土屋智哉さんといえば、言わずと知れた東京三鷹のULハイキング専門店『ハイカーズデポ』店主であり、山と道としても、日本にULハイキングの道を切り開いてくれた大恩人。ありがたいことに、山と道スタッフも日々様々な形で交流させていただき、勉強させてもらっているのですが、そんな交流の中から、現在数ヶ月に一度、鎌倉の山と道大仏研究所でスタッフたちにバックパックやテントなど、ULハイキングの基本装備ごとにその来歴や現在の状況などについて語る講座を開いていただいています。
それをスタッフだけに留めておくのはもったいない! ということでお送りしている『土屋智哉のULハイキング大学 in 山と道』。バックパックの変遷からULハイキングの誕生やULバックパックの構造や背負い方に迫った前回に続き、第2講義はシューズ編。登山靴からトレランシューズに至るハイキングシューズの変遷からシューズの構造や歩行のメカニズムまで迫った、今回も全ハイカー必読の内容になっていますよ。
それでは、チャイムが鳴ったら1限目のはじまりはじまり〜。
はじめに
講義1ではバックパックの変遷から見るULハイキングの歴史やULバックパックの背負い方について語りましたが、ハイキングでは歩く行為が重要です。なので講義2では、足元を支える大事なシューズをテーマにお話できたらと思います。
土屋智哉:東京都三鷹市のULハイキングの専門店Hiker’s Depot店主。日本にULハイキングの文化や方法論を紹介した先駆者的存在で、メディア出演も多数。著書に『ウルトラライトハイキング(山と渓谷社)』。
ULハイキングでは、従来の登山でよく履かれていた、いわゆるマウンテンブーツではなく、トレイルランニングシューズに近いものを履くのがひとつのスタイルとして定着しています。
従来の登山をやっていたら登山靴を履くこともあったかもしれないけど、特にこの10年ぐらいでULから山を始めた人だと、最初からトレランシューズで始める人も多いと思います。そうすると「登山靴じゃなくて、トレランシューズで大丈夫なんですか?」という不安の声が生まれます。実際に履いてる人たちからすると「全然大丈夫だよ」と言えるんだけれど、じゃあ従来の登山靴とトレランシューズは何が違うのか、どう大丈夫なのかを、自身の経験値以外でも理解できていると歩くことの興味が深まると思います。
講義では土屋さんやスタッフの私物のハイカットの登山靴から最近のトレランシューズまでがずらりと揃った。
登山靴はこうして生まれた
まずは登山靴と言われてるものが、どういう過程でできたのかを説明します。
スポルティバ ネパールエボGTX 現代の雪山用重登山靴を代表するモデル
これがいわゆる登山靴です。昔ながらの皮の登山靴は前提としてヨーロッパアルプスの岩と氷の世界、つまり登山道にあるような岩場じゃなくてオフトレイルの岩綾地帯や雪山の氷雪の斜面を登るために作られました。
登山靴ができた当時はアイゼンが発達していなかったから、雪山だとピッケルでカッティングして足場を作りながら登っていきました。足全面を置ける状況は少ないので、シューズのつま先に近い部分を引っ掛けて登っていくことになります。その時にいちばん大事なのはつま先の硬さにも繋がる、ソールの硬さです。
ソールが硬い登山靴は踵を上げても力がつま先に乗るため、グッと地面を踏むことができる。
ソールの柔らかいシューズだと指先で踏ん張らないといけない。するとやっぱり疲れるし、踵をずっと上げ続けるから、ふくらはぎの筋力をめちゃくちゃ消耗してしまいます。だけどつま先で不安定なスタンスに乗る時にソールが硬ければしっかり支えてくれるので、足の疲労を抑えてくれます。
さらに足首がフラフラ動いている状態だと体幹の疲労も蓄積するし、いろいろ不安定なことが起こる。ハイカットの登山靴で足首の可動域をある程度しっかり固めてあげると、体も安定しますよね。雪山や岩場でいかに足に疲労を溜めないで安定したポジションを保てるか。そのために作られたのが登山靴です。これは登山靴にしかない重要な利点です。
雪山や岩場で細かなスタンスを登る時に、ハイカットとソールの硬さが体重を支える助けになってくれる。
日本で登山を始める時に、いわゆる登山靴を勧められる最大の理由は、日本の登山業界の中では「登山をやる=冬山をやる」という図式が長らく定番だったからです。
日本で登山者が一気に増えたのは、1956年に日本隊がヒマラヤのマナスルに登った時です。8,000m峰の初登頂を日本隊が達成したことが、国民の多くが山に目を向けるきっかけになりました。その時代、大学山岳部とその出身登山家を母体としている日本山岳会も、市井の社会人山岳会も、登山を志す多くの人が国内外でより高くより困難な山行を目指していました。
そうすると最終的に目指す課題は岩と氷の世界なので、登山専門店に行くと最初にソールがある程度硬くて足首がしっかりと固定できる登山靴を勧められる流れになっています。でもこれは岩と氷の世界で使うものです。例えばスキーブーツで普通に歩こうとすると大変じゃないですか。足首を完全に固定するソールが硬いシューズは、岩や雪では安定的なポジションは取れるんだけれども、歩く行為を考えた時にはすごく不得手な部分があったんです。
昔の岳人は足袋に草鞋
近代登山が日本に入ってきて、ヨーロッパから登山靴が持ち込まれて以降も、登山道が整備されていない時代の北アルプスの案内人たちは、実は無雪期にはみんな足袋に草鞋を使っていました。
自分も本(編注:土屋さんの著書『ウルトラライトハイキング』)の中で少し紹介したんだけど、後に日本山岳会の中でも指導的な立場になっていく田部重治*も、登山靴に対して否定的なコメントを残しています。「自由に歩けない」って。雪のないところで歩くのであれば、足首が可動できる方が歩きやすいんだよね。
*登山家・英文学者。大学時代から登山を始め、日本アルプスや秩父山地などの多くの紀行文を残し、登山界に大きな影響を与えた人物。著作に『山と渓谷』『峠と高原』など。
というのも、人間の足には横アーチ、内側縦アーチ、外側縦アーチと、3つのアーチがあります。このアーチ構造は、地面からの衝撃を吸収して荷重を分散するクッションの役割を担っています。
足の前の方は蹴り出す力にも使われるし、立っている時は踵を中心にして体重を支える。だけど足をシューズで完全に固めてしまうと、荷重を支えたり分散したりはできても、蹴り出すようなアクションはしづらくなります。
足首の自由度が高くてソールが柔らかいほど、足を蹴り出すアクションをしやすくなる。
なので昔の岳人も登山靴のメリットを理解しつつも、雪のない場所だったら足袋や草鞋みたいな自由度の高い履き物の方が歩くのには良いと考えていました。実際に自分が30年前に大学で山をやってた時も、合宿には登山靴を履いていくけれど、個人山行だったらみんなジョギングシューズを履いてました。
沢登りをする先輩も登りは沢靴だけど、下山の時は「このシューズがめちゃくちゃグリップ効いていいんだよ」と、靴の量販店で売っているマジックテープで固定するようないわゆるズック靴でササーっと走って下るなんていうのもありました。沢登りや岩登りをする人たちの中には、クライミングシューズの代わりも含めて、普通のシューズで夏山を登ってる人たちもいました。
なのでトレイルランニングシューズに至る道のりの中でも、ローカットのジョギングシューズ的なものが山で使われた時代があったと知っておいてください。
ウルトラライトの流れからローカットシューズへ
アメリカでバックパッキングという言葉が広く浸透していた時代には、生活のための道具も全部背負って、20kgから40kgの荷物を持って歩いていたと、前回のバックパックの講義の時に話しました。
当時は重たい荷物を支えるために、いわゆる登山靴を履いていました。でも荷物が重たいと歩くのがつらかったり故障もしやすくなる。そのカウンターとして、レイ・ジャーディン*の「レイウェイ」が出てきたと話したよね。
*ULハイキングの父祖。ロングディスタンスハイキングを踏破するための独自の方法論「レイ・ウェイ」をまとめた著書『Beyond Backpacking』(改訂版『Trail Life』)は、いまも多くのULハイカーたちに影響を与えている。バックパックやタープなどの自作キットも販売し、MYOGカルチャーの礎ともなった。
じゃあ背中のバックパックのトータルウェイトを7-8kgまで軽量化したレイはどんなシューズを履いていたのかというと、いわゆる「テニー」と言われるテニスシューズや、普通のジョギングシューズのシュータンを切ったものを履いて歩いていました。要はバックパックの荷物を軽くしたことで体への負荷が減り、足元も登山靴で固める必要がなくなったので、だったら普通のシューズで歩いた方がラクだよね、ということです。
土屋さんがつまんでいる部分がシュータン。
レイがシュータンを切った理由は、単純に通気性が良くなるから。僕も実際にやったことがあるんですけど、足にシューレースが食い込んで痛いです(笑)。でもこういう先例にとらわれない実験精神こそが「レイウェイ」やULの本質だと思います。
そんなふうにアメリカの中でも、いわゆる登山靴からランニングシューズといったローカットシューズの方に大きく流れが変わる。そのきっかけになったのが、「レイウェイ」やそこから派生するULハイキングです。
どんどん軽くなるトレランシューズ
登山靴とローカットシューズの違いは、ソールの硬さと足首の自由度にあります。ウルトラライトの流れから生まれた、ソールが柔らかくて足首が自由なローカットシューズは、自然体で歩くことができます。シューズが歩行を阻害することなく裸足に近い無理のない動作で歩くことができるから、軽量化を志向する長距離ハイカーたちの中でローカットシューズが一般的になっていきます。
いわゆるローカットシューズにはベアフットシューズのようなドロップ差のない軽量なトレランシューズもあれば、ソールがある程度硬くて岩場でも乗っかりやすいアプローチシューズまで幅広い種類があります。
スポルティバ TXガイドトレイルランニングとアプローチシューズの性能を兼ね備えたモデル。
つま先に体重を乗せても、ソールが硬いため曲がらない。
こういうローカットシューズの中で、ロードを走るためのランニングシューズではなく、トレイルを走るためのトレイルランニングシューズを最初に作ったのが、1997年にワンスポーツから名前を変えた『モントレイル』です。
たぶん、2000年代にいちばん多くのULハイカーが使っていたシューズが、『モントレイル』のコンチネンタルディバイドとハードロックでした。今のトレランシューズと圧倒的に違うのがプロテクションの強さ。この頃のトレランシューズはロード用のランニングシューズの弱点を補うために、トレイルでグリップが効いて、長距離を歩く中で壊れないという点が、かなり重視されていました。
モントレイル コンチネンタルディバイド 2000年代のULハイキングを象徴する一足。
モントレイル ハードロック コンチネンタルディバイドよりもタフな仕様で、こちらも多くのハイカーに愛用された。
ロックプレートが入ったソールは現在のトレランシューズと比べるとかなり硬い。
当時の『モントレイル』のシューズにはソールの裏にロックプレートが入ってます。地面からの突き上げを抑えるため、登山靴に近いソールの硬さを目指してプレートを入れました。実際にハードロックはアメリカの有名な100マイルレースのハードロック(hardrock100)で使っても壊れないもの、というコンセプトのシューズです。だから今のトレランシューズと比べると、圧倒的に重量が重い。この他にも例えば『スポルティバ』のワイルドキャットが丈夫なトレランシューズとして支持を受けていたのが2000年代という時代です。
でも、トレランをやる人は登山やハイキングを楽しんでる人も多いけど、それ以上にランニングやジョギングを楽しんでる人が、自分にとっての次なるチャレンジとしてトレランのレースを走ることがたくさんあります。なのでランニングシューズのメーカーもトレランシューズを作る流れになっていきます。そうなると同じトレランシューズでも、アウトドアシューズメーカーとランニングシューズメーカーだとアプローチの仕方が全く違うので、アッパーの丈夫さやソールの硬さに違いが出てきます。
アウトドアシューズのメーカーは、トレッキングブーツのノウハウを生かした上で、フィールドで使えるランニングシューズの形に落と仕込んでしています。なのでプロテクションがしっかりしていて、軽さはさほど重視してないんですよ。でも、ランニングシューズメーカーが作るシューズは、いわゆるレース志向なのでアッパーが硬くないし重くないので、基本的に軽いものになる。そのぶん耐久性が落ちるので、近年、トレランシューズを履いてる人で、ソールが減るより先にアッパーが壊れるといった悩みを持つ人は多いと思いますが、これが理由のひとつです。
でも、今のトレイルランニングのレースで、荷物を持って走ることはないですよね。エイドステーションがしっかりとしているので、ある程度走ることに特化できる。足元の堅牢さで荷物を支えることを考えなくてもいいし、例えば壊れてしまっても荷物をドロップしているポイントで、新しいシューズに履き替えることもできるだろうから、耐久性よりもどんどん軽さに特化していきます。
だからよりちゃんと走りたい人からすると、『モントレイル』のトレランシューズは重たくて走れない。そういう流れで、アウトドアメーカーが出すトレランシューズも、どんどんソールが柔らかい、ランニングシューズに近いものに変化していきます。
同じトレランシューズというカテゴリでも、アウトドアシューズのアプローチから作られたもの(左)とランニングシューズのアプローチから作られたもの(右)だと、ひと目でわかるくらいアッパーの厚さが全く違う。
さらにトレイルランニングとかハイキングとはまた別の文脈で、足裏感覚や素足感覚を高めた、より人間の身体的な能力を目覚めさせてくれる『ビボベアフット』や『ゼロシューズ』のようなベアフットシューズが出てきます。
使い方やメリットをわかって使えば、すごく有効なベアフットシューズなんだけれども、やっぱりプロテクションがない分、その特性をしっかりと理解した上で使用することが必須になります。靴が守ってくれないぶん、自分自身がどのように身体操作を行うかが重要です。それを理解せずに無自覚に使用すると故障を引き起こすこともあります。
だからアメリカでは実際にベアフットシューズの訴訟も起きてます。2000年代の中頃に、アメリカでベアフットシューズをいろんなメーカーが出す時代があったんだけど、その後下火になったのは、メーカーに不利な判例がでたことで、訴訟を恐れるようになったことも大きいと思います。
ワラーチ*や『ルナサンダル』から、現在の『ビボベアフット』への流れの中で復権してきたベアフットシューズ。歩くこと、身体操作を意識的に追求、探求するには非常に素晴らしいシューズです。そうした理解が現在の日本で定着してきたのは嬉しいことですね。
*「走る民族」と呼ばれるメキシコのタラウマラ族発祥の古タイヤを足の形に合わせて切り革紐を通したサンダルで、『ルナサンダル』等の所謂ベアフットサンダルのオリジン。
ゼロシューズ メサトレイル 裸足感覚を味わえるゼロドロップシューズ。
こういうふうにランニングシューズやトレランシューズといったローカットシューズが歩くのには向いてるという流れが生まれ、しっかりとしたトレランシューズから、ランニングシューズに近いトレランシューズに大きく変化しています。
これが今の長距離ハイキングやULハイキングのシーンの中での足元の大きな変化だと理解してもらうといいのかなと思います。
荷物の重さ別のシューズの選び方
皆さんも店頭で、このくらいの重量を背負うならどんなシューズがおすすめか聞かれたことがあると思います。最終的には個人の体力と筋力が影響を及ぼすと思いますが、パックウエイト(水や食料、燃料なども合わせた背負う荷物の総重量)を8kgと12kgと15kg以上で分けた時に、8kgまでだったら基本的にはどんなシューズでも大丈夫だと思ってます。特にプロテクションの強さを考えなくてもいいです。
逆に捉えると、『ビボベアフット』とか『ゼロシューズ』みたいなベアフットシューズや、トレイルランニングシューズの中でも、軽さにフォーカスしたシューズを履きたい場合は、パックウェイトは8kg以下にすることがシューズの特性を活かし、楽しくハイキングするためには重要になってくると理解してください。山と道だとMINIでテント泊するくらいの重さですね。
15kg以上のパックウェイトでローカットシューズを履くと、足首のブレを抑えるのにすごく筋力も体力も使うんですよ。つま先立ちになるような不安定な場所が登山道でもたくさんあるじゃないですか。そういう時にふくらはぎの筋力を消耗しないために、15kgを超える荷物を持つのであれば、ハイカットやソールの硬いシューズを履くのをおすすめします。
山と道のユーザーには、パックウェイトが8kg〜12kgの方が意外と多いと思います。ベースウエイトが5〜6kgぐらいで、水を2〜3Lと食料を背負うと10kgを超えるくらいですよね。こうしたパックウェイト10kg前後のケースでは、僕は初期の『モントレイル』みたいな、ある程度プロテクションがあってソールの硬さを意識しているシューズの方が、安心して背負うことができるんじゃないかなと思います。
ベアフットシューズのような軽さに特化した靴を履きたければパックウェイト8kgまで、15kgを超える場合はハイカットでソールの硬い登山靴、その中間の10kg程度の場合は、トレランシューズでもある程度プロテクションがあってソールの硬さを意識している靴が土屋さんのおすすめ。
でも、そのカテゴリーにあるシューズが、今マーケットの中でも抜けているんです。アメリカだと『スポルティバ』のワイルドキャットが非常に近いところなんだけれども、インターナショナル全体では販売されてない。近年だったら、『トポ』が今年出したトラバースは比較的初期の『モントレイル』に寄せて作られていて、ロングトレイル用モデルと呼ばれています。
日本だと『アシックス』や『ミズノ』が出してるトレイルランニングシューズは、注目してもいいかもしれません。特に『アシックス』は昔から富士登山競走用のゲルフジというトレラン用のシューズを作っています。ソールの厚みもある程度あって、つま先とヒールのカップもしっかり立ってて、つま先の補強もしっかりされている。『アシックス』には結構そういうシューズが多いかなと思います。
ここまでは登山靴の誕生の歴史からトレランシューズに至るまで話してきました。2限目ではトレランシューズの履き方について講義していきたいと思います。
YouTube
土屋さんの講義の様子はYouTubeでも公開中。