか完了した。企画して、仕切るのはなかなか大変だったけれど、勉強になったし自分のポテンシャルの幅が広がった気がする。インドア派や、ハイキング経験がない人と一緒に行くときは、連れて行く感覚ではなく強引にでも役割を分け合って一緒に行く事が大切らしい。

たまにはこういうのも良かったなと思う。普段だとなかなか難しい、知りたい相手の事を知り得るチャンスを自分で作り出すのにピクニッキングはぴったりだ。

次回は誰とどこに行こうかな。良い陽気の日が増えてきた今、読者の皆様にもたくさんピクニッキングに行って欲しい。

万頭の作り方

今回は持ち寄りご飯の時にぴったりな万頭のレシピをご紹介。

全粒粉の万頭

材料(6個分)

・全粒粉 250g
・ラード 7.5g
・砂糖(or 黒糖) 60g
・ドライイースト 4g
・水 150c.c.
・塩 少々

捏ね方は第3回目ピクニッキングのパンの作り方をご参照ください。

食物繊維豊富な全粒粉で作ると満足感がたっぷりに仕上がります。ふんわり軽く仕上げたい場合は強力粉や中力粉で作ると良いですよ。どこに持っていっても喜ばれる一品です。ぜひ作ってピクニッキングにいってみて下さい。

次回のピクニッキングも乞うご期待!

寒川奏
寒川奏
1994年生まれ。デンマークでデザインを学び、ノルウェーに1年間在住。現在は鎌倉でイラストを描いたり、ワインバーにいたりする。食べることとお酒が大好き。目標は今を精一杯生きること。イラストのお仕事大募集中。インスタグラムアカウント @kanadesangawa_doodle
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