INTRODUCTION
2017年の6月から10月にかけて、山と道は現代美術のフィールドを中心に幅広い活動を行う豊嶋秀樹と共に、トークイベントとポップアップショップを組み合わせて日本中を駆け巡るツアー『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を行いました。
北は北海道から南は鹿児島まで、毎回その土地に所縁のあるゲストスピーカーをお迎えしてお話しを伺い、地元のハイカーやお客様と交流した『HIKE / LIFE / COMMUNITY』とは、いったい何だったのか? この『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE(=回想録)』で、各会場のゲストスピーカーの方々に豊嶋秀樹が収録していたインタビューを通じて振り返っていきます。
遂に山と道の地元である鎌倉まで帰ってきた第13回のゲストは、『BORN TO RUN 走るために生まれた』を始め、『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』や『マインドフル・ワーク』『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる』など、数々の身体性や新しいライフスタイルにまつわる本の日本版編集者であり、鎌倉在住のミニマルランナーでもある松島倫明さんです(取材後転職され現在は『WIRED』日本版編集長に就任されました)。
「リッチ」よりも「グッドライフ」を探して鎌倉に移住した松島さんの、ランやサーフィンが生活の一部にある暮らしを送ることと、「仕事」とのバランスは? 今回もとても興味深い内容になりました。
「リッチ」より「グッドライフ」
北海道から始まった「HIKE / LIFE / COMMUNITY」の旅は、東日本を少しづつ南下してようやく鎌倉へとたどり着いた。
山と道と夏目ファミリーにとっては鎌倉がこの旅の起点であり終点である。僕自身は、福岡在住だし、ここから青森までレンタカーを返しに行かなければならなかったりと、旅はしばらく続く。それでも、鎌倉へ戻ってきたときには、僕も同じように旅のひと段落を感じた。ただし、これはまだ「東日本編」のゴールというだけで、数ヶ月後には「西日本編」へと旅の残り半分は続く。
鎌倉での会場は、山と道のファクトリーショップの近くから細い路地を入った「大町会館」という昭和的な時代を感じる建物の、二階にある大広間だった。畳に座布団を並べて準備していると、これから寄席でも始まるような雰囲気になり、開け放たれた窓からは気持ちの良い夏の海風が吹き込んでいた。
鎌倉ではゲストをふたり呼んでいて、ひとり目がNHK出版の松島倫明さんだった。(松島さんは、現在転職し『WIRED』日本版の編集長に就任されました)僕は、松島さんと会うのは初めてだったけれど、松島さんの編集した本は数冊読んでいて、そのどれもに大きく影響も受けていたので、今日会えることをとても楽しみしていた。
松島さんは、3年前(取材当時)に東京から鎌倉へ移住していて、僕も、同じような時期に東京から福岡へ移住していたので、それだけで勝手に親近感を抱いていた。
「僕は東京生まれの東京育ちで、実家を出たのは社会人になってからなんですよ。自分のことを『職住近接派』だと言って、ずっとウサギ小屋みたいに狭い職場近くの部屋に住んでいました。山手線の内側の、とにかく移動も楽だし終電も気にしなくていいエリアに住むことが多かったです。ひと部屋あればそれでいいという、今でいうミニマリズムのような感じで暮らしてきたので、鎌倉に引っ越すというのはものすごい大転換でしたね。」
松島さんは、鎌倉に引っ越してきてからは一軒家に住んでいて、職場は東京のままなので鎌倉から通勤しているということだった。長い髪を後ろでくくり、日焼けした肌のせいでニッコリと笑うたびに歯の白さが強調されて、見るからに健康的だった。松島さんは、僕の思っている「編集者」という肩書を持つ人への偏見的なイメージからは程遠いというより、むしろ正反対とも言える雰囲気をたたえていた。
「30歳くらいから翻訳書の編集もするようになって、海外出張も多くなり、ロンドンやニューヨークといった都会の人の緑や自然との付き合い方に豊かさを感じるようになったんです。いくら東京の『食』や『消費』、『スマートさ』のレベルが上がってたとしても、根本的な豊かさの違いがあることを、だんだんと蓄積するように感じはじめました。そのうちに、2008年のリーマンショックや、2011年の地震があって、根本的な価値観を揺さぶられるような出来事がたくさんあったときに、都会っ子的な自分の価値観がぐっと傾いていったんです。ある種、すごく利己的な欲求だなとは思うんですが、自分の暮らしの豊かさを求めるようになりました。リッチになることよりも、グッドライフを生きることを選ぶという意味で、もう少し生活を変えてみたいと思うようになっていったんです。」
松島さんの移住を考えるきっかけとなった気持ちの移り変わりの話は、僕にも身に覚えのあることだった。当時の僕の仕事は、アート関係の仕事で海外のギャラリーとのやり取りも多かったので、リーマンショックが起こったときには、人間関係に対しても不信感を抱いてしまうようなできごとがいくらかあった。そのときに、どこの誰かも知らないリーマンさんに僕の人生を振り回されるよりも、例えば、天気に振り回されるような生活を送っていきたいと強く思ったことを覚えている。
写真提供:松島倫明
ガツガツやりたくない
しかし、鎌倉や湘南といえば、山よりもむしろ海のイメージが強いだろう。僕も、夏目くんや山と道スタッフの中川くん、そして鎌倉の仲間とサーフボードを持って、一緒に海に入ったことがあった。
九州の海とは段違いのサーファーの多さにびっくりしたけど、サーフボードをラックに取り付けて自転車で波乗りにやってくるベテランサーファーのおじさんの姿なんかを見ていると、この土地のサーフカルチャーの奥深さを感じることができた。
「サーフィンは、まったく興味がなかったので、たとえこっちに来たとしてもやることはないだろうと思っていたんです。でも、だんだん自分の体が鎌倉のリズムに馴染んでいくうちに、どうしてもやりたくなっていったという感じですね。」
松島さんはそう言って微笑んだ。僕は、松島さんのSNSの投稿に時折登場するきれいな青いロングボードを思い浮かべながら話を聞いていた。
「でも、ガツガツやりたくないというところもあるんです。トレランでもそうなんですが、レースのための練習として山を走るんじゃなくて、日常の生活の中に、山を走ることがあるといいなと思うんです。天気が良かったら走るし、雨が降ったら走らないとか。サーフィンもそういうものですよね。波があると、みんなどこからかワラワラと出て来るじゃないですか。だから、波があるときだけサーフィンして、波がないときは山を走ったりというふうに、自然のリズムの中で自分のアクティビティを決めるというのが、自然な感じがしています。」
松島さんの話に大きく頷いた。僕は、冬は北海道にこもって、バックカントリースキーばかりやっているけれど、同じことが言えた。
例えば仲間と「来週、山に滑りに行こう」と決めていても、そのときに雪が降らなかったり、天候が荒れ過ぎていたりたすると良い雪を滑れなかったりする。つまり、雪が降ったときに滑りに行ける生活をしていないと良い雪は滑れない。だから、ローカルの友人たちには、「良い雪よりも優先してしまうような、あんまり良い仕事を持つのも逆に問題なんだ」と、冗談とも本気ともつかない調子で言われたりもする。
写真提供:松島倫明
ウザがられないおせっかい
イベントのプレゼンテーションで、松島さんは自身の手がけた出版物を例にあげながら様々な話をしてくれた。
その中で僕が気になったキーワードをいくつかあげると、野生の心、マインドフルネス、ウェルビーイング、ZEN2.0、バイオフィリア、ダーウィンと共感、愛と走ること、『WHOLE EARTH CATALOGUE』、 シンギュラリティ、人間性の回帰、などがあった。
知っていたり、聞いたことがある言葉もあったし、初めて耳にする言葉もあったけれど、話しながら松島さん自身がワクワクしているのが聞いている僕らの方にも伝わってきた。実際にどの文脈でこれらの言葉ができてきたのか興味がある方には、文末のプレゼンテーションの動画を見てもらいたい。
そして、松島さんの話はどれも、僕たちが今いるここ、このときを、ミクロとマクロの視線を行き来しながら捉え直してみたいと思わせた。つまり、僕や僕たちが、どうすれば「よりよく生きていけるのか」ということをもう一度考え、そして考えるだけではなく、じゃあ実際にやってみようよ、と誘ってくれているように聞こえた。
不安を感じながらではなく、逆にワクワクするようなこととして、ちょうどトレイルを走ったり、サーフィンしたりするのと同じように、心と体を使って実際に動かしていくようなものなのかもしれないと、僕は松島さんの話を聞きながら思った。それは、つまるところ、生き方(ライフスタイル)の問題ということなのだろう。
「そうですね。僕は、トレイルランニングもサーフィンも、速くもないし、うまくもないんですよ。でも、そういうことが生活の中にあって、本を作るとか、話すとか、発信するっていうことを自分の軸のひとつとしてやっていきたいと思っています。そうやって、『ライフ』的なものを、ここでちゃんと作っていきたいっていうのが自分の中にあります。」
松島さんの言っていることは、言葉は違えど、今回の旅で聞かせてきてもらった様々な話のなかにも何度となく登場してきたように思う。それぞれの土地で、その土地にあった生き方をしている人が、僕にはすごく健やかに見えた。
「ウザがられないおせっかい、じゃないですけど。」
松島さんは、そう言って白い歯を見せてにっこりと微笑んだ。
「東京からこっちに来て、『鎌倉、すごく楽しい』って言っていても、もしかしたら東京に住んでいる人から見たら『こいつ、ウザいな』って思われているかもしれない。でも、それをどういう言葉で伝えれば、より多くの人たちがうまくバランスとって生きられるのかなとか、そういうことを考えていきたいって思っています。」
話が終わってから、松島さんは、僕に一冊の本をくれた。それは、『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』(マーク・サンディーン著/ NHK出版)という450ページくらいある分厚い本で、僕と同い年の著者が書いたものだった。
この本をもらってから、僕はしばらく置いたままにしていたけれど、半年くらい経ってからある旅行に持って出て読み始めた。内容についてここに書くことはしないけど、この本は、僕に大きく響く言葉を与えてくれた。
“あなたは、あなたの心を注ぐ仕事をしている。だからそれを続けなさい。”
この言葉は、松島さんの編集者としての生き方とも重なって思えたし、僕自身のこれからの生き方にも勇気を与えてくれるひと言だった。
僕は、今日も、山を走ったり、波にのったり、書いたり、話したりしながら、『グッドライフ』を生きている松島さんを想像した。そして僕も、今日、ここでの僕のグッドライフを生きてみようと思った。
写真提供:松島倫明
『BORN TO RUN 的鎌倉生活」』 松島倫明
『WIRED』日本版編集長/取材当時はNHK出版 放送・学芸図書編集部編集長。翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどに長く従事。手がけたタイトルに、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の『ZERO to ONE』や『限界費用ゼロ社会』『〈インターネット〉の次に来るもの』がある一方、世界的ベストセラー『BORN TO RUN 走るために生まれた』の邦訳版を手がけて自身もミニマリスト系ランナーとなり、いまは鎌倉に移住し裏山をサンダルで走っている。『脳を鍛えるには運動しかない!』『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』『マインドフル・ワーク』『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる』など身体性に根ざした一連のタイトルで、新しいライフスタイルの可能性を提示している。2018年6月より現職。