夏目・渡部・北島・木村のTJAR2022 おっかけ座談会

2022.10.14

スタッフの日々のハイキングの記録を綴るこの『山と道トレイルログ』ですが、今回は、去る8月6日ー14日にかけて行われた「トランス・ジャパン・アルプス・レース(以下TJAR)」を、南アルプスから静岡県の大浜海岸まで「おっかけ」したスタッフの夏目彰、渡部隆宏、北島市郎、木村弘樹による座談会をお届けします。

日本海から北アルプス、中央アルプス、南アルプスをすべて越えながら8日間、192時間以内にゴールとなる太平洋を目指す「日本一過酷なレース」TJAR。近年では大会ごとにテレビでドキュメンタリーが放映されるなど注目度は高まるばかりですが、そこまで人を惹きつけてやまない理由は、出場する選手それぞれが直面する、極限を超えた先の人間ドラマにあるのではないでしょうか。

ありがたいことに山と道製品が使用されることも多く、そんな選手の皆さんを応援したい一心で、スタッフの夏目、渡部、北島、木村は南アルプスを目指しました。北アルプスと中央アルプスを超えてきた選手たちと並走しつつ(一部クルマも使いつつ)、大浜海岸でのゴールを見届けに行こうという計画です。

が! 時はおりしも巨大大風が接近中。予想外の出来事の連続に、旅はTJARよろしく過酷なものに。なのに、何故か目を輝かせて思い出を語る彼らを見て、座談でその感動を思いきりはき出してもらおうと思い立ちました。

延々と続く林道や、つづら折りの登り下り、土砂降りの暴風雨を乗り越え、ゴールで彼らが見た人間ドラマとは⁉︎ 読めばTJARのおっかけ旅をしたくなることは保証します!

山と道とTJARの繋がり

木村 今回、このメンバーでTJARを応援するために南アルプスに入ったんですが、そもそも以前から山と道はTJARと縁がありますよね。

夏目 2016年のレースのときに山と道のMINIを使ってくれている選手が何人もいて、居ても立ってもいられなくて応援しに行ったというのがきっかけです。あと2018年のMINI2発売の時にも何人か選手の方にレースで使ってもらってコメントをいただいたり。そんな縁もあったので前回の大会からスポンサードさせてもらってるんだけど、応援は2016年以来、久しぶりに行くことができたんだよね。

木村 応援は去年も企画してたけど、めちゃ大きい台風が来て、大会自体が途中で中止になっちゃったんですよね。今回は南アルプスを南下するルートを取りましたけど、夏目さんが2016年に行かれたときは北上ルートですか。

夏目 うん。そのときは北アルプスを北上しつつ選手たちとは逆走して。

木村 北上だと、向こうからやってくる選手と一瞬すれ違って応援する形ですよね。今回は選手の皆さんと同じ北から南だったから、並走しながら行く感じでしたね。選手の皆さんは南アルプスに到達する前に北アルプス、中央アルプスを経ていたんで、僕らでも何とか付いていけたりして。南下ルートだと途中、選手の皆さんと何度も会えたのもよかったですよね。

夏目 たくさんの選手に会うんだったら逆走したほうがいいんだろうけど、今回、並走して追っかけるっていうスタイルにした理由は、ゴールを選手たちと一緒に共有したかったから。並走して選手と抜きつ抜かれつ応援しながら、最後にゴールで終わりたかった。そこに向かって僕は今回、南アルプスの北の入り口の広河原から入ったんだけど、北島君は変な所から入ったよね。

2014年、2016年、2018年大会に出場した雨宮浩樹選手(左)と代表の夏目。

北島 今回、僕と夏目さんが1日早く山に入って、翌日に渡部さんとキムさんが合流して高山裏避難小屋で集合って決まっていたんですけど、南アルプスのアクセスの悪さもあってどのように合流したらいいか、結構悩みましたね。はじめ、僕も夏目さんと同じように北から入って南下するルートを取ろうかなと思ったんですけど、それだと最後みんなで太平洋のゴールまでいく時にアシがないなと思ったので、南アルプスのいちばん南側の畑薙第一ダムにクルマを置いて、そっから林道を歩いて北上して、南アルプスの南北のちょうど中にある蝙蝠岳から入ることにしました。

夏目 林道は何kmぐらい歩いたの?

北島 30kmぐらいですね。普通はそこは登山バスを利用して行くルートなんですけど、僕、ハイキング久しぶりでルンルンだったんで、何とかなるかなと思ってたんですけど、やはり、ちょっと長かったですね(笑)。

木村 30kmは長い!

北島 個人的にはとても印象深い山歩きになったんですけど(笑)。当日昼ぐらいに着いて歩き始めて、夜7時ぐらいまでずっと歩いてました。その林道の終着点の蝙蝠岳の登山口の近くの沢でテン泊して、翌日の早朝4時ぐらいから一気に蝙蝠岳に登り始めました。

畑薙第一ダムに社用車のハイエースをデポして歩き始める。

久しぶりのハイキングにルンルンの北島。

蝙蝠岳の稜線と富士山。

夏目 僕は1日目は北岳を登って、三峰岳を越えて熊の平のテン場に行ったら、普段だったら人がたくさん来るような所じゃないのに、TJARの人気か、もうテントびっしりで。しかも、もうすぐ望月将悟選手(※過去にTJAR4連覇したレジェンド選手)が来るからってNHKのカメラマンらしき人(※TJARは毎大会、NHKがドキュメンタリーを制作・放送している)もスタンバイしてて。空いてる場所にテント張って、なかなか望月選手来ないなと思いながらビール飲んでたんだけど、ふと外見たらぶわっとカメラマンがいっぱいいて、ちょうど望月選手がテント設営していて。とても声掛けられる感じじゃなかったんで、遠くから写真を1枚撮らせていただいて。翌朝も午前2時とか1時ぐらいにたぶん望月選手が出発するからか、周りの人も移動を始める感じで。望月選手ぐらいになっちゃうと、追っかけがいるんだなって。僕らも追っかけだけど(笑)。

木村 確かに(笑)。

望月選手のテント設営を遠巻きに見守る人々。

すごい人口密度のテン場

木村 僕と渡部さんは翌日から山に入って、鳥倉から登って三伏峠を抜けていきましたけど、三伏峠のテン場もすごいテントの数でしたね。

渡部 僕が今まで見た中で、いちばん密度が高かった。本当、大げさじゃなく隣と15センチ間隔とかで、あんな状態は初めて見ました。

すごい人口密度だった三伏峠のテン場。

「リンダ選手」こと林田裕介選手。

夏目 ちょうどそのとき、僕はリンダ(林田裕介)選手と抜きつ抜かれつつ応援しながら歩いてたんだけど、リンダ選手は三伏峠越えた所でご飯食べてて。なんで、そこで食べてたのかたずねたら、三伏峠で選手たちとかテレビのカメラとかみんなの中でご飯を食べても、心が休まらないと。

木村 ファンと触れ合いながらも、どう自分たちが休む時間やスペースをつくるかも、TJARでは大事なのかもしれないですね。

渡部 ただ、今回たくさん選手の方とお会いしましたけれども、南アルプスのその位置に差し掛かるのはスタートから4日目とか5日目とかで、それでも印象ではコースタイム半分ぐらいのペースでずっと歩いてて。こちらも一定の距離で追えるときもあるんですけれども、基本的には選手の方々、もうどんどん先に行っちゃうような感じで。改めて凄いなと。

夏目 ちょっとは一緒にいれるけど、だんだん離れてく。

撮影隊に囲まれながら行動するリンダ選手。

渡部 あと休憩の取り方が違う感じがしましたね。ほぼ休まないので、こちらが一瞬付いていけても休憩の間に離される。あれだけ歩き続けた後半であのエネルギーは凄いなと思いましたね。

北島 僕が印象的だったのは、選手の皆さん、みんな笑顔が素敵でしたよね。ここまで歩いて来たのにすごい元気で。

渡部 無人のエリアとか夜の山とかもあると思うので、人を見ると逆に安心したり、自分を元気付けたりみたいなところもあるのかもしれないですね、後半だと。

木村 逆にそうやって応援されて笑顔になっちゃう部分もあるでしょうしね。

夏目 ほんと、いろんな人が応援で山の中入ってたよね。

渡部 「ゼッケン〇〇番を見たら誰々がいま向かってると言ってくれ」みたいな感じで、伝言を頼まれたりすることもありましたね。

木村 僕たちはこの2日目の夜に夏目さんと北島さんと合流予定だったので、どこかで会えるかなと思ってたら、結構すぐに北島さんと会ったんですよね。この写真が会った瞬間なんですけど、2日目で、もうだいぶ仕上がってました(笑)。

だいぶ仕上がっていた北島。

北島を追い越していく木村(左)と渡部(右)。

夏目 その日もすごい歩いてたよね。蝙蝠岳を登って越えて、塩見越えて、三伏越えて。

北島 2日目も15時間ぐらい歩いたんですけど、ちょうど半分過ぎぐらいのとこで出会ったんで、もう先に行っていただきました(笑)。

気分はプチTJAR

夏目 で、高山裏避難小屋で集合したんだよね。テン場がそのすぐ近くにあって。2日目の夜も雨が降ってきた。

渡部 11時ぐらいから雨がざあざあ降ってくるっていう状態でした。それまでは天気良かったんだけど、台風が来てるっていう話で。

高山裏避難小屋で集合してプチ宴会。

夏目 本来は、僕と北島君は3日目は荒川岳、赤石岳、聖岳越えて、その辺りで泊まって翌日下りるルートを考えてたんだけど、テン場の予約(コロナ禍の影響で2022年夏の時点ではアルプスのテント場は予約制になっている)がぜんぜん取れなかったから、一気に畑薙ダムまで下りようって計画してて。

木村 だけど、もう台風も来ていて風も強いしそのルートは危険だっていうことで、赤石から椹島に下りて、北島さんが1日目に歩いた林道を19km歩いて畑薙ダム近くにある白樺荘まで行くっていうことになったんですよね。

北島 またあそこを歩くことになるとは思わなかったですね(笑)。

夏目 「正直もう二度と歩きたくない」って言ってたよね(笑)。

渡部 この日は大雨が降っては晴れて。その晴れてる間にまた川を渉って濡れてみたいな繰り返しでしたね。

北島 その間に、選手と時折すれ違うような感じで、ものすごい印象的だったな。

保田直宏選手と遭遇。

荒川岳の頂上直下。

木村 赤石岳の存在感がすごかったですね。なかなかこんな大きな山を見たこと無いなっていうぐらい。荒川小屋から赤石岳に登っていくトラバースが、めちゃめちゃ気持ちよかった。

北島 ここ行く前に前に夏目さんが「ここからの登りが、すごくちょうどいい登りで気持ちいいんだよ」ってお話を聞いてたので、その期待で行ったら、まさにそういう気持ちのいい登りで。

渡部 赤石岳までは選手の方いらっしゃいましたけれど、そこからTJARのルートは聖岳に抜けるけど我々はそれを避けて東に下りていったので、ハイカーにもほぼ会わなかったですよね。天気も天気でしたし。

北島 赤石岳からの下り、今コースタイム見たら6時間20分でした。

木村 3時間ぐらいは下りましたね。この下りも、すごく印象的でした。

赤石岳を望む渡部、木村。

切り立った斜面をトラバース。

北島 ここは約2000mずっと下るという。

木村 こんな長い下り、下ったことなかったですよね。

夏目 泥の斜面を滑るみたいに下りながら、マッドスキーできるなって思った。

木村 最初、夏目さん後ろの方を歩いてたんですけど、僕と北島さんの横を「先行くね〜」って、すごい楽しそうに軽やかに下りていって。

北島 なんか妖精のように通り過ぎていって(笑)。

木村 そう。今のは妖精だったのか夏目さんだったのかみたいな(笑)。

渡部 もうこの時点でたぶん10時間ぐらい歩き続けていて、みんな、いい感じにハイになってましたね。

夏目 その日も結果、雨の中を下山していって、トータル38km歩いたんだよね。

渡部 そのうちロード歩きが19kmぐらいだった。

夏目 TJAR選手と比べるものではないけど、「プチTJAR」みたいな気分だったよね。

木村 そこ下りてからラストの林道が19km。

夏目 今回も渡部さん100マイラーで、その他でもまわりで100kmとか何10kmとか走ったっていっぱい聞いてるから、19kmは短いと勝手に思ってたけど、1kmって全然長いなって(笑)。

妖精になって急斜面を駆け下りる夏目

畑薙第一ダムの入り口に掲げられた応援フラッグ。望月選手の地元・井川村の沿道にはたくさんのフラッグが掲げられていた。

渡部 100マイル走っても、山を歩いた後の19kmは長いです(笑)。雨も酷くなりましたよね。シャワーのような雨で、本当に水の中、歩いてるみたいな。

渡部 台風が静岡市北部の私たちがいるダムを目がけて来るような感じだったんですよね。

夏目 林道でも、歩いてると落石とか結構あって。「ごんっ、ごとん」とかいって、石が落ちてくる。

北島 TJARって山だけじゃなくて、最後に、とんでもなく長いロードを歩いてゴールするレースなんだなっていうのを、ちょっとだけですけど体感させてもらえましたよね。足がボロボロの状態で、最後ひたすら雨の中のなか19km林道を歩くみたいなシチュエーションだったんで。

木村 僕らは白樺荘からクルマでゴールの大浜海岸に行きましたけど、それが確か80kmぐらいありました。

何⁉︎ この笑顔

夏目 その日は白樺荘に僕たちは泊まったんだよね。そしたら、ちょうど男澤(博樹)選手が応援で来ていて。朝方、どんどん選手が来るから、一緒にエールを送って。

木村 白樺荘は山の麓にあって山小屋というより旅館みたいな感じなんですけど、補給もできるんですよね、なので、皆さん、ほぼ必ず寄る所。

白樺荘で沢山の選手の皆さんと遭遇。

駿谷明宏選手と夏目。

渡部 実は、当初ここからはバスで市内に移動するっていう案を立ててたんですけれども、この台風で公共交通機関が止まってしまって。だからほんと北島さんがクルマを置いておいてくれたので移動できたんですよね。

夏目 これだけ雨が降るとどんなレインでも駄目なんだって、すごく感じて。雨に濡れるとザックが重たくなって、自分たちも重たかったけど、選手たちのザックもすごく重たそうだった。

渡部 中の衣類とか荷物も保水している感じでしたからね。下りでシューズで一歩、踏み出すと、シューズと足の隙間から、水がびちゃって上がるぐらいの大雨だったんですよね。足裏が全部マメになるような降り方でした。

木村 そんな状況でも皆さんすごい笑顔でしたよね。選手たちが走っている脇を僕たちはクルマに乗ってるのが申し訳ない気持ちもありつつ、「頑張ってください!」って。

北島 あらためて本当に笑顔が素敵でしたね。

保田直宏選手。

佐藤崇樹選手。

夏目 「何⁉︎ この笑顔」って(笑)。白樺荘からハイエースで移動するときに、去年TJARに参加された入江選手が応援に来られてて、定員に空きがあったんで、じゃあ、一緒に静岡まで行きましょうということになってね。元TJAR選手だから、すごい歩いてるし走ってるから、知ってるわけですよ。「この登りはどこまで行って、実はここからエスケープルートがある」とか。

渡部 解説者がいてすごい分かりやすかったですね。

木村 我々がいなかったらロード走る気だったって。

夏目 静岡駅で入江選手を下ろしたんだけど、「ゴールまで行きませんか」って言ったら、「いや、自分で歩いてゴールまで行きたいからゴールは見ない」って。

渡部 入江選手は前回の2020年大会が台風で途中で中止になっちゃったので、フィニッシュできてないんですよね。

木村 その言葉も印象的でした。

濁流と化した川。

ゴールの大浜海岸にビールを持って駆けつけるの図。

夏目 大浜に着いたのが、僕が2日目に何度もすれ違って応援してきたリンダ選手がちょうどゴールするタイミングで。

木村 リンダ選手、最後は結構走ったみたいで、GPSがどんどん動いてましたよね。

夏目 ゴールフラッグは遠くからは小さく見えたんだけど、目の前まで来ると、すごく大きく感じて。

木村 ゴールも人がたくさん集まってましたね。リンダさんの息子さんと奥さんも来られてて。

北島 後ろで台風のうねりが「ざばーん!」ってなってて、すごい劇的でした。

大浜海岸のゴール地点。

リンダ選手のゴールを見守る一同。

男泣き!

夏目 感動したね。

木村 感動しましたね。

夏目 勝ち負けとか、速い遅いとかではなく、TJARは、ずっと歩き続けることに意味があるというか。それぞれのドラマがあるなって感じたよね。

渡部 順位を超えた世界があるなって感じましたね。

ゴール直前の衝撃的な出来事

木村 で、風呂行こうって話になって、 夏目さんが温泉とかサウナ調べたら、「しきじっていう所があるよ」って。「え︎、しきじですか⁉ サウナ界の聖地ですよ︎!」って(笑)。

渡部 何ならゴールの大浜海岸にいちばん近い入浴施設ぐらいでしたね。

夏目 でも、行ったら1時間ぐらい待ちでね。

北島 待ちの間に夏目さんと渡部さんがコンビニにビール買いに行って、キムさんと2人で待ってるときに、雨が結構強くなってきたんですよね。

夏目 中に入れなかったの?

北島 軒下で待ってたら夏目さんたちが帰ってきて。

木村 その時は「ちょっと別の場所、行きます?」 みたいに、ちょっと弱気になってたんですよね。

北島 そしたら、夏目さんが「なんでそんな所にいるんだ、雨に当たろうよ!」って。そのときに僕もぱっとスイッチが入って。夏目さんに「ここに降る雨も山に降る雨も同じだろ」って言われて、「確かに!」って(笑)。

夏目 そう。雨に濡れたから揚げ、おいしかったね。

土砂降りの中で盛り上がる一同。

夏目 で、しきじに入ったんだよね。

渡部 スチームサウナは、今まで入った中でいちばん暑かったかも。ドライサウナのほうが暑いことが多いのに、スチームのほうがむちゃくちゃ暑いんですよね。

夏目 あと、水風呂が最高だったね。

木村 南アルプスの天然水。そのまま飲めるんですよね。

夏目 僕と渡部さんはその後、静岡のローカルのクラフトビールのお店に行ったんだけど、木村君と北島くんは保田選手のゴールを応援しに行ったでしょ。それも、すごいドラマがあったって聞いたけど。

ゴール前で始まった協議。

北島 サウナ出たら、ちょうど途中で会った保田(直宏)選手がゴールするところだったので、最後、そのゴールを見て帰ろうって、もう一度ゴール地点に戻ったら、実際に保田選手が来て、めちゃくちゃ感動してたんですよね。

木村 感動したよね。いざゴールっていう。でもゴールの数メートル手前で…。

北島 衝撃の出来事がありまして。ゴールの本当に数メートル手前で止まって、何やら協議が始まったんですよ。「ゴールしてから協議すればいいのにな」とか思いながら見守っていたら、運営の方が厳しい表情で来られて、「これ、ただごとじゃないな」っていう雰囲気になってきて。

木村 保田選手のスマホが台風の雨の影響で、ゴールの20km手前くらいから水没してつかなくなってしまったみたいなんですね。TJARでは本部と定期的に安否確認しないといけないのでスマホが必携品になっているんですけど、それが満たせていない状態だということをご本人が申告されて。それを受けて運営の方が協議した結果、「それはレギュレーションを満たしてないのでゴールになりません」ということを告げられたと。

北島 保田選手は崩れ落ちてしまって、一度は「もういいです」っておっしゃって。

木村 自販機でジュース買って、「ふう」ってね。僕らもかける言葉がないというか、もう見守るだけで。

北島 何て言ったらいいか分からないですよね。「頑張れ」とも言えないし。

木村 そしたら運営の方から、「街はすぐそこだから携帯を買いに行くこともできるんじゃないか」っていう提案があって。ご本人も「またやります」っていうことで、静岡駅の方にとぼとぼ携帯探しの旅に行くという…。

呆然としつつ笑顔を見せる保田選手。

街へスマートフォンを探しに行く保田選手。

北島 最後、有終の美を見て、「すごかったね!」で帰路に着くかと思いきや、「もう、何なんだ⁉︎」っていう気持ちを抱えたまま、キムさんと2人でハイエースで帰路に着いたんですけど。

夏目 でもその後、無事ゲットして、夜中にゴールされたんだよね。

木村 そうなんですよ! 僕らもハイエースで帰りながら、GPSで保田選手の動向を見守ってたんですけど、「今、神社にいるから、もしかしたら野営してるのかな?」とか、「今、ゲオにいる!」とか(笑)。

TJAR2022のウェブサイトで保田選手のGPSトラッキングをチェック。

北島 TJARは山だけじゃないんだっていうのを、改めてまざまざと見せられましたよね。いろんなゴールが、ドラマがある。

木村 ドラマがいろいろな所で巻き起こっていて、多分それだけじゃないドラマもいっぱいあったんだろうなって。

「挑戦は誰でもできる」

夏目 最後に、今回、土井陵選手が異次元の速さでゴールされましたよね。今までは山小屋で休憩できてご飯も食べれてっていうルールでの記録だったのが、今回は山小屋が使えなくなって、基本的に山で食べる食事は全部、持って歩かないといけないっていうルールに変わって。それで多分、スピードが落ちたりリタイアする選手も出てくるんじゃないかっていわれてたけど、結果、ものすごい大会新記録が出て。「1日1アルプス」っていう、途方もない言葉が生まれたりとか。

木村 1日でアルプス全山行っちゃうみたいな。

渡部 去年のTJARの報告会で、選手の方々がパッキングしたザックが置いてあったんですけど、土井選手は異次元の軽さでしたね。体感だとパックウェイト2ー3kgぐらいでした。

夏目 今までのTJARの選手って、体力があるから荷物が少し重くても関係なく歩いているって印象だったけど、ここに来てウルトラライトなスタイルが広まって、どんどん今、進化してるっていう感じなのかな?

渡部 水とかも入れた状態で置いてあったんで、他の選手は10kgぐらいの方も珍しくなかったですけど、土井選手は水入れて3ー4kgとかで、ほぼトレラン並みでした。

大浜海岸に立つTJARのモニュメントより。ルール改定後にも関わらず土井選手はこれまでの最速である2016年の望月選手の記録を6時間以上短縮した。

夏目 渡部さんも木村君もいつかTJARに参加したいって言ってたけど、今回の旅を経て変化はあった?

渡部 TJARは山の総合力が試されるレースだっていう話をよく聞きますけれども、あらためて選手達を目の当たりにして、当然ですが自分にはあらゆるものが足りていないと感じました。自分は年齢的にもこうしたチャレンジをそれほど長くできると思っていなかったので、早くスタートに立つためにエントリー要件を効率良くクリアしていこうみたいな気持になったこともありましたが、それはやはりちょっと違うなと。山を楽しむために何かやってたら、いつの間にか長く歩けるようになったり、自然にいろんな危険に対処できるようになったりするのが理想で、その結果目指せる余地が自分にもあると思ったらトライしたいなって気持ちに、今は変わってきています。

北島 渡部さんは昨年TJARに近いコースをご自身で歩いたじゃないですか。それとも全然、違うなっていう感じでした?

渡部 そうですね。基本的にはTJARほぼ全て仮眠と短い休憩だけで進むっていうスタイルなんで、どうやって回復のバランスを取っていくかは、ちょっと分からないところですね。

夏目 実際、目の当たりにして、2人とも、ちょっと引いてたよね。

木村 僕もちょくちょく「いつかはTJAR目指したい」とか言ってたんですけど、雨の中、進む選手の皆さんを見て、なかなか軽くは「やります」とか「挑戦します」って言えないなというふうにすごい感じまして。なので、山行中に夏目さんに「目指したらいいじゃん」って言われたときも、「ううーん」って感じだったんですけど。ゴールした選手の皆さんの姿とか、周りにいる仲間や家族の皆さんの笑顔だったりとか、皆さんすごくいい表情をされてて。純粋に目指してみたいなって気持ちが、またあらためて湧いたっていうのはあります。でも、僕もまだ山の経験が少ないので、ひとつずつトライしていって、いつか出れたらなと思ってます。

北島 こういう話をハイエースでしてたときに、入江選手がキムさんに対して「挑戦は誰でもできる」って、ボソっと言ったんですよ。その言葉が突き刺さって。ゴールは難しいかもしれないけど、挑戦するのは、誰でも、いつでもできるのかなって。

木村 そうっすね。皆さんの挑戦してる姿、すごくかっこいいなと思いました。挑戦が周りへ与える影響も素晴らしいなとも思いましたし。

北島 レース中だけじゃなく、今まで積み上げてきたものが、全部そこにある感じなんでしょうね。

大浜海岸に掲げられたフラッグ。

木村 今回は山もレースもサウナも含めて、静岡、南アルプスを味わい尽くしたって感じでしたね。

夏目 追っかけ、楽しかったね。逆走よりも追っかけの方が良かった。

北島 いろいろな選手の気持ちに同情できましたね。

渡部 2年後もやりたいですね。次は4ー5日やりたい。

木村 で、最後はサウナでビールも!

一同 いいね〜!

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