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山と道ラボ レインウェア編

#1

土屋智哉(ハイカーズデポ)× 夏目彰(山と道)特別対談
取材/構成/写真:三田正明
2017.11.09
山と道ラボ レインウェア編

#1

土屋智哉(ハイカーズデポ)× 夏目彰(山と道)特別対談
取材/構成/写真:三田正明
2017.11.09

最高の山道具を作るため、日夜、山道具の研究開発に勤しむ山と道ですが、デザイナーである夏目彰個人の能力のみでは、どうしても超えられないハードルに直面することも多い今日この頃…。

そこで、山と道は独自の研究部門「山と道ラボ」を立ち上げ、様々な山道具の徹底的な研究を行っていくことにしました。

まず最初に取り上げるのは、現在、山と道でも新製品を鋭意試作中のレインウェアです。

とくにレインシェルは数ある山道具の中でも花形的ポジションにあり、日夜、様々な技術革新の行われている分野ですが、実はわかっていないことが恐ろしく多いカテゴリーではないでしょうか?

たとえば、ゴアテックスやパーテックスシールド+、eVentやポーラテック・ネオシェルなど各種の防水透湿素材のメカニズム。

撥水性と防水性の関係や、シームテープや止水ファスナーの防水性。

どこまでが「蒸れ」で、どこからが「浸水」の濡れなのか?

そもそも「完全防水」であるはずなのに、なぜ濡れてしまうのか?

1ユーザーとしてもメーカーの情報開示は都合のよい部分に偏り不十分に感じますし、それを報じるアウトドアメディアもメーカーから提供された情報か個人的な体感に頼ってレビューするしかない状況で、レインウェアの「真実」はブラックボックスに閉ざされたままのように感じています。

本格的なリサーチに入る前に、まずは現在のレインウェアを取り巻く状況を俯瞰するため、山道具全般に膨大な知識と経験を持つご存じ「ULの伝道師」ハイカーズデポの土屋智哉さんと山と道の夏目彰で、ざっくばらんに語り合ってみました。

取材は2時間半に及び、17,000字以上の長大なテキストになりましたが、レインウェアについてここまで徹底的に語った日本語のテキストはこれまでなかったのではないでしょうか。

ぜひ、最後までお付き合いいただければ幸いです!

*以下の対談で語られている内容は発言者個人の見解であり、すべてが正しい情報でありません。内容にエクスキューズのある箇所に関しては取材後、『山と道ラボ』研究員や外部有識者によるチェックを行い、註釈を加えています。
 

『山と道ラボ』とは

山道具の機能や構造、性能を解析する、山と道の研究部門です。
アイテムごとに研究員が徹底的なリサーチを行い、そこで得られた知見を山と道の製品開発にフィードバックする他、この『山と道JOURNALS』で積極的に情報共有していくことで、ハイカーそれぞれの山道具に対するリテラシーを高めることを目指します。

取材は鎌倉の山と道FACTORY SHOPで行われた

北アルプスの稜線で使えるレインウェアだけが最高なのか?

ーー今日は山と道ラボでレインウェアを研究していくにあたって、まずは現状のレインウェアを取り巻く様々な状況や疑問点を、土屋さんと対話する中でクリアにできたらと考えています。

土屋 はい。よろしくです!

夏目 よろしくお願いします! まず、僕の方からいま考えていることをお話しすると、レインウェアって、使われる場所や条件によっても選ばれるものは異なってきますけど、そこの整理がわかっていない人も多いと思うんです。森林限界下ですごく暑くて湿気があるときに着るレインウェアとして、いまの透湿防水素材は意外と湿気が抜けないものが多くて蒸れてしまうものも多いじゃないですか。そういう場所ではポンチョとか傘の方が蒸れないし快適ですけど、ポンチョや傘は稜線の上に行ったら機能しないし、稜線の上では極薄のレインウェアは使える/使えないって話もある。そんなふうに、どういう場所でどういうレインウェアが機能するのかってことも整理していきたい。それを踏まえた上で、もちろん各種の透湿防水のメカニズムとか、防水素材の筈なのになぜ濡れてしまうのかとか、いろんな新しい技術や素材もあるけど、それって本当はどうなんだろうとか、みんなが疑問に感じていることや知っているようで知らないことも考えていきたいなって思っています。

土屋 まず、自分がお店っていうユーザーさんと近い場所に長年いる立場でレインウェアについて感じているのが、日本人は究極の一着を求め過ぎってこと。すべての条件で使える一着を幻のように追い求めてる。それって山道具全般にもいえることなんだけど、「あらゆるコンディションで使えるものが素晴らしい」っていう幻想があるんだよね。それってイコール、「いちばんハードなコンディションで使えるものが素晴らしい」っていうことなのよ。「北アルプス幻想」というか、「北アルプスの稜線で使えるものが最高」っていう、そこにすべてが集約している。それをお店もメディアもメーカーも「違うんじゃないの?」っていってこなかったことが大きな問題になってきている。

ーー「ポンチョは北アルプスじゃ使えないからダメ」みたいな価値基準ってことですよね。

土屋 そういう短絡的な価値基準だけで考えてしまうのが残念だなって。日本って、かなり特異な自然環境だってことを考えたほうがいいと思うんだよね。高温多湿で、亜熱帯に近い季節もあるし、一方で冬になるとすごく乾燥して低温になる。地理学者から見ても、日本の環境って狭い地形に凄まじくバリエーションに富んだ環境があって、すごく特殊だって聞いたことがある。そんな環境で使うものだから、日本における山道具は適材適所で選んでいかないと、この先の進化もないんじゃないかな? もしかしたらファブリックとかデザインでコペルニクス的転換があって、オールインワンに使えるものがこの先、生まれるかもしれないけれど。

夏目 安全性っていう意味ではアルプスの稜線で暴風雨に遭っても使えるものが最高かもしれないけれど、それを夏の低山で着たらすごく暑くて着れたものじゃないですからね。

土屋 自分がお客さんに接客するとしたら、まずそのお客さんがワンデイハイクなのか、オーバーナイトハイクなのかってことは大きな基準だね。さらに自分の感覚では、1泊2日から先も違いがあると思っている。これから山を始めるお客さんには、俺は実は雨具を買ってもらうことは重要視してないんですよ。だって日帰りで行動時間2~3時間の山に行くだけなら、雨の日は行かなきゃいいし、雨に降られても、2~3時間の行程ならそれ以下の時間で安全地帯に帰って来れるということになる。それが1泊2日になると安全地帯までより時間がかかる場合があるし、さらに1泊2日になると遠距離になるから、プロテクションももっと必要になる。ようは安全地帯までの距離と時間が長いか短いかだよね。だから、俺がお客さんとの話で重要視してるのは、その人がどういう場所に行きたいかってこと。その雨具をどこで使うのか? 無雪期か、積雪期か、樹林帯か、森林限界の上なのかってことで考えていくのがお客さんや読者さん的にも腑に落ちるんじゃないかな。

土屋智哉さん。取材終了後は深夜まで鎌倉で痛飲。

蒸し暑い樹林帯では透湿の動きが起きない!?

土屋 で、俺は無雪期の樹林帯のなかは、ぶっちゃけなんでもいいと思っている。いまの多くの防水透湿素材って、ウェアの内側と外側の水蒸気圧の差で、内側の水蒸気圧が高まるから湿気が押し出されるってのが基本的なメカニズムだと俺は認識してるんだけど、温度と湿度の高い樹林帯でウェアの外側も高温多湿だと湿気が外に出ていかないんだよね。それぞれの防水透湿素材によって多少メカニズムは違うけど。

ーー夏の蒸し暑い樹林帯だと、ウェアの内と外で水蒸気圧が変わらなくなって、湿気の動きが起きなくなる?

土屋 そうそうそう。

夏目 ゴアテックスに代表される大多数のレインウェアで使われている防水透湿素材は、実は日本の樹林帯では意外と不向きなんですよ。

土屋 それを誰も言ってないんだよね。もちろん、温暖湿潤な樹林帯でも無意味ではないけど。だから、樹林帯なら傘とかポンチョとか、物理的な換気を行えるものの方が実は良い。

ーー現状の防水透湿素材で比較的そこに強いのはなんですか?

土屋 eVentとかパーテックスDVとかネオシェルかな。

夏目 eVentとかは水蒸気圧で湿気を押し出すって形じゃない透湿のメカニズムを使っているんですよ。

土屋 ようは通気が起こっている。ゴアテックス系の透湿素材ってウェアの内と外で水蒸気圧の差、湿度の差によって湿気が外に押し出されているだけで、そこに空気の流れは起きていない。でも通気が起きているのがeVentとかパーテックスDVとかネオシェル。だから樹林帯では通気性のある素材の方がいいだろうし、そうじゃなければピットジップとかで換気できるものかポンチョの方がいい。

ーーゴアテックスには透湿性はあるけど通気性はない?

土屋 そうだと思う(編注:ゴアテックスの素材であるPTFEメンブレン自体には通気性はあるが、内側にコーティングを施しているゴアテックスの場合、コーティングによって通気が妨げられていると考えられる)
 
夏目 あと、ゴアテックス系のテクノロジーを使った防水透湿素材はウェアの内側と外側の気温と水蒸気圧の差がなくなると透湿の動きも起こらなくなる可能性もあるんですよ。冬はウェア内外の気温差が生まれやすいから、ゴアテックス系の透湿素材の機能がすごく発揮されるんですけど。

土屋 夏の樹林帯の気温で考えると、雨具着ると暑いからあまり着たくないよね。雨に降られているのに前のファスナー全開で歩いている人とかフードをかぶっていない人とかもいるじゃん。「それじゃ何の意味もないよ」って思うけど、俺もやることある(笑)。俺は夏の奥多摩奥秩父だったら、雨が降ってても傘とポンチョでなんとかしていることが多いんだよね。傘ラクだし、これで充分、足りるって感覚があるわけ。

取材時に持参していただいた土屋さんの私物レインウェア#1 インテグラルデザイン・シルケープ。
透湿性のないシルナイロン製だが、通気性の高いケープ(ポンチョ)型なので問題ない。

夏目 傘やポンチョの方が気持ちいいですしね。

土屋 夏目さんは、雨具に関しては俺よりかなりULなものを使っていると思うんだ。俺は比較的ポンチョ以外は雨具をちょっとヘビーにしているんだけど、それは雨具を防寒着的な意味でも捉えているかどうかなんだと思う。一昨年、奥多摩から立山まで歩いたとき(編注:2015年の夏に奥多摩の雲取山から奥秩父~清里~八ヶ岳~松本~北アルプス~立山(雄山)まで全18日間かけて歩いた「中央ハイトレイル」ハイキングのこと。詳細はTRAIL CULTURAL WEB MAGAZINE TRAILSで読むことができる)も、俺はアクシーズクインのアメノヒで行ったわけ。なんとかなるなって思ったし、実際なったんだけど、同じトレイルを歩くとしても秋口とかで気温が低くなってくるなら、同じ選択肢は取れない。やっぱりスーツになる。

夏目 下からの巻き込みもありますしね。

土屋 それに下半身が冷える。自分はレインパンツを履くか履かないかの瀬戸際って、足の大きな筋肉が冷えるとマジで動かなくなるから、濡らさないためというより、冷やさないため。ぶっちゃけいつも短パンで歩いているから、足なんか濡れても拭けばいんだよ。それでも履くとしたら、自分の場合は風対策。だから山に行くとき、どこでレインウェアを選んでいるかといえば、気温が低いか、風が強いかどうか。つまり濡れよりも冷えにどう対応するかで選んでいる。

土屋さんの私物レインウェア#2 アクシーズクイン・アメノヒ2.5 
アノラックとポンチョをハイブリッドした形状の独創的レインウェア。2.5レイヤーのパーテックスシールド+を使用。212g(Lサイズ)だが、行動着にショーツを使用し、レインパンツを携行しないなら装備の軽量化を図れる。

ウェア内部が蒸れないと透湿も起きない

夏目 僕もレインウェアに関して考えるべきポイントの中で、透湿性、防水性は大前提としても、冷えの問題は大きいと思います。それは防風性はもちろんだけど、通気性がないと湿気が抜けなくて汗冷えするということでもある。それに快適性も高い方がいい。でも、これって全部繋がってくる話なんだけど。

土屋 快適性の問題で大きいのは裏地の問題だよね。お店っていう現場から見て、いまのお客さんがレインウェアの何をいちばん気にしているかというと、透湿性能。つまり、どれがいちばん蒸れないのかってこと。でも、透湿性を本当に理解している人はごくごく少ない。蒸れるか蒸れないかを考えると、3レイヤーか2レイヤーかって問題になって、つまり裏地があるのかないのかって話。お客さんに、「これは2レイヤーだから裏地がなくてプリントドットだけです。こっちの3レイヤーは裏地があります。触ってみたら、どっちの方が快適に感じますか? 蒸れなさそうですか?」って聞くと、当然2レイヤーはペタペタして肌につきそうだし、透湿性も3レイヤーの方がよさそうっていうんだけど、実はカタログ上の透湿の数値は一緒なんだよね(編注:メンブレンを表地と裏地で挟んだものを3レイヤー、表地+メンブレンで裏地のないものが2レイヤーです。2レイヤーのメンブレン裏にプリントドットを施し、肌触りを向上したものを2.5レイヤーといい、土屋さんが上げた例は実際には2.5レイヤーであると考えられます)。ラボで試験して透湿性のデータを出したら違いはあるだろうけれど、実用上の透湿の数値の差は出ないはずなのよ。要は使っているメンブレンが一緒なら透湿の数値は一緒のはずで。

ーー2レイヤーのゴアテックス・パックライトだろうが3レイヤーのゴアテックスC-Knitだろうと変わらないと?

土屋 そう(編注:メンブレン単体の透湿性はレイヤーに関わらず同じですが、生地全体としては2レイヤーと3レイヤーでカタログ上の透湿数値が異なることもあります。3レイヤーの方が透湿性が高いという説もありますが、同素材で2レイヤーの方が透湿性が高いものもあります)。あと、透湿性能で重要になってくるのは、透湿にかかる時間。同じ量の湿気を1秒で透湿する素材と1時間で透湿する素材があるとしたら、透湿量は同じだとしても体感的にはぜんぜん違うじゃない? これもお客さんによく言うんだけど、実は透湿ってすぐには起きないんだよね。

ーーえ?

土屋 すぐ起きる防水透湿素材もあるけど、まずウェア内部が蒸れて水蒸気圧が上がるって段階を経ないと透湿が始まらない素材が多いんだよ。

ーーなんですか!? 知らなかった…。

土屋 パーテックスDVとかeVentとかネオシェルが優れているのは、蒸れるって動作が起こる前から透湿がスタートしていることなんだよね。だから「ダイレクト・べンディング」って言い方をしてるわけ。でも多くの防水透湿素材は基本的にウェアの中がまず1回蒸れないと透湿も起こらない。ウェアの内と外で気圧差が生まれないから。

ーーそうだったんだ!

夏目 それがこのグラフの数値に出てるんですよ(下記のグラフ。縦軸が透湿量で横軸がそれにかかった時間)。eVentは常に一定で透湿しているけど、ゴアテックスは湿度が上がると共に透湿量が上がっていく。

土屋 そうなんだよね。でも1時間で見た場合はeVentやネオシェルも、ゴアテックスも、透湿の数値は一緒なわけ。でも、1時間連続して透湿してくれるものと、最初の40分は蒸れて最後の20分に透湿してくれるものがあったとすると(編注:あくまで仮定の話でゴアテックス等が実際に40分後に透湿が始まるわけではありません)その1時間に着て感じる蒸れ感はぜんぜん違うじゃん? 

夏目 ようはずっと蒸れてるんですよね。

土屋 そう!

夏目 蒸れてないと透湿もしない。

ーーじゃあ、ある程度の蒸れが透湿に必要なんだ。

土屋 そうなんです。でも、これが理解されていなくて。

ーー自分もまったく知らなかったです。蒸れないために透湿するのに、透湿するためには蒸れが必要だなんて、衝撃的な真実(笑)。

土屋 自分たちはファブリックのプロじゃないから、これはあくまで頭で考えた推測なんだけど、大筋では間違っていないとは思っている。で、たとえばメンブレンが透湿をスタートする前の40分間、ウェアの内側が蒸れているときに、湿気を閉じ込めておける控え室があればいいじゃない?

夏目 それが3層目なんですよね。

土屋 そう!

ーーなるほど~!

土屋 だから、俺はお客さんには「3層目は湿気の控え室なんです」って言い方をしてるわけ。もしくはライブ会場のロビーかな? 透湿がスタートする前、開演を待っているお客さんたちがたむろしている場所が3層目っていうロビーなんですよ。ロビーがなかったらお客さんはホールの周りに溢れるでしょ? そうなっているのが2レイヤーってこと。つまり、裏地は透湿が始まるまでのバッファーなんだけど、2レイヤーでも3レイヤーでも、スペック的には透湿性の数値は一緒なはずなわけ。なのに着心地が違うのはその部分。

ーーじゃあゴアテックスC-knitとかはより湿気を吸ってくれるってことなんですか?

土屋 そう。従来の3層目はウーブン(織物)だったけど、そこをニット(編物)にすれば網目のポケットが大きいから、より湿気をそこにキャッチして吸ってくれる。さらに三層目の透湿性もニットにすることで、ウーブンより抜けるようになるよねっていう。

夏目 快適性って、裏地に水分がくっつていたりすると、濡れてるじゃんって思ったり、不快に感じたりする。それを3層目の生地が吸ってくれているとサラサラして気持ちいいんだけど、実は蒸れ感は一緒かもしれない。

ーー3レイヤーのアドバンテージって、2レイヤーに比べたら耐風性が高いとか肌触りがよいことだとは思ってたんですけど、そういう理屈だったんですね。

夏目の私物レインウェア、バーグハウス・ヴェイパーライトハイパーシェルスモック2.0。2.5レイヤーのハイドロシェルを使用。重量わずか75gは、現時点で世界最軽量のレインジャケットか? 現在は残念ながら廃盤。

夏目 その2レイヤーか3レイヤーかって話になった時に、僕はバーグハウスのヴェイパーライトハイパースモック2.0っていう75gの極薄のレインウェアを北アルプスの強風下でも着ているんですよ。なぜそれができているかといえば、3層目をレイヤリングでカバーしようとしているから。

土屋 そう!

夏目 ようはちょっと厚手のものを単体で着るよりも、3層目が土屋さんに解説していただいたようなものであるならば、中に着るものでカバーした方がよりいいんじゃないかなって。ベースレイヤーは化繊だと冷える可能性が高いからメリノウールを着て、中間着には肌触りのいいウインドシャツとかを着て、その上に着る。

土屋 俺は面倒だから3レイヤーのレインウェアを選びがちなんだけど、3層目を別の服に代替させるって方法は2レイヤーの服を着る時にすごく有効だと思う。女性のお客さんなら「どうせ夏でも日焼け嫌だから長袖着てません? そうすると2レイヤーでもペタペタしないですよ」とか、「アームウォーマーをつければそこが一回吸ってくれるから、2層でもペタペタしにくいですよ」とか。

︎身体を冷やさないレイヤリング

土屋 さっき夏目さんが「ベースレイヤーは化繊だと冷える可能性が高い」って言ったけど、その話を少し補足すると、「化繊は乾きが早い」ってよく言われるじゃない? でも、上にレインウェア着ちゃったら乾かないんだよね。化繊の服が乾きが早いのって、生地が吸った水分が生地の中で拡散されて、空気に触れる面積が大きくなって面積あたりの保水量が少なくなって、どんどん空気中に放出されるから。でも、上に雨具を着ると、空気には触れるけど少ないから、乾きも遅くなる。一方でここ数年、ベースレイヤーにメリノウールが復権してきていて、山と道もウールがどれだけすごいのかってことをオンラインショップで言っているけれど、ウールのいちばんの特性って、濡れても水分を繊維の中に保水するから、保温力が落ちないことだよね。化繊に比べれば乾きは遅いけど、早く乾くってことは、そのぶん気化熱で暖かさも奪っていくから冷えもする。体温の維持を考えたら、濡れてもある程度暖かくて、徐々にゆっくり乾くものを着ていた方が体温は逃げない。雨具の下に化繊を着てると低体温になるかもっていうのはそういうことなんだよね。で、濡れても保温力がさほど低下しない素材となると、やっぱり現状だとウールがベター。だから俺もいまベースレイヤーは基本メリノを着ている。

夏目 冷えの問題については、自分はレインジャケットを厚手にするよりベースレイヤーをメリノにする方が安全だと思っています。そういえば、最近生地が極薄の3レイヤーのジャケットもあるじゃないですか? 薄い3層目って効果あるのかな?

土屋 それって結局「ロビーが狭い」ってことだからね。3層か2層かって比較で考えたら、どんなに小さくてもバッファーがあった方が快適だろうとは思うけど。100人お客さんがいるとして、従来だったら100人収容できる裏地があったけど、これだけ薄くなると、50人しか入らない。でも、まったく入らない2層と比べたら、少なくとも50人は入るぶんはマシなのかもしれないけど。

ーーひと昔前なら2レイヤーか2.5レイヤーだった重量帯の製品がどんどん3レイヤー化してるのが現在の軽量レインウェアのトレンドだと思うんですけど、それが現実的にどこまで3レイヤーの恩恵がある製品かどうかはまだ未知数というか。

夏目 さっき、「ある程度湿気ないと透湿もしない」って話をしたけど、3層目があることによって綺麗に水分が出て行くってことはあるかもしれないですね。

撥水性の重要性

夏目 ここまで防水透湿メンブレンとレイヤーについて話してきたけど、レインウェアには1層目の撥水性能も重要ですよね。

ーーでも、撥水性能は使っていればどんどん落ちるものですよね?

土屋 撥水性は基本的に後付けの機能だからね。ナイロンの生糸を織る工場があって、それを他の工場で染色したり、何かをラミネートして、最後に表面に撥水処理を施すじゃない? 撥水の素材にはアクリルとかポリウレタンとかシリコンがあるけど、表面が擦れることで絶対に落ちるんだよね。みんなレインウェアをある程度着てると濡れるようになったっていうけど、それはほとんどの場合、撥水機能が落ちているだけなんだよね。

ーー防水透湿素材のメンブレンがダメになったわけじゃない。

土屋 ナイロンはもともと水を吸いやすい素材なんで、1層目の撥水処理が落ちると、2層目のメンブレンの上に水の層を着ている状態になる。そうなると、メンブレンの上に水の層がブロックしちゃってるから、本来の透湿性能を発揮できなくなるし、最悪、逆流してくる場合もある。防水透湿素材って裏表があるわけじゃないし、逆止弁が着いているわけでもないからね。ウェアの外より内が乾燥していたら、外部の水蒸気圧が上がると湿気が外からウェアの内に入ってくることも考えられるわけですよ。だから、とにかく1層目の撥水機能をキープしておくことはすごく重要(編注:生地の外部から内部への透湿が起こるという意味の逆流はあり得ます。ただし、撥水性が落ちた状態では生地表面が水に覆われており透湿メカニズムがブロックされるので、内部→外部、外部→内部、いずれもゴム引きコートと同じ状態で透湿しなくなると思われます)

夏目 撥水スプレーとかでこまめに撥水処理をするってのも重要だけど、乾燥機にかけると撥水力って回復するじゃないですか?

土屋 熱をかけると撥水加工が回復するんだよね。でも、そのへんは俺も又聞きの又聞きみたいな感じだから、詳しい理屈はよく分からない。撥水スプレーのメーカーさんも全部は教えてくれないし、代理店の人も理解していない場合があるわけ。こっちはどういうメカニズムかを聞いてそれをお客さんに伝えたいんだけど、通り一遍の答えしか返ってこないことが多い。ニキワックスなんか中の成分すら完全極秘で出していないからね。

夏目 でも、ニキワックスは効きますよね。

土屋 ワックス塗ってるみたいに効く。でも、なんで効いてるのか全然わからない。

夏目 あと、よく言われてるのが洗濯機で洗って汚れを落とした方がいいっていうけど、あれは熱をかけるだけでいいんすかね? 

土屋 生地そのものの汚れを落とすことは何においても重要なんじゃないかな。俺もお客さんには基本的に毎回洗ってくれとは言っている。やっぱり泥汚れとか油汚れとか、いろんな汚れが付いた上に撥水処理しても意味がないから。

夏目 だから、本当は毎回洗濯して乾燥機にかけるのがいいはずなんですけど、そこで問題になってくるのがシームテープですね。

土屋 撥水からシームテープに話を繋げるとは、いいとこ持ってきたね(笑)。

シームテープ問題

夏目 ゴアテックス製品は使ったら洗濯して乾燥機にかけてくださいって書いてあるけど、他のとこは言ってないのが多いんですよ。

土屋 パーテックスもネオシェルも「乾燥機の使用はお避けください」って書いてある。

夏目 それが何故かって、僕はシームテープだと思うんです。

土屋 メンブレンは大丈夫だけど、シームテープが剥がれちゃう?

夏目 たぶん、高温に耐えきれない。

土屋 接着剤で貼ってるからね。

夏目 だからゴアテックスの優位性って、シームテープの耐久性にあるのかなって。

土屋 ゴアテックスが乾燥機OKにしてるのはシームテープが剥がれないからってこと?

夏目 僕はそういう風に理解しています。

土屋 だから山と道で試作中のレインウェアはシームテープを使わないで超音波圧着してるんだ?

夏目 圧着ではなく、超音波溶着です。生地を溶かしながら溶着しているので、従来の縫製よりも防水性は高くなるのですが、生地と生地の溶着部分が弱いので、補強目的を兼ねてシームテープを貼っています。僕らは従来の縫製した生地と超音波溶着した生地にそれぞれシームテープを貼ったつなぎ目の防水検査をしたことがあるのですが、実はテープの防水性って高くないんですよ。洗濯を何回もすることによってシームテープの接着箇所の防水性が失われて、限りなくゼロになっていく。

ーーへ~!

土屋 そうなんだ。そこは俺は考えてなかったな。

夏目 だから、レインウェアを着ているのにずぶ濡れになっちゃうのって、縫製箇所から水が入ってきていることもあると思うんですよ。なら縫製箇所が少ない方が濡れにくいってなるし、シームテープが剥がれたりそこから水が入ってくる問題も、雨が入りやすい場所に縫製箇所がなければ入ってきにくくなる。そうなると、パターンやデザインも重要になってきますよね。

現在、山と道で試作中のレインウェア。ファスナーなしのアノラック型で、超音波溶着技術で縫い目を極力減らしている。が、完成形がどのようになるかはまだ未定。

どこからウェア内部に水が入ってくるのか?

夏目 僕が濡れることとデザインの関係を意識した最初って、モンテインのスペクタースモックってあったじゃないですか? ジッパーのない革新的なデザインだったけど、あれって顔についた水が垂れて首の織り目の場所に滑り台みたい垂れてきて、胸の部分が濡れてしまう問題があったんです。防水性とか撥水性ではなくて、デザインの問題で濡れてしまう。

ーー確かにあれは革新的デザインだったけど、すぐに廃番になっちゃいましたよね。

土屋 「どこから水が入ってくるか?」って問題だよね。レインウェアって、やっぱり完全密封じゃないからね。よく言われるのは袖口。夏用のレインウェアって袖口にベルクロ付けてないのが多いじゃない? これってある意味、そこから水が浸入するのを諦めてるってことだと思うんだけど、ベルクロつけたら入ってこないかって言ったら、そういうことでもないんだよね。本当に防ぎたいなら結局ドライスーツみたいにガスケットつけるしかない。

夏目 袖口に保水しやすいジャージ素材が貼ってあるものもあるじゃないですか。あれってあそこで水を含むのがいいのか、よくないのか、どっちなんだろう?

土屋 ティートンブロスのツルギジャケットも最初のモデルはそれだったんだよ。でも、やっぱり保水しちゃうから今のは変えたんだけど、結局肌から水は伝わってくるからね。だから俺は何をしてもそこからは濡れてくるもんなんだって、諦めちゃったんだけど。

土屋さんの私物レインウェア#3 ティートンブロス ツルギライトジャケット
ポーラテックネオシェルを使用し、260g(Mサイズ)。土屋さんは主に冬季使用だとか。

ーー袖口から水が入ってくるのはどういうメカニズムなんでしょう?

土屋 俺が思ってるのは、たぶんトレッキングポールを使っているから。トレッキングポールで腕を上げるとき、濡れた手から水が入ってくる。やっぱり肌を伝って入ってくるのがいちばんでかいと思う。

夏目 そこは手袋である程度対応できますけどね。

土屋 完璧ではないけどね。そうなると、結局手袋と一体型かって話になってくる。

ーー濡れないこと考えたら理想だけど、利便性考えたらどうなんだろうってなりますよね。

夏目 あとファスナーからも入ってきますよね。いくら止水ファスナーって言っても結局ガードでしかないから、じわじわと入ってくる。

土屋 「止水」って言ってるから入ってこないような気がしてるけど、やっぱり入ってくるんだよね。止水ファスナーを採用したことでファスナーにフラップを着けないようになって、軽くなるし製造工程がひとつ省けるっていう利点もあるんだろうけど。昔のは二重になってるフラップって多かったし、フラップにも水が入らないように折り返しがついるのもあった。スペクタースモックはウチの店でも押してたし、自分でも使っていたけど、俺があれいいなって思ったのは止水ファスナーを使ってないことだったの。

夏目 僕も思いました。

土屋 やっぱりファスナーから水が入るから、ベルクロで面で止めてさらに生地を折り返すって、手間はかかるけどこっちの方がいいんじゃね? って。だけどさっき夏目さんが言ったように、そこから水が入るんだよね。

ひさしの重要性

ーースペクタースモックの問題って、つまりフードや顔の部分から水が入ってくるのをどう防ぐかってことですよね?

土屋 フードは、俺はいまはやっぱりひさしがないとダメだと思ってる。

夏目 そう! ひさしが重要なんですよ!

土屋 軽いってことに関しては正解かもしれないけど、濡れないってことに関しては、ひさしなしはダメだよね。ひさしなしだとキャップと併用しなくちゃならないけど、キャップを使ってもキャップが濡れるから、そこから垂れて入ってくる。

夏目 ひさしがないと頭頂部から垂れてきた雨が開口部から回り込んで入ってくるんですよね。

土屋 個人的には雨具にはひさしが絶対必要っていうのが個人的な見解。付けない場合は軽さに振ってるんだから、フードから雨が入ってくるのは我慢してくださいとしか言えない案件。もちろんフードのカッティングとかもあるだろうけれど、ひさしはフードからの浸水をいちばん大きく左右する。

ーーフードの開口部って、やっぱり顔にぴったり沿っているのがいいんでしょうか?

夏目 それも大事だけど、それ以前にやっぱり水は上から来るんですよ。頭の上半分に当たった雨を、極力弾いてあげることが大事。

土屋 傘さしてても横から吹き込んできたら防ぎようがないじゃん。それと同じで、完全に顔を覆えればいいけど、それはできないとなると、肌が濡れたら絶対そこから伝って入ってくるんだよね。それを止めたかったら結局首のとこにガスケットをつけるしかない。

夏目 首にバンダナとか手ぬぐいとか巻くのも有効ですよね。そこで保水してくい止める。

土屋 究極的にはフルドライスーツ着るかって話になると思うのよ。でも、それって山の雨具としては現実的ではないよね。山の雨具っていう着地点にたどり着くには、完全防水は無理。だから、俺の中では肘から先と顔周りっていうのは、そこからの浸水をゼロにはできないと思ってる。

ーーフードはいちばん上に大きな穴が開いてるわけで、そこから入るのは当然ですよね。

夏目 バラクラバみたいに極力開口部が小さくなってるのが理想なのかな?

対談時に持ち寄られたレインウェアの数々。

土屋 そういえば昔、アクシーズクインがフードにガッチャマンのゴーグルみたいな透明な長いひさしを着けたのがあったな。ひさしが大きくて深ければ雨は防げるじゃん。だから透明なビニール素材にして。

ーーありましたね。あれは考えましたね。いまはもうないけど。

土屋 あれは結構衝撃的だった。馬鹿なこと考えるなーって思ったけど(笑)、ありかもって。でも、透明素材って紫外線で黄色く変色したり、劣化が早いんだよね。

夏目 ひさしが大きいと風を受けやすくもなりますからね。まあ、結局は胸が濡れちゃうのが問題なんで、首のあたりで保水して堰き止めるしかないのかな? もしくは水をどこかから逃がすか?

土屋 それは新しい発想だね。

夏目 試作中の山と道のレインウェアで、最初は半ファスナーつきのアノラック型を考えていたんですけど、ファスナーのいちばん下の部分を外に出せばファスナーを伝った水が外に出て行くんじゃないかなって考えたり。結局、いまはファスナーもなくしてしまったんですけど。

土屋 ツェルトを使っているとよくわかるけど、結局、水って糸を伝って入って来てるんだよね。糸自体は結局ナイロンだろうが何だろうが水を吸っちゃうからさ。ファイントラックのツェルトも、天頂部の糸を伝わってきた水がテープのとこからポタポタ落ちてくるってわけで、どこから漏水するかって言ったら、結局、縫い目なんだ。なおかつそれを食い止めるシームテープは効かないってことになってくると、衣類として絶対にできる縫い目をどこに配置するのかがデザイン上とかパターン上の問題になってくるよね。雨が直接強く当たる部分には縫い目そのものを持ってこない。縫い目は内側だけにするとか。

夏目 そうですね。いま山と道で試作中のも縫い目は全部脇の下に来るようなパターンにしています。

土屋 現状ではそれが理想的かもね。それこそポンチョの新しい形って言えるのかもしれないし。そういえば、いまニットでホールガーメントってあるじゃない? 編み機で一着まるまる立体的に編み上げる製法だけど、そのうちホールガーメントで織物もできるようになるのかな?

夏目 できるようになるんじゃないですか? 3Dプリンターの感覚で。

土屋 だったらすごいよね。もう縫い目ゼロ。そういうことが次の革新に繋がっていくんじゃないかな?

レインウェア内部も結露する?

夏目 あと濡れに関して、よくレインジャケットを脱いだら全部濡れているって状況あるじゃないですか? あれってどういう状況なんですかね?

ーーメンブレン自体は水を通さないはずですからね。

土屋 基本的に、それって表のナイロン生地の撥水性能が使っているうちに弱くなったときに起こると思うんだよね。で、一層目のナイロン生地が保水して、湿気を逆流させてるんじゃないかな? あと、よくあるパターンとしては蒸れて汗で濡れてるってのも考えられるし、汗じゃなくて結露で濡れている場合もあると思う。

夏目 なるほど結露か~。

土屋 ずぶ濡れになっているときの状況って、外は雨降ってるから気温は低くて、風も当たってるからレインウェアの表面は冷えている状態。でも、衣類の中は身体っていう熱源があるから、動いていれば水蒸気圧も高まるし、外よりは当然、暖かい状態。それって結露が起こる状況だよね。

ーーたしかにテントとかビビィの中が結露するのにレインウェアの中が結露しないわけないですよね。でもそれは考えたことなかった。

土屋 結露は物理現象だからね。だから雨具の中が濡れてしまう現象っていうのは、汗、結露、浸水っていう三つの状況が考えられるんじゃないかなって。

夏目 1層目が濡れてしまうっていうのはやっぱり大きいでしょうけどね。

土屋 内側から濡れる理由に発汗と結露があるとしたら、両方とも抑えることはできないよね。現状だとこれまで話ししてきたように3レイヤーにして3層目に吸わせるか、レイヤリングでなんとかするしかない。

ベンチレーターの新しいデザイン

ーー続いてのトピックとして、さっき温暖湿潤な樹林帯で重要性が指摘された「換気」を取り上げたいんですけど、ちょっと前までは脇の下にピットジップがついているジャケットって多かったけど、最近は減ってきた印象がありますね。eVentとかプロシェルみたいに通気性の高い素材が増えてきたり、ゴアテックスもC-knitで蒸れ感を抑えられるようになったということもあるんでしょうけど。

夏目 ピットジップ以外で、換気口の新しいデザインをしているメーカーさんってあるんですかね?

ーー土屋さんが日本のマーモットと一緒にRe:LIGHT PACKINGというラインで作ったゼロペネトレイトジャケットとかかな?

土屋 ゼロペネトレイトジャケットは、ものづくりのスタンスとして正解を追い求めて作ったというより、マーモットという毎年毎年新しいものを出すことが至上命題のマスプロメーカーで、実験的に作ったという側面もあるんだけど、ピットジップ以外に換気の方法はないのかって考えたときに、アウトドアリサーチのヘリウムジャケット以降みんなやってる脇の下にベント穴を開けるって方法もあるけど、身体の前面にベントを付けたらどうかと思ったのね。要は前身頃にポケットを兼ねたフラップ付きのベント穴を設けたんだけど。でも、前身頃のベントが果たしていい場所かどうかってのは、正直、そこまでの検証はしていません。デザイナーさんは山でもテストしてみて、入ってこないとは言ってるけど、結局、換気口を作っちゃうとさ、雨が入る口を作っているのと一緒だからさ。雨が酷くなればなるほど、絶対に回り込みは起こるはずなんだよ。作ったものを否定するのもなんだけど。でも、ピットジップはファスナーで重量が嵩むとか動きが制限されるって問題もあるから、ひとつの提案としてやってみた。

ーー毛細管現象とかも起こりますからね。

土屋 そう。それにフラップが常に開いてるかどうかもわからないから、効率的な換気を起こしたいならテントの換気口みたいにワイヤーを入れて常時開いている状態とかにしないといけない。

夏目 ガンダムっぽくなりそうですね(笑)。

土屋 でも、それって衣類の正しい進化といえるのかっていうと違うだろうからさ。もしかすると解決策は作れるのかもしれないけど。他のメーカーさんがやっていることで自分が見ている範囲だと、一時期マウンテンハードウェアが脇の下だけソフトシェルみたいなニット素材を張ってジップで開けなくても脇の下の換気ができますよってのがあったな。

︎注目の新素材 ゴアテックス・アクティブ・シェイクドライとは?

夏目 あと、いま防水透湿素材も新しいのがガンガン出てきてるじゃないですか。

土屋 もう、わけわかんないよね。

ーーいま一番話題の最新素材でいうとゴアテックス・アクティブ・シェイクドライですかね?

土屋 去年の夏以降、テストを頼まれてシェイクドライを使ったアークテリクスのノーヴァンSLフーディを何度か使っているけど、表面の撥水力はめちゃくちゃ凄いし、撥水も落ちにくい。それはなぜかというと、これは1層目にゴアテックスのメンブレンが出ている状態で、メンブレンってフッ素樹脂膜なんだよね。フッ素樹脂って撥水スプレーの成分だから、それがむき出しってことは素材そのものが撥水するんだから、強いに決まってるじゃん。

ゴアテックス・アクティブ・シェイクドライを採用したアークテリクスのノーヴァンSLフーディは125g。

ーーこれは3層とか2層って話になると、2レイヤーになるんですか? 

土屋 表面生地がないから2レイヤーってことになるのかな? でもそういう話って、ゴアテックスに聞けないんだよ。しかも俺が聞けるのってアークの代理店の人だから、答えが返ってこない。テストのレポートとして、俺もアークに対して質問状を出したの。そしたら「わからない」っていう回答で。あとシェイクドライに関しては現状だとメーカーさんはどこも「ランニングとかのエンデュランススポーツで使ってください」っていう言い方なんだよね。当然、生地強度はないですよって話。ただ、ナイロンにフッ素加工(撥水加工)したものは、ザックのスレとか物理的な摩擦によって撥水が取れるじゃない? でも、そもそもがフッ素の塊なら、摩擦で撥水性能が落ちることがなければそれはいいなって。あと生地強度の問題も、ハイキングの定義をトレイル上で行うものと規定するならば、そんなに雨具をハードに使うコンディションてないじゃん? 意外といけるんじゃないかな。

夏目 でも、ナイロンってそれなりに糸強いけど、これって表面が糸ではないですよね。だから表生地としてのそもそもの素材強度は、ナイロンよりは低いと思うんですよ。それが擦れると一番上のフィルム層がどれだけ痛むのか? そこにヒビが入ったりすることでの性能低下はないのかなってのは気になりますよね。あと、ノーヴァンSLジャケットで意外だったのが、止水ファスナーを使っていないこと。ビスロンファスナーって止水性ありましたっけ?

土屋 ないない。これっておそらくなんだけど、ゴアテックス・シェイクドライってくくりに関しては、基本的にはゴア社側の意向として「ハードシェルではない」という打ち出し方なんだと思うんだよね。あくまで完全防水ウェアではないっていう、そのためのエクスキューズなんじゃないかな? 止水ファスナーにしてしまうと雨具と勘違いする人が出てくるから、雨具と認識させないための方便だと思います(編注:アークテリクスのノーヴァンSLフーディにはWaterTightという名称の止水ファスナーが採用されています。一般的な止水ファスナーと見た目が違うため、取材時は双方とも勘違いしていました。2017年11月15日追記)

ーーゴアテックス・シェイクドライって話だけ聞くと夢のテクノロジーって気がしてましたけど。ゴアテックスのベーシックがこれになったら革命的ですよね。

土屋 だよね。でも、アークの代理店のアメヤスポーツさんもこれをどう扱っていいのかわからなかったみたいなんだよね。で、いくつかの店舗とかガイドさんにテストして感想をもらいたいというので俺のとこに回ってきたの。いま、自分が使っている範囲で把握できていることは、表面の撥水性能がほぼほぼ落ちないということと撥水の弾きかたもすごくいいので、そうすると浸水経路がひとつ減らせるってこと。

ーーさっきも撥水性の問題でさんざん語ってきたけど、それは大きなアドバンテージですよね。でも、それがまだゴアテックスのメインになってこないっていうのは…

夏目 やっぱり強度と耐久性なのかな? 

レインウェアを着る意味は低体温症対策

ーートピックも出揃ってきたので、そろそろまとめに入りたいと思います。ここまでの話を総合すると、レインウェアに求められる最重要な機能って、実は体を濡らさないことよりも寒さ対策ですよね? レインウェアって多くの人は体を濡らしたくないから着るものだと思っているけれど、本当は低体温症にならないために着るものなのかなって。

土屋 そうそう。そこの理解は増やしていかないといけないよね。あと、もうひとつ今日の話で結論が出たとするなたば、「水が入ってくる経路はたくさんあるし、現状でそれを完璧に防ぐことはできないんだから、絶対濡れない雨具はないんじゃないか?」っていうことだと思うんだ。

ーー濡れないことを目指してはいるけれど現状ではそうなっていない。

土屋 じゃあ、なんで濡れたくないのかって考えると、身体が濡れると低体温症になる可能性が非常に高いから。水って伝導性が高いから乾くときにも熱が奪われるし、濡れている状況でもどんどん水の方に熱が奪われるから、濡れているだけで低体温症になる可能性がある。それをいかに防ぐかっていうことだよね。

夏目 一方で、標高1,000m前後の低山のハイキングだったら、それがテントを持ってのハイキングでも、レインパンツを持っていかないこともありますよね。なぜかというと、そのシチュエーションでは低体温症になる可能性が低いから。

土屋 さっき、標高によってレインパンツを持っていく/いかないって話もあったけども、濡れても拭けばなんとかなる範囲なのか、それとも足が雨風で冷えてつりそうになる状況なのかっていうのは分岐点かもね。

ーー一瞬で冷えて動けなくなるような時もありますからね。

土屋 ある。

夏目 雨で強風が吹いた時の体感気温の下がり方って恐ろしいものがありますからね。

土屋 そんなときに足が動けなくなったらマジで危険だからね。雨具にはまず防水性が求められるけど、なぜ濡らしたくないかというと、低体温症にならないため。雨具単体ではなくて着合わせの問題とかも今日議論したけど、なんでその話になるかといえば、ある程度濡れたとしても低体温症にならないための対策ってことじゃない。だから、山と道ラボでもその本質的な部分、雨具に何を求めるのかといえば低体温症を防ぐことだってことは、ちゃんと伝えていってほしいな。

取材後は夏目のガイドにより鎌倉飲み屋ツアーに旅立ったふたりであった…

夏目 その上で雨の中でも快適に気持ち良くハイキングできるものが欲しいし、作りたいんですよね。

土屋 そうだね。俺なんかは店でモノを売る立場の人間だけど、モノを作ってる人間が現状のもので満足したら意味ないもんね。もっといいものがあるはずだって思えてないと。

ーーたしかに、低体温症にならないためだけに着るなら、レインウェアに求められる技術的ハードルってすごく低くなると思うんです。フロッグトロッグとかカッパメイトみたいな使い捨てに近いものでも最低限は機能してくれると思うし。もし、そこに満足できないとしたら、いかに雨の中でも気持ち良く行動できるかどうかですよね。

夏目 素材だけはどんどん進化しているけれど、デザインはどこも安全パイなものが多くて、意外とそんなに進化していないなっていうのが、僕としては面白くないなって思っていて。

土屋 ないよね。

ーー山と道で試作しているレインウェアは、その心意気は伝わってきますよ。試みが成功しているかどうかはまだわからないけど(笑)。

夏目 だいぶ気持ちよく着れるようにはなってきたけどね。

土屋 これは好みの話になってくると思うけど、俺はある程度太めのシルエットの方が換気しやすいし、動きも妨げないから、ハイキングにはいいんじゃないかと考えているんだけど、夏目さんはどんな感じ?

夏目 僕は好きなシルエットってなくて、機能しか考えていないんですけど、やっぱりピチピチだと換気の問題とかあるから、そこはある程度大きく作らなきゃなとは思っています。今回、こうして『山と道ラボ』で研究を進めていくことで、今までやってたことが全部間違いだったってちゃぶ台ひっかり返されそうな気もしてて、ちょっとビクビクなんですけど(笑)。

土屋 でも、その矛盾を孕みながらやるのがいいよね。俺もお店をやっているけど、本来のレイ・ジャーディンの思想から言ったらお店ってものとULって、矛盾をはらんでいるじゃん? それでも、お店をやることで伝えられるものもあるんじゃないかって思ってやってるんだけど、その先のことをやったほうが楽しいじゃん。変な話、売れるものを作るってスタンスの方が楽なんだよね。いま、日本にもガレージメーカーさんいっぱい出てきているけど、売れるものよりも面白いもの、革新的なものを造ってもらいたい。この『山と道ラボ』みたいに、もしかしたら自分たちの存在否定されちゃうかもしれないけど、やることに何かしらの意義を見出せる作業をやっていくほうが、ブランドとしては魅力になっていくんじゃないのかな? 

夏目 が、頑張ります!

『山と道ラボ』は次回より研究員によるレインウェアの本格的なリサーチに入ります。これまでのアウトドアメディアではカバー仕切れなかった部分まで徹底的に解析し、圧倒的な情報量でお伝えしていく予定です。お楽しみに!

三田 正明

三田 正明

フォトグラファーとしてカルチャー誌や音楽誌で活動する傍、旅に傾倒。 多くの国を放浪するなかで自然の雄大さに惹かれ、自然と触れ合う方法として山に登り始める。 気がつけばアウトドア誌で仕事をするようになり、ライター仕事も増え、現在では本業がわからない状態に。 アウトドア・ライターとしてはULハイキングをライフワークとして追い続けている。 取材活動のなかで出会った山と道・夏目彰氏と何度も山に行ったり、インタビュー取材を行ったり、酒を酌み交わしたりするうちに、いつの間にかこのようなポジションに。 山と道JOURNALSを通じて日本のハイキング・カルチャーの発展に微力ながら貢献したいと考えている。