山と道HLCのイベントやプログラムに行くと、あっちにもこっちにもいるんですよね、ちょっと気になる雰囲気のハイカーさんが。話を聞いたら何か出てくるんじゃないかと、山と道HLCディレクターの豊嶋秀樹が各地を歩いてローカルハイカーにインタビュー。ついでに、地元の山やお気に入りスポットの情報も教えてもらいます!
というわけで、第5回はHLC福島の薄井伸也さんです。HLC福島⁉︎ そんなんあったっけ? そうなんです。実は存在するんですよ。
伸也さんと初めて会ったのは、HLCが今の形で活動開始する前の2017年。『HIKE/LIFE/COMMUNITYツアー』と称して全国行脚しながらのトークイベントの会場のひとつだった那須・黒磯の『LUNNETES』でのことでした。参加者の中に妙に日焼けした真っ黒なお兄さんがいて、「サーファーですよね?」と、当時サーフィンを始めたばかりの僕が食いついたというのが出会いでした。その日はせっかく山の話のイベントに来てくれたのに、海の話ばかりになってしまいすみません!
その伸也さんが、地元の仲間と「勝手に」名乗っているのがHLC福島というわけです。
ということで、あらためまして正式には(?)HLC北関東より薄井伸也さんです。
ザ・趣味人な伸也さんの自宅に灯る『HLC福島』の提灯。愛犬CHOCOと一緒に。
本名:薄井伸也(うすい・しんや)
出会った場所:HLC北関東
では、自己紹介を!
「薄井伸也です。47歳です。出身は福島県の須賀川市。郡山の隣ですね。学歴は、中学校卒業して高校には行かなかったので中卒です。家庭の事情で仕事しなくちゃならなかったんですよ。」
そう言って、ニッコリ笑う伸也さん。いろんな仕事についてきてそうですね。
「そうですねー。最初は、地元のガソリンスタンドでバイト。その後すぐ、ジーンズ屋で古着とか売ったり。そんな感じで20歳すぎくらいにまで地元にいたんですが、ある日ふと東京へ行ったんですよ。目的もなく、バッグひとつで小銭だけ持って。そしたら、コンビニで立ち読みしいてた求人誌に築地市場での仕事を見つけて、連絡したら『今日から来れる?』ってことで即採用。住み込みで働くことになりました。」
ぜったい家出少年と思われたはず(笑)。築地ではどんなことを?
「マグロです。解体だったり、競りだったり。」
築地市場時代の伸也さん。噛みつかれそうで絶対目を合わせたくない雰囲気満点(笑) 。写真提供:薄井伸也
おお! 築地ど真ん中! テレビで見るやつだ。朝早いんですよね?
「いや、もう夜からスタートです。夜7時から朝の7時まで。船から揚がってくる300キロぐらいのインドマグロをずらっと並べて、尻尾をナタで1本1本切っていくんです。朝になって競りが終わると売れたマグロを、それぞれの業者さんの車に運んで、片付けして仕事は終わり。場内の吉野家でご飯食べて帰るっていう毎日を3、4年やってましたね。」
吉野家1号店ってやつ! そして、それから?
「福島に戻ってきて、今度は自分で焼き鳥屋を始めたんです。でもこんな性格なんで、ついついお客さんと盛りがってしまって、もう今日は俺のおごりだ! っていうのがよくあって、だんだん商売として成り立たなく…。焼き鳥屋と掛け持ちで、先輩と2人で古着屋をもやっていて、そっちの方は、アメリカに行ってビンテージの服を買い付けてきて30歳までやってました。」
お客さんにおごってばっかりの焼き鳥屋時代の伸也さん。グッとおしゃれな感じに。写真提供:薄井伸也
で、サーフィンはいつから?
「その後ですね。郡山に引っ越したんですけど、家の隣がハワイアンとかインディアンジュエリーのお店だったんです。そこで働くようになって、オーナーの旦那さんがサーファーで海に誘ってもらったのが始まりです。そして、サーフィンにどハマりして、海の近くに住みたいってなって、3年後にいわき市に引っ越してからずっとここに住んでます。」
いわきのいい波でサーフィンを楽しむ伸也さんはロングボーダー。最近はミッドレングスも多いとか。写真提供:薄井伸也
そして震災ですねよ?
「こっちに来て2年くらいたったときですね。あれから11年もたちましたけど、福島はまだ生々しいですよね。同じ日本じゃないみたい。」
今回、伸也さんのところへ向かうのに、クルマで福島県内に入って国道6号線を南下した。町の95%がいまだ帰還困難区域となっている双葉町に差しかかると、途端にあたりの風景が変わりぎょっとした。
国道より海側はすべてバリケードで仕切られ、交差点ごとに防護服を着た警備員が立っており、国道自体も放射線量が高いので、歩行者や自転車での通行は禁止されている。
どこの国道沿いにも立ち並ぶようなホームセンターや紳士服屋、外食チェーン店などが、店の中はそのままにすべてが廃墟と化している景色はまさにゴーストタウンだった。生い茂った街路樹や雑草だらけの田畑の間に垣間見れる人家は屋根までツタに覆われ、完全に緑にのまれている。あの日以降、ここでは自然以外の時計の針は止まったままなのだ。
原発による震災被害は津波とはまったく別種類の災害だったことを、あらためて突きつける風景だった。
「震災の当日も海に入ってたんです。消防車が来て、『津波が来るぞ、逃げろ!』って言われて、急いで海から上がって逃げたんです。いったん家に戻って、犬を連れてもう一度海の様子を見に行ったときには、もう津波でやられていました。」
ギリギリだったんですね。
「何があったのかだんだん情報が入ってくる中で、原発やばいなって思って、避難の指示が出る前に逃げました。群馬の前橋のほうにサーファー仲間が住んでいて、うちに来たらって言ってくれたので、とりあえず1泊だけさせてもらったんですが、地元のことが気になってすぐ戻ってきました。」
じゃあ帰ってきた日くらいに爆発したってこと?
「そうです。でも、いわきは風向きのおかげで放射性物質はあまり来なかったんですよ。それからは、自衛隊の人とずっと遺体捜索とがれき撤去をしていました。それが少し落ち着いてから海のメンバーと海岸に流れついたごみを片付けたりしてました。3ヶ月間くらいは、ずっとそんなことをして過ごしてました。そうするうちにやっとライフラインが復旧しはじめて、生活しなくちゃなんないから仕事も徐々に再開していったという感じでしたね。海沿いはとにかく全部やられたんですが、その爪跡がわからないくらいきれいに整備されちゃってますね。」
そこから、伸也さんたちの日常はグラデーション状にゆっくりと回復していった。そのころに山登りは始まっていたんですか?
「まだほんのかじる程度で、重いザック背負って、レザーのブーツ履いてっていうタイミングでしたね。HLCに参加したのがULの入り口でした。5年前くらいですね。」
それがあのときですね。普段はどんな山に?
「低山ばっかりですけど毎週のようにあちこち行ってます。犬がいるから泊まりは、なかなかできないので基本的に日帰りですね。一緒に行ける山はザックに入れて連れてってます。一番いちばん多いのは、いわきの二ツ箭山(ふたつやさん)ですね。すぐ近くなので散歩がてらにしょっちゅう行ってるんです。ガレ場、クサリ場、岩場、すべてあってすごくおもしろい山です。そのほかには、福島の山だと会津駒、磐梯山、安達太良ですね。福島以外だと、那須にはよく行ってますね。冬も今言った山は登ります。冬のほうが好きですね。」
山と道のロングレインフーディーをおしゃれに着こなす会津駒ヶ岳山頂の伸也さん。写真提供:薄井伸也
ハイキングハマってますね〜。
「ものすごく。今はサーフィンより楽しいかも。もちろんサーフィンも好きですよ。波は完全に自然が相手なので合わせるしかない、こっちは遊ばせてもらってるだけ。それがおもしろいですね。初心者の人を教えることも楽しいです。みんなが波を楽しんでいる姿が嬉しいんですよ。」
障害をもつ方にサーフィンを教えるボランティア活動の仲間と。中央でピースサインをしているのが伸也さん。写真提供:薄井伸也
震災後のいわきで再び海の楽しみを知ってもらおうとサーフィンを教えるボランティア活動を始めた伸也さん。その模様をNHKが取材にやってきた。写真提供:薄井伸也
そして、伸也さんのサーフィンを通じたボランティア活動がNHKで全国放送されました。ぜひご覧ください〜!
そうそう、HLC福島の話を聞かないとですね。あのハイカーの仲間たちはどういう知り合いなんですか?
「いつも行くすぐ近くのワインバーの常連がコアなメンバーなんです。出会った頃は、まだみんなぜんぜん山をやってなかったんですが、みんなやり始めて、はまっちゃって。」
これが『HLC福島』面々。この日も夜遅くまで盛り上がりました。写真左から、HLC福島の最若手メンバーのゲンちゃん、提灯の後ろが伸也さん、隣のメガネをかけているのがいつもマイペースのジュンくん、ビストロ・アンティカのオーナーのタンくん、地元で100年以上の歴史を持つ印刷所社長のヨウちゃん、とにかく飲んだくれのコカジ、前列左がビストロ・アンティカのシェフのシイちゃん、そしてHLC福島の取りまとめ役はしっかり者のカオリさん。写真提供:本間元之介
「コミュニティーって、状況があれば勝手にできるよね」と言ったのは、冒頭で話題に出た『HIKE/LIFE/COMMUNITYツアー』にも登壇していただいた八甲田山ガイドクラブ隊長の相馬浩義さん。「ここでは、八甲田山がそれをつくってくれていてる」と。
そのひと言が腑に落ちたところがあって、各地のローカルエリアのキーパーソンに手伝ってもらいながら「HIKE」「LIFE」「COMMUNITY」をキーワードにはじめた活動が山と道HLCだ。
そんな繋がりの中で、地元の仲間とおもしろがりながら伸也さんたちは『HLC福島』を勝手に謳って遊んでいる。伸也さんとHLC福島のゆかいな仲間たちは、都合のつくメンバーが集まっては週末ごとに近くの山を中心にあちこち登ってる。
山道祭にも遠征計画があるとのことなので、見かけたらぜひ友達になってください!
「(山と道代表の)夏目さんに怒られないかな。」
ぜんぜん、怒られないし、むしろ歓迎するでしょう! そうやって、ULだけじゃなくても、山好きなおもしろい人が繋がっていく、山と道HLCはそういうものにしたいなと思ってます。
「コミュニティー、勝手につくっちゃったな〜。じゃあ、遠慮なく楽しくやらせていただきます!」
もちろん「勝手に」作ったHLC福島のステッカー。もちろん激レアアイテム。
若かりし頃のとんがりまくった風貌からはまったく想像できない今の超優しい伸也さん。その変化には何かきっかけがあったのかとたずねると、両親や弟さんを亡くし、大切な人を失うことの痛みを知ったからかなと伸也さんは呟いた。そして、海や山をつうじて出会った仲間の存在も大きかったと。
『HLC福島』、ちょうちんに名前を入れた瞬間にできたコミュニティー。そんな感じで、今後のHLC福島の活動も期待しています!またすぐに会いましょう!
あ! HLC北関東のほうもお忘れなく!引き続きよろしくお願いしますね!
取材当日は雨。記念撮影はもちろん山と道のオールウェザーで。
【付録】
伸也さんの福島ローカルガイド「山と酒」
まずは山!
二ツ箭山(ふたつやさん)と言って、福島の北アルプスって仲間内で行っています。 沢、岩場、鎖場(30メートル)等々、盛り沢山な山です。 JR磐越東線の小川郷駅から徒歩でも行けます。
地図作成:薄井伸也
写真提供:薄井伸也
そして湯!
いわき湯本温泉郷は、 JR常磐線の湯本駅前にある温泉街。沢山ある足湯や日帰り温泉が豊富です。教えてあげた山と道チームもお気に入り!
山と道の開発部廣野、修理部北島、生産部中川も出張の度にHLC福島にお世話になっています! 写真提供:薄井伸也
〆は酒!
JR常磐線の植田駅から徒歩1分に、ヴァンナチュールワインと美味しい料理のビストロ・アンティカ、があります。オーナー、シェフももちろんHLC福島のメンバーです。
写真提供:薄井伸也
写真提供:薄井伸也
そしてもう一軒は古川クラ酒。ビストロ・アンティカから徒歩5分の、同じオーナーがやっている酒屋さん。お土産にナチュールワインや珍しい日本酒はいかがですか?
写真提供:薄井伸也