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山と道ラボ ベースレイヤー編

#4

保温性とは何か?
文:渡部隆宏
2020.02.07
山と道ラボ ベースレイヤー編

#4

保温性とは何か?
文:渡部隆宏
2020.02.07

『ベースレイヤー編』第4回となる今回は、ベースレイヤーに限らずウェアリングを考える上での大きなポイントなる「保温性」について深掘りしていきます。

保温の基本的なメカニズムはミドル、アウターなどを含むレイヤリング全般に共通しており、保温=熱の特性を理解すればアウトドアでのウェアリングをより深く検討できます。しかし、熱の基本的メカニズムを理解されている方は意外と少ないのではないでしょうか

そこで今回は熱の基本的メカニズムと、衣服や素材のどのような特性が保温性をもたらしているのかを解説し、山と道ラボが行ったベースレイヤー素材の独自試験結果もふまえ、各素材の保温性に関する優劣を浮き彫りにしていきます。

ともあれ、保温性に影響する要因は多岐に渡っており、調べるうちにすっきりとした結論を出すのは意外に困難であることもわかりました。その探索過程も含めご覧いただければと思います。

例によって今回もなかなか難解な内容になっていますが、じっくり読み解いていただければ、ウェアリングやレイヤリングの理解に非常に役に立つ情報が詰め込まれています。引き続きお付き合いください。

山と道ラボ【ベースレイヤー編#1】
山と道ラボ【ベースレイヤー編#2】
山と道ラボ【ベースレイヤー編#3】

山と道ラボとは

山道具の機能や構造、性能を解析する、山と道の研究部門です。アイテムごとに研究員が徹底的なリサーチを行い、そこで得られた知見を山と道の製品開発にフィードバックする他、この『山と道JOURNALS』で積極的に情報共有していくことで、ハイカーそれぞれの山道具に対するリテラシーを高めることを目指します。

「保温性」とは何か?

保温性を大きく作用する「熱伝導率」

保温性とは「熱を一定に保つ性質」であり、衣類の保温性とは、「体温を衣服内外の気温差や風などの影響にもかかわらず保持する性質」をいう。そして衣類の保温性を構成する肌と下着(ベースレイヤー)との間の温度を「衣類内温度」と呼び、概ね摂氏31度~33度の間が快適な範囲とされている。

保温性の評価に最もよく使われる指標が熱伝導率である。たとえば金属や水は熱をよく伝える性質があるが、空気は非常に熱を伝えにくい。この熱の伝わりやすさを表す指標を熱伝導率という。「熱伝導率が小さい」ことは熱を伝えにくい(断熱性が高い)ことを意味し、「熱伝導率が大きい」ことは反対に熱を伝えやすいことを意味する。

たとえば、空気は代表的な熱伝導率の低い物質である。熱湯を注いだカップ麺の容器を手で持ってもそれほど熱く感じないのは、容器が発泡性の材質であり、熱を遮断する効果が高いためである。

我々が何気なく「ダウンが暖かい」「ウールが暖かい」などと言う際、1本1本の羽毛や羊毛そのものの保温性と、それらの繊維が大量に含む空気がもたらす保温性とを区別しているわけではない。一般に生地の含気率(空気を含む割合)は70~90%にも達するとされる。したがって、「生地の熱伝導率」とは繊維素材そのものと繊維が含む空気層の総体として測った値※となる。

※この指標を「有効熱伝導率」と呼び、カタログや論文などでよく使われる。

※一般社団法人化学繊維技術改善研究委員会の資料を参考に作成。空気は表中で最も熱伝導率が低く(断熱性が高く)、ポリプロピレン、ポリエステル、ウール、コットンと続く。水の熱伝導率は空気の30倍となり、熱を伝えやすい。

衣類の保温性を構成する4要素

衣服の保温性を構成する要因は、上記の熱伝導を含め以下の大きく4つがある。我々が感じる「暖かい」「寒い」という感覚は、外気温や行動負荷に加え、衣服によるこれら4要素が影響し合う複雑なメカニズムにもとづいている。

1. 熱伝導:物体によって熱が伝わる現象
冬に冷えた肌着を着てもいつしか人肌の温度となるのは、身体から肌着に熱が伝わったためである。熱伝導率の低い空気を多く含むウェア(ダウンなどのインサレーションウェアやセーターなど)は、外部の冷気を遮断し、体温を逃がさず保持してくれるため、暖かく感じる。一方、水は熱伝導率が高いため、濡れたウェアは外気で冷えやすい。

2. 対流:流体(気体・液体)によって熱が運ばれる現象
暑い日に、肌着をはだけると外気が入り込みクールダウンするのは外気の流入という対流効果によるものである。反面、重い上着や通気性に乏しいウェアは、対流が生じにくいため暖かく感じる。

3. 輻射熱:電磁波によって熱が発生する現象
真冬でも日光を浴びると暖かく感じるのは、太陽光(=電磁エネルギー)が衣服や肌にエネルギーを伝え、熱が発生するためである。電子レンジが食品を加熱する原理も同様である。人体から放射される熱や、ストーブ・焚き火から伝わる熱も遠赤外線というエネルギーによる。

4. 気化熱(凝縮熱):液体が気体になる際に熱を奪う現象
汗が蒸発する際、身体から熱を奪っていくため寒くなるのは気化熱によるものである。打ち水で地面が冷やされるのもこの効果による。逆に気体が液体になる際に熱が発生する現象を凝縮熱という。ウールが吸湿すると暖かくなるのは凝縮熱によるものである。

※熱伝導、対流、輻射熱の3つは、いずれも温度差のある物体同士が時間の経過で同じ温度に収束していく現象であり、総称して熱伝達と呼ぶ。熱伝達には必ず高温側から低温側に熱が伝わる、温度差が大きいほど熱の伝達速度が速い(例えば氷は水よりもお湯のほうが素早く溶ける)という特徴がある。気化熱(凝縮熱)は熱伝達とは異なる吸湿繊維特有の現象であり、積極的な加熱という側面をもつ。

※日本熱物性学会研究会-第2回生活環境懇話会資料(諸岡晴美;2007)を参考に作成 Illustration: KOH BODY

ウェアリング=「保温性の4要因をいかに組み合わせるか」

衣類の保温性の議論はしばしば複雑になるが、その要因のひとつは、ウェアリングにおいてこの4要因が相反することが多いためである。

たとえば、フリースやセーターなど、空気を多く含む生地は熱伝導率が低いが、繊維間の隙間が多いため通気性が高い。そのため風の強い環境では対流による冷えの危険がある。一方、それを防ぐために防風性のあるアウターを着用した場合、アウターは対流を防ぐという点で保温に貢献してくれるものの、通気性(透湿性)が低い場合には汗(=熱伝導率の高い水分)が衣類内にこもり、汗冷えにつながるリスクがある。

寒い時期の低山ハイクであれば風の影響が少ないため断熱性の高いインサレーションウェア(=熱伝導)が重要となり、高所ハイクであれば稜線上の強風に備えるためのしっかりとしたアウター(=対流)が重要となる。トレイルランであればストップ時の汗冷え対策(=気化熱)が重視されるであろう。

つまりアウトドアにおけるウェアリングを考えることは、ルートや宿営計画、気温と天候、行動負荷と発汗量、体力と体調などを考慮した上で、この保温性の4要因をいかに組み合わせるかという作業なのだ。

生地の厚みやテクノロジーによってさらに複雑化する「保温性」

前章をふまえると、「保温性に優れた繊維」というものを評価することの難しさがわかってくる。

衣服に用いるのは繊維単体ではなく生地であるため、糸の細さや密度、空気を含む割合、生地の厚さ、水の含みやすさ、乾きやすさ、防風性といった織りの技術や加工内容によって評価が大きく変わってくるためである。

以下図表に示されているように、生地の保温性を高めるための方策とテクノロジーにはさまざまなものが開発されており、糸や編み構造、仕上げの加工などを工夫することによって、生地全体の保温性を調整することができるようになっている。近年では夏場の炎暑対策として、あえて保温性を低めた涼しい生地の開発も盛んである。

※「繊維製品の保温性評価に関する考察 」/加藤三貴、尾上正行(2010)を参考に作成

生地の保温性に影響する要因としては、当然ながら素材の特性のみならず生地そのものの厚みも非常に重要である。

生地が厚くなるほど保温性が高まることは常識的であり、実験でも検証されている(*1)。生地厚の保温効果は熱伝導率よりも大きく、素材の熱伝導率を1割低めるよりも、生地厚を1割増した方が保温性が高まるというデータも存在している(*2)。

一方で、生地の重さは保温性に直接関連がないことも検証されている(前述の松平論文より)。実感としては生地が重いほど暖かいように感じるが、それは生地が重くなるほど厚みを増すことが多いためと考えられ、厚さが一定の場合には保温性と生地重量との間に関係は見いだせない。ただし重い衣類は風の影響を受けにくいため、対流を防いで結果的に保温につながるということはありうる。

*1『布の保温性に及ぼす厚み、重さ、および繊維素材の影響』松平光男 2001年より
*2『人も一個の熱源体である。しかし、・・・・/日本熱物性学会研究会 第2回生活環境懇話会資料』/諸岡晴美 2007)出典の伝導放熱量数式をもとに筆者が算定

山と道の保温性独自検査

前回の『ベースレイヤー編#3』でも触れた通り、山と道は外部機関と連携し、試作品や市場に存在する代表的な製品を対象に日々検査を重ねている。

保温性についても様々な検査を行ってきたが、その中で、たとえば一般に暖かいとされるウール素材の結果が必ずしも芳しくないなど、定説や主観と異なる結果が出ることもしばしばあり、検査結果の解釈には時間を要した。また風や濡れなど、アウトドアでのリアルな状況をふまえて評価する手法の確立にも苦労した。

こうして検証と考察を重ねていくうちに、保温性が複数の要因から成り立っており、実験はそのある限られた側面しか捉えていないことがあるのではないかということに気づかされた。これまで述べてきたように、保温性がさまざまな要素によって総合的に決まるということを実感できたのは、こうした実験と試行錯誤から学習を重ねたことによるところが大きい。

本章ではこれまで行ってきた実験のうちから、保温性の検証にまつわる3つの実験の結果を紹介する。まずは最も一般的な保温性の指標である「熱伝導率」、続いて汗や雨などによる「濡れた状態での保温性」、最後に濡れと風の影響(汗冷え)を確認するための「放熱量(無風・有風下)」の測定結果である。それぞれ、主なベースレイヤーに使用されている様々な素材と山と道オリジナルのメリノウール生地に対して同一の試験を行った。

主としてベースレイヤーに多く使われているウールニットやポリエステルニット生地を検査対象としたが、検査に用いた素材やウェアのセレクションは山と道の製品開発計画や入手可能性といった事情に影響されているため、多少の偏りがあることはご容赦いただきたい。

1. ベースレイヤー素材の
「熱伝導率」独自試験

「熱伝導率」はカタログなどでもよく見られる保温性の代表的な指標である。まずはこの測定によって素材間の保温性の大まかな優劣を比較しようと試みた。

以下の図はベースレイヤー製品に用いられている様々な生地の熱伝導率を測定したものである(乾燥状態)。数値が小さい方が熱伝導率が小さい=暖かいということを示す。

※山と道調べ。W/m.k(ワット毎メートル毎ケルビン)は熱伝導率を測る単位で、1平方mあたり1時間に伝わる熱量をさす。

一見して感じるのは、一般に暖かいとされるウールの熱伝導率がそれほど低くない(=保温性が高くない)という点である。とくに1の「山と道ライトメリノ」の熱伝導率は高めである。

だが、この「ウールの熱伝導率が化繊に劣る」という結果そのものは、本稿の冒頭で触れた熱伝導率表(空気を1とする相対評価)とも一致している。いくつかの化繊繊維はウール以上に熱伝導率の低さ(=保温性の高さ)という点で良好な結果を示した。

ただし化繊繊維の中では相当なばらつきがあり、たとえば同じポリエステル100%ニット素材である3の「パタゴニア・キャプリーンライトウエイトと4の「アークテリクス・フェイジック」では大きな差異があった。最も大きな熱伝導率を示したのは4の「アークテリクス・フェイジック」であった。

試験結果の考察

この結果について整合性のある回答は見つかっていないが、あくまで仮説として解釈を試みる。

まず、熱伝導率については含気率(空気を含む割合)や生地厚といった要因と共に、生地が含む水分の割合が影響する可能性が高い。ウールは含気率も多いものの、繊維が空気中に存在する湿気を吸い込んでしまうため、水分率も高いものと推測される(ベースレイヤー編#3の公定水分率を参照のこと)。

とくに「山と道ライトメリノ」は汗を吸収しやすい親水性の仕上げが施されているため水分を多く含んでいると考えられ、このことが熱伝導率という意味ではマイナスに作用した可能性が考えられる。

3の「パタゴニア・キャプリーンライトウエイト」と4の「アークテリクス・フェイジック」との差異については不明である。双方とも素材および水分率はほとんど同じ(やはりベースレイヤー編#3の公定水分率を参照)である。両者の生地の織り方によって空気を含む割合(含気率)が異なった可能性もあるが、目視や手触りでそれぞれの違いを把握することはできなかった。

2. ベースレイヤー素材の
「濡れた状態での保温性」
独自試験

続いて雨や汗冷えなどを想定し、濡れた状態での保温性比較を試みた。生地を濡らした状態で熱伝導率を測定するという方法もあったが、水の熱伝導率が高すぎるために生地間の差が出にくいことが懸念されたため、より包括的に保温性を測定できる検査を考案した。

※山と道調べ; 50mlの水を袋に入れ40°Cに温め、20°C・相対湿度65%の部屋において、発泡スチロール上に温度センサー、40°Cの水入り袋の順に乗せ、それを完全に覆うように150%(生地の重さに対する割合)に湿潤させた試験試料生地を被せて、1分毎に30分間温度変化を測定

結果を見ると、メリノウール100%の生地は温度低下が穏やかであり、濡れた状態でも保温性が高いことが示された。特にライトメリノ親水の方が疎水よりも保温性に優れるという結果となった。一方でウールに比べポリエステルニットは保温性が低かった。

試験結果の考察

この実験は濡れた生地が内側の温度を保つ度合いを総合的にとらえており、「熱伝導」、「対流」、「輻射」、「気化熱・凝縮熱」の4要因がすべて反映されている。この実験は同一の室内で行われており、後述するように生地間の輻射熱はほぼ同じと考えられるため、「対流」と「輻射」についてはどの生地もほぼ同じ条件と考えられる。また、全ての素材が濡れて多くの水分を含んだことから「熱伝導」もほぼ同等と思われる。したがって、残る「気化熱・凝縮熱」の大小がそのまま結果として反映されたと考えられる。

ウールの保温性が高い点は実感とよく整合しているが、これはウールが乾きにくく、気化熱による冷えが生じなかったことが保温性に寄与したものと思われる。また、吸湿発熱の可能性もある。親水性のウールは水をよく吸い込むため、疎水性に比べて乾燥も遅く、吸湿発熱も発生しやすかったものと考えられる。

化繊は速乾性が高いため、熱伝導率の高い水が熱伝導率の低い空気に素早く置換されれば保温性に有利なはずである。しかし、気化熱による冷えのマイナス効果の方が大きかったと考えられる。化繊のメリットとして、速乾性が高いため肌に水分を残さず保温に有利とされることがあるが、この結果は場合によって気化熱による冷えのデメリットがあることを示唆している。

3. ベースレイヤー素材の
「放熱量(無風・有風下)」独自試験

最後に、発汗量が多いアクティビティや強風によって汗冷えが想定される状況下で、どの生地が優れるかを検証しようと、発汗シミュレーターという装置を用いて「放熱量(無風・有風下)」の実験を行った。

発汗シミュレーターは、人体に見立てた熱板を一定の温度に維持するためのエネルギー(電力=放熱量)を測定する装置である。保温性が低い生地は温度を維持するのに多くのエネルギーが必要となり、その逆に保温性の高い生地は少ないエネルギーで済む。このエネルギー量を測定することで、生地の保温性を比較することができる。さらに熱板からは一定量の水分を放出できるので、汗をかいている状態の再現も可能となっている。

乾燥状態、濡れた状態、さらに濡れた状態で風に晒される汗冷えの状況を再現するため、発汗シミュレーターに風を当てる装置を組み合わせても試験を行った。以上から「発汗量の大小」×「風の有無」を掛け合わせた4条件での測定を行った。

※山と道調べ;不感蒸泄=発汗を自覚しない、汗が少ない状態(発汗量20ml/m2・h)、発汗=汗が多い状態(発汗量70ml/m2・h)

無風状態では、「モンベル・ジオライン」の保温性が高く(エネルギー消費が少なく)、以降は「メリノ」、メリノと化繊混紡素材である「モンテイン・プリミノ」、「オンヨネ・ブレステック」と続く。発汗時は「モンベル・ジオライン」の保温性が低下し「メリノ」と近づく。「メリノ」は発汗時もほとんど変化がないのに対し、化繊との混紡や化繊100%素材は発汗時の保温性が低下する。

有風状態では「オンヨネ・ブレステック」の保温性が高く、以降「モンベル・ジオライン」、「メリノ」、「モンテイン・プリミノ」と続く。発汗時もこの順番は変わらない。無風状態の保温性と有風状態の保温性に関連性は見られず、発汗時の変化も「メリノ」が最も大きかった。

試験結果の考察

無風で汗の少ない状態では対流の影響がないため、熱伝導率が低く空気を含む度合いの高い素材が有利になると考えられ、「モンベル・ジオライン」と「メリノ」が良好な結果を示した。

無風で発汗が多い状態では「モンベル・ジオライン」の保温性が大きく下がった。水による熱伝導率の上昇と気化熱が原因と考えられる。「メリノ」は発汗してもほどんど保温性が変わらないが、水分を繊維内に閉じ込め気化熱が発生しにくいことや、吸湿発熱が発生したことがその理由と考えられる。

有風時は対流の影響が大きく、発汗の大小にかかわらず含気率が高い(または通気性が高い)と思われるウールやウール化繊混紡生地に不利な結果となった。汗冷えを模した有風かつ発汗状態ではウールやウール化繊混紡生地の保温性が優れると期待されたが、結果は芳しくなかった。風の影響により本来乾きにくいウールも乾燥が促進され、水分吸着量が大きい分だけ大きな気化熱が発生したことが理由ではないかと考えられる。

ベースレイヤー素材の
保温性総合評価

前章でご紹介した通り、実際にアウトドアで用いられている生地を様々な装置で検査し保温性を把握したが、ウールが優れた結果を示すこともあれば、化繊素材が優秀な結果を示すこともあった。こうした事実をどう解釈すべきだろうか。

繰り返しとなるが、「熱伝導」、「対流」、「輻射熱」、「気化熱・凝縮熱」の4要因が、ある場面では相乗効果を発揮し、ある場面では相反したことで、実験条件によってまちまちの結果が出てしまうものと考えられた。このことは、「保温性が高い生地」というものも場面や状況によって変わってくるということを示している。

しかしながら、保温性が複数の要素から構成されていることをふまえ、なんとかそれらの要素別に優劣を比較し、総合評価を下すことができないかと考えた。以下は公開情報や実験結果から判断した素材別の星取り表である。

素材別星取り表

*各素材は同じ重さのニット生地であると仮定

表の解説

この表ではアウトドアのベースレイヤーまたは肌着として利用される代表的な素材として、ウール(メリノウール)、ポリエステル、ポリプロピレンを取り上げた。

それぞれの素材は、実際の製品になった場合には長所を生かし短所をおぎなうべく織り方や水分の含み方などに様々な工夫が施されていると思われるが、いったんは素の状態の評価としてご覧いただきたい。

評価に用いた指標であるが、熱伝導率を表すものとして「繊維単体の熱伝導率」「含気率(空気を含む割合)」「水分率」「肌接触(濡れた際のベトつき)」の4つを選定し、対流を「防風性」と読み替え、気化熱を表すものとして「湿潤保持性」(=速乾性の低さ、すなわち気化熱の発生しにくさ)と「吸湿発熱」の2つを選定した*。

*輻射熱については一般的な素材の場合ほぼ差異はないものとして、表からは省略した(炭素やセラミックスを繊維に配合するような加工を施さない場合、繊維素材の輻射熱はほぼ同じとされている)。

各記号は、保温性の観点から「◎=優れている」、「○=普通」、「×=劣っている」を示す。たとえば「繊維単体の熱伝導率」の場合、◎は熱伝導率が低いことを示し、「湿潤保持性」の場合、◎は乾きにくさを示す。

以下は各素材の解説である。

ウール(メリノウール)

天然素材としてベースレイヤーに使われる代表的素材。ウールの熱伝導率はポリエステルと同程度であり、中程度(○)と評価した。

クリンプという縮れ構造によって多くの空気を含む。水分を含む割合は大きめである。クリンプの効果によってベトつきも少ない。親水仕上げのウールは検査によるとベトつきが大きいものの、着用時の実感としてはそれほど貼り付きを感じない。防風性は低い。速乾性は低く、濡れた状態を保持し、吸湿発熱効果は高い。

ポリエステル

ベースレイヤー素材として最もポピュラーなもの。熱伝導率はウールと同程度。空気を含む割合はウールより低めとした。

同じ織りでウール100%とポリエステル100%ではポリエステルの方が薄いという検証結果がある*。つまりポリエステルはウールに比べてかさ高が出にくく、水分率は低めである。製品によるが、全般に肌への貼り付き度合いは高め。

防風性については、空気を含む割合が低いことは生地が密であると考えられ、ウールよりも優れると判断した。速乾性は高く、吸湿発熱は期待できない。

*『被服材料の熱伝導特性に関する基礎的研究 (第1報) 布の有効熱伝導率の測定』妹尾順子、米田守弘、丹羽雅子(1985))

ポリプロピレン

実際にはポリプロピレンニットのベースレイヤー製品は、素肌に直接着る網シャツ(メッシュのアンダーウェア)形態のものが多い。繊維単体の熱伝導率はウール、ポリエステルよりも小さく、最も優れている。

空気を含む割合は同じ織りの場合ポリエステル同様と想定。保水しない素材のため水分率は低い。製品によるが、一般に肌への貼り付き感は大きめである。含気率が低い分だけ防風性に優れている。速乾性は高く、全く吸湿しない。

以上の評価はデータの不足により、多分に推測を含むことをご容赦いただきたい。しかし、アウトドアにおける素材の保温性を漏れなく評価しようとした場合、このような手法をとらざるを得ないのではないかと考える。

評価の◎を2点、○を1点、×を0点として数値化してみると以下のようになり、総合的にはウールが最も高いスコアとなった。一般的にもウールは暖かい素材とされており、この総合評価は多くの読者にとってもそれほど違和感がないのではないだろうか。

また、保温性の内訳を項目ごとにレーダーチャートで表現したのが以下の図である。

レーダーチャートの描く面積が大きければ多くの側面で保温性が高い素材といえ、小さければ逆に多くの側面で保温性が低い素材といえる。

ウールは含気率の高さが防風性の面でマイナスになりやすいことがウィークポイントではあるが、多くの点で暖かさを感じやすい、バランスの取れた素材だと言うことはできるだろう。ウールは絶対的に暖かい素材ではないが、比較優位であることは間違いない。

一方でチャートの面積が小さいことは必ずしもマイナスではない。逆に考えれば涼しく着用できるということでもあり、暑い時期や負荷の高いアクティビティ向きの素材と言える。

まとめ:レイヤリングの重要性

これまで見たように、すべての条件下で暖かい単一の素材を特定することは困難であり、どの素材も一長一短がある。

熱伝導が低く(含気率が高く)、通気性が低く、対流が起きにくく、吸湿性があって乾きにくい素材は高い保温性が期待できるが、過度に濡れて風に当たった場合には、水による冷えがマイナスに働く可能性がある。この素材の速乾性を高めた場合には水による冷えのリスクが減る分、気化熱による保温性低下の懸念がある。そもそも通気性が低く保温性が高い素材は蒸れやすいため、汗冷えのリスクもある。この素材の通気性を高めると、今度は対流による冷えの可能性が出てくる。

結局は、ベースレイヤーのみですべての状況に対応しようとするのではなく、レイヤリングでの解決が最も合理的であるという結論になる。その中でも目的とするアクティビティとシチュエーションにおいて、どの程度保温性を重視しなければならないか、重視する側面は何か(熱伝導か、対流か、気化熱か)ということを意識することが、ベースレイヤーの選択にも影響してくるのではないかと考える。

保温性が非常に重要となる場合として、たとえば冬や残雪期の山を想定してみると、低温や風への備えに加え、行動負荷が高くなることもありうるため汗への対策も必要となる。この場合、ウールのような空気層を多く含み濡れても暖かい素材をベースレイヤーとして着用し、その上にフリースや化繊ダウンなど十分な断熱力を持ちつつ汗の換気力に優れたインサレーションウェアを、さらにその上に透湿性に優れたハードシェルを着て風をシャットアウトするのが合理的と考えられる。

同じ冬山でも日帰りでより負荷が高い場合には、汗対策を重視してベースレイヤーをより乾きやすい化繊(またはウールと化繊のハイブリッド)とすることもありうる。この場合のインサレーションやシェルは通気性が高く、換気しやすいものが望ましいだろう。

暖かい時期に開催されるトレイルランニングレースでは多くのランナーが軽い化繊のベースレイヤーを着用する。対流による換気と気化熱を利用し、身体をすばやくクールダウンする効果を期待するためである。一方で多くの大会では休憩時や天候悪化などに備えて防寒着を必携としているが、着用しながらでも行動できる、汗の抜けを重視した製品が選好されている。風を遮断し、アルミによる輻射熱で体温を保つエマージェンシーシートも携帯を義務づけられる場合が多いが、これも一種の緊急時におけるレイヤリングと見なすことができる。

今回の記事は、各種資料および山と道の独自実験をふまえ、ベースレイヤー素材の保温性について考察を加えた。読者の方々がベースレイヤー製品を選択し、ウェアリングを計画する上での一助になればと願う。

次回はこれまでの論考のまとめ的な内容として、環境やアクティビティとベースレイヤーに求められるスペックとの整理を行っていきたい。

参考文献
「被服材料の熱伝導特性に関する基礎的研究 (第1報) 布の有効熱伝導率の測定」/妹尾順子、米田守弘、丹羽雅子(1985)
「被服材料の熱伝導特性に関する基礎的研究 (第2報) 含水状態における布の有効熱伝導率」/妹尾順子、米田守弘、丹羽雅子(1985)
「各種被服材料の有効熱伝導率とふく射による熱伝達」/藤本 尊子, 関 信弘(1987)
「布の保温性に及ぼす厚み、重さ、および繊維素材の影響」/松平光男(2001)
「繊維製品における遠赤外線の測定及び評価について」/加藤三貴(2003)
「人も一個の熱源体である。しかし、・・・・」(日本熱物性学会研究会-第2回生活環境懇話会資料)/諸岡晴美(2007)
「遠赤外放射特性測定技術と繊維製品の機能性評価」/尾上正行、加藤三貴(2008)
「繊維製品の保温性評価に関する考察 」/加藤三貴、尾上正行(2010)

渡部 隆宏

渡部 隆宏

山と道ラボ研究員。メインリサーチャーとして素材やアウトドア市場など各種のリサーチを担当。デザイン会社などを経て、マーケティング会社の設立に参画。現在も大手企業を中心としてデータ解析などを手がける。総合旅行業務取扱管理者の資格をもち、情報サイトの運営やガイド記事の執筆など、旅に関する仕事も手がける。 山は0泊2日くらいで長く歩くのが好き。たまにロードレースやトレイルランニングレースにも参加している。