この春(2021年)、新たに60歳のベテランから23歳の新社会人まで、男性、女性、既婚者、未婚者とバラエティに富んだ個性豊かなスタッフが加わり、一段とパワーアップ(?)した山と道。
実は今回、応募者の皆さんにはそれぞれ山行記を提出していただいたのですが、その中で一際光るテキストを提出してくれたのが本稿の主役の26歳青髪女子、寒川奏でした。
子供時代の富士登山のエピソードの語り口には独自の視点があり、そこに添えられたイラストもなかなかのものでしたが、山と道が標榜するウルトラライト(UL)ハイキングはおろか、アウトドアもまだ素人同然の寒川。
ならば、そんな彼女がULハイキングに入門していく様を研修がわりに記事化していけば、新人教育と原稿作成が同時に行えるではないか! と閃いた山と道JOURNALS編集部。「まあ、彼女なら面白いの書いてくれるっしょ!」と、子を千尋の谷に突き落とす獅子の如く、とりあえず彼女を山に送り込むことにしました。
何事も初体験はもっともスイートで、時には一生忘れられない思い出になるもの。寒川がまっさらなカンバスにどんなトレイルを描いていくのか、しばしお付き合いください!
はじめまして、山と道新人スタッフの寒川奏(さんかわかなで)です。皆様よろしくお願いいたします。
最初に自己紹介をさせて頂きます。 私はイラストを描いたり、鎌倉の某ワインバーでワインを注いだり、こうしてときどき文章を書いたり、色々やっている26歳の女です。
私の父はアウトドアの業界では割と有名な人で、名を言えば「ああ、寒川さんね!」となります。そんな人の娘なのですが、私自身は全くアウトドアなことはできません。周りの人が全部やってくれるのをいいことに、キャンプなどでもヘラヘラ、プラプラしてばかり。興味がなかったわけではなく、ただの怠慢です。
しかしこの度、「自分なりのアウトドアを確立してみたい」という思いに駆られ、山と道のスタッフ募集に応募。幸運にもご縁を戴き、こうして執筆の機会を与えられました。そんなアウトドアベイビーな私が、ウルトラライト・ハイキングの世界にどう足を踏み入れてゆくのか? 駄文ではありますが、ぜひ最後まで温かい目と心で読んでやってください。
右も左もわからない
5月初め、JOURNALS編集長の三田さんから宿題を貰い受ける。
三田さん「寒川さんは、とにかくキャンプで山に行ってください。」
私 「ふぁい」
急だが翌週には山へ行くことになった。
私の頭の中ではひとりキャンプ=死。やらかし名人の私は確実に何かしらで命を落とすに違いない。彼氏(アウトドアストアに勤める筋肉マッチョ)に一緒に来てもらって、アドバイスを貰いつつ頑張ってみよう。最初はそのくらいから始めよう。というか彼氏と行きたい。大好きだから。
三田さんと話した結果、山梨県と長野県の県境にある金峰山あたりがいいという話になった。早速ルートを考える。今までルートなんて考えたこともない私には新鮮で仕方がない。この点々(………)で表記されてるルートはいけるの? ガケ……? などなど、この時点から彼の助けが必要だったが、 自分なりに考えたルートは富士見平小屋にクルマを停めて、小川山を越えて廻り目平でキャンプ。そして次の日に金峰山を登頂し、大日小屋まわりで富士見平に戻ってくる計画。キャンプ道具も含め全荷物を全ての工程で持って歩くつもりだった。
ところが、彼と答え合わせすると、そもそも富士見平小屋に駐車場がないことがわかり、計画は最初から見直しに。途中彼に全投げするなどしながら自分なりにまたルートを考えた。
結果、決まったルートはこうだ。瑞牆山荘横の無料駐車場にクルマを停めて、富士見平小屋まで全荷物を持っていく。行けそうならそのまま大日小屋まで行く。どちらかのテント場でテントを張り、瑞牆山か金峰山に登る。どちらかその日の時間と天気によって決める。
なるほど、山は生きているから、最初から決めきって行かない方が良いのだね。臨機応変が大事なのか。
ということで、数日かけて考えた荷物で当日を迎えた。アウトドアベイビーの私はオムツ(下着)くらいは用意できるがそれ以外は何もないため、アウトドア有名人(父)の道具を借りた。さあ、まあまあ重いぞと出発する直前に彼氏から一言。
「そのコットンのザックが重いんだよ。」
それはノルウェー人の元彼からもらったノルウェーのノローナというメーカーのヴィンテージザックだった。
「そんなこと言ったって私これしか持ってない。」
「これ使えば良い。」
ノローナよりもずっとずっと軽いノースフェイスの現代的なザック。 彼がどんどん入れ替えてくれた。もう何がどこに入ってるんだかあんまりわかんないけど、よし行こう。
誰がこんなに重くした⁉︎……私か
鎌倉からクルマで約3時間で瑞牆山荘駐車場に到着。 13時頃スタート。 荷物が重い。本当に重い。あんなに最低限にしたつもりなのに重い。
入っているものは、テント、寝袋、寝袋カバー、スリーピングマット、着替え、固形燃料、マグ、食料、水1.5L、ワイン。どれも欠かせない、私的に欠かせないものばかり。なのに、「子泣き爺」が最初から全力出してきてるとしか思えなかった。
ヘラジカの寝床のようなへこみで休憩。
地面だけを見つめ、文句を垂れ流し、ヒィヒィで富士見平小屋に到着。約1時間かかった。もうこの状態では大日小屋というチョイスはない。富士見平小屋でのキャンプで決定。 「子泣き爺」から解放され、早速テントを設営。前日に練習をしたおかげか割とスムーズにテントを設営(もちろん彼の助けあり)。
次の日が雨予報だったため、瑞牆山よりも長い山行となる金峰山の方を先に攻めることにした。 この日のために買っておいた大好きなベイクショップのレモンケーキで元気を取り戻し、出発。
おいおい、なんて荷物が軽いんだ。飛べちゃうんじゃない? 圧倒的な軽さで好調な滑り出し。天気にも恵まれて、ようやっとハイクを楽しむことができるようになってきた。 意識が荷物以外に向きはじめて、金峰山の石の良さに気づく。クライミングで有名な岩もあったりするいい岩スポットらしい。平たくて、いい厚みの渋いグレー。飾りたくなる いい石ばかりだ。金峰山の石は花崗岩ベースらしい。マグマからできた花崗岩。なんとヨセミテのハーフドームも花崗岩。地球のつながりと生きてきた証を感じた。持って帰りたいなと考えたがテント場までの苦悩を思い出してやめた。
金峰山の登山道はなかなかエキサイティングだ。鎖を使って登る箇所もあったりして思わず『レヴェナント』のディカプリオばりの息づかいになる(いい映画なのでぜひ見て)。
顔っぽい木と女子会ごっこをしてみたとき。私は「まぢありがとう」と言っています
分岐に着いた。直進すると八丁平。右に行くとここから約1時間半で山頂と書いてある。時刻は15時30ころだった。山頂に着く頃には17時をまわり、下山時に暗くなることが予測された。暗闇の中を鎖を伝って下山する自信は私にはまだ無い。ここは安全第一でテント場に戻ることにした。
しかし私には戻りたい理由がもうひとつあった。 来る途中でウンチを見た。明らかに人糞だった。通常の道路でいうと大通りの側道的場所に立派に横たわっていて、暗闇の中での移動はいくらヘッドライトの力があるとしも私は踏む可能性が高い。
ということで戻ることに。様々な角度から物事を予想することはきっとアウトドアでは大切なこと。
八丁平で小休憩。遠くに見える山々が神々しい、振り向くと金峰山の山頂が見えた。予定が変わることで見える景色があることを思い出した。
岩の大きさと風の強さが怖かった。ビクビク。
荷物を背負って再出発。重みを感じた。テントも寝袋もテント場にあるのに重い。何が重いんだろうと考える。水、食べ物、ヘッドライト、レインジャケット、ポンチョ、ウィンドブレーカー……明らかに上着が多い。そしてそもそも持っているザックが1.5キロあるので重い。体験してわかることの多さに感動し、物理的な重さに唸った。
愛おしい時間のための重さ
18時頃にテント場に到着。寝る準備をしてから夕飯だ。 しかし私たちは調理はしない、なぜなら以前私がやらかしているから。
彼と付き合いたての頃、一緒にキャンプに行った。その日は一日彼の大好物ベーコンへの愛をたくさんたくさん語ってもらっていた。さあ夕飯となった時、私は慣れないキャンプ調理器具でヘラヘラしながらベーコンを焼いていた。その結果、私は全ベーコンをぶちまけ砂だらけにした。見事大好きな人の大好きなものを目の前で台無しにして、いまだに時々いじられる結果となったのだ。
それ以来、お互い飯は作らねえというスタンスになった。 それぞれ持ってきた食べ物を食べる。私は地元鎌倉のパン屋さんで買ってきたパンとケーキ。まるでマリーアントワネットみたいだなと思いながらヒィヒィ背負ってきた赤ワインを飲む。 鎌倉のワインバーで働く私はワインが大好き。これだけは削れない荷物がワイン。
スペイン、カタルーニャの赤。カシスやベリーの旨味と夕刻の森の香りがしっとりと混じり合う。
今回はイタリアの赤ワインを100均のプラボトルに入れ替えて持ってきた。懸念していたプラの匂い移りもなく美味しく飲めた(少しマメっていたけれど疲れているからか沁みる)。疲れで渇いた体はスポンジのようにワインを吸収していった。
彼といろんな話をする。とりとめのない話。何を話したかなんて覚えていないがこういう何気ない時間がいちばん大事で愛おしいと感じた。私的にはこの時間がキャンプの醍醐味だなあと思う。
気づいたらもう20時前。寒くなってきたので寝ることにした。 両親に借りた寝袋とシュラフカバーで防寒はバッチリ。彼が携帯にダウンロードしてくれていた伝説のストリップ映画『マジックマイクXXL』をほぼ無音で鑑賞しながら寝落ち。 私も明日はマイクのようにしなやかに動きたいな。
イメージは自分と向き合ってULというお酒を飲み交わす
翌朝、8時起床。12時間も寝れた。隣の彼は夜中の3時に目が覚めそれ以降寝れずずっと考え事をしていたらしい。ネガティブな人なので考えすぎちゃったのではと今さらながら心配。
朝のコーヒーを作る。両親にウルトラライトで行きたくて調理はそんなにしないんだと相談した結果、100均の五徳と固形燃料を調理器具として持っていくことになった。とてもシンプルで簡易的なこのセットはコーヒーを作るには十分。飲んで食ってさあ出発。
ドリップの間お湯は固形燃料の上で待機。湯が冷めなくていい。
2日目は瑞牆山。15時頃から雨予報なのでそれまでに戻ってきてテントを片付けて帰路につくスケジュール。
瑞牆山は金峰山よりもっと岩だらけ。「あぁ〜いま登ってんな!」となる。上に上がれば上がるほど全身を使う山道。岩を越える度に五体満足で生まれて良かったと感じた。この指があるからここに手が届いて、この足があるからここまで上がれた。この体で良かったなと、両親に感謝。
全身で登る箇所が多く寒がりの私でもポカポカが続いた。
しかしなかなか着かん。もうあそこに山頂っぽいの見えてるのに全然着かん。さっきまでこの体で嬉しいなあとかキラキラしてたのにちょっと余裕がなくなってきた。感情のレイヤーが重なっていく。
山頂到着!
すげー!
たけー!
はしゃぎたいけれど山頂はごつごつの岩の集合体で若干高所恐怖症な私はへっぴり腰になる。 遠くに見える富士山、雲の上にいる感覚。やっぱり山頂って気分がいいなあ……。しっかり休んでテント場に戻る。
岩の丸みで疲れた体がよく伸びる
テント場に戻るとあたりは霧がかかり始めていた。さっさと片付けて下山。帰りは早いぞ、さあ温泉でフィニッシュだ!
コロナ渦なので風呂内会話禁止。無音の大浴場に青い髪の女はやはり目立つ。おばさま方の視線をビシバシ感じながらひとり反省会。
今回の反省点。
- 荷物が重い
- 体力の過信(筋トレの筋肉と歩く筋肉の違いを感じた)
- 靴(トレランシューズだったため? グリップ不足)
などなど、もやもやと考えた。とりあえずやらかさなかったことは褒めたい。さらに私は考える。
私がキャンプやハイクに求めることは快適と楽しさ。持ち歩く物量や質量が減ることで快適さが増え楽しさにつながる。しかし、軽くしていくことだけがULハイクとは思えない。自分の楽しさや喜びにつなげていく過程でウルトラライトにしていくことが大きな役割を担うのではないだろうか。
それはきっと私の日常生活にも繋がっていくこと。何が必要で不必要か。簡単だけど難しい、シンプルで深い。そしてこの必要/不必要の判断は人によって全く違い、それがその人の個性だ。この判断と見極めをしていくことによって私の個性は磨かれ、人生が豊かになるのではないか。
ULはひとつの考え方であって、ULハイクはその考え方の具現化、表現方法、そしてUL的なライフスタイルの練習と私は捉える。何を持っていけば自分の求める楽しさが得られるのかと考え実行することが、自然とULシンキングの練習となる。そしてそれは日常にも活かされていく。
面白い。
とりあえず、次のハイクではもっといい靴と軽いザックで行こう。もちろんワインは持って行く。次はロゼがいいなあ。
なんて考えてたらのぼせそうに。帰宅です。疲れたあ。