講義1 バックパックから見るULハイキングの歴史

2024.07.26

ハイカーズデポ土屋智哉さんをお招きして開校した「ULハイキング大学 in 山と道」。ULバックパックの歴史と変化の過程に迫った「講義1」の3限目は、補講としてULバックパックの構造と背負い方について深掘りしていきます。

知っているようで知らなかったULバックパックの「キホンのキ」ですが、知ると知らないでは大違い。今回は特に山と道の直営店スタッフ向けという側面が強い講義でしたが、全ハイカー必読の内容になっています。

それでは、チャイムが鳴ったら3限目のはじまりはじまり〜。

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講義:土屋智哉
構成/文:李生美
構成/写真:三田正明

バックパックのサイズの選び方

3限目では実践編として、バックパックの背負い方について話していこうと思います。その前にまずはバックパックのサイズの選び方について説明していきます。

はじめに、背面長のサイズ表記はアメリカのメーカーだとS、M、Lがあります。Sサイズは基本的に男性だと160cmまで、女性だと165cmくらいまで。Mサイズは男性だと160〜180cm、女性は165cm以上。Lになると男性で180cm以上かな。山と道の場合はONEの製品ページに背面長の測り方が書いてあったり、MINIのページにも推奨サイズが書いているけど、正確に明示していないメーカーさんもたくさんあるので、僕はひとまずこういう基準で欧米メーカーを中心としたバックパックのサイズフィッティングを考えています。まずはこの大枠で合わせた上で、バックパックの個性や使う方の好みでの調整をおすすめしています。

なんで男女で分けているのかというと、骨格的に同身長でも女性の方が腰位置が高く華奢な傾向にあるからです。平均的に女性の方が足が長いので、女性の場合は165cmでもSが背負えるんだけど、男性の場合はMが適正サイズの方が多いんです。

背面長よりも体格がサイズ選びに関わってくるULバックパック

背面長が大事になってくるのは、基本的に腰サポートがあるバックパックです。山と道のバックパックだと、ONEはサイズフィッティングがすごく大切だよね。ONEは腰でサポートすることを念頭に置いているから、背面長をちゃんと測る必要があります。

でもMINIみたいな腰サポートを前提としないバックパックの場合は、ONEよりもサイズフィッティングがそこまで厳密じゃないんだよね。それは極論、肩荷重でフィットさせてしまえばバックパックのボトムの部分が腰から上だろうが下だろうがそんなに関係ないからです。下過ぎるとお尻に干渉してくるから歩きづらくなるけど、ポイントは肩周りにあるので、ULバックパックの場合は背面長よりもむしろ体格の方がサイズ選びに関わってくると自分は考えています。

そもそも、いろんな体格の人がいるのに、S、M、Lですべて賄おうとしているわけだから、背面長のサイズはそんなに厳密なものじゃないと思います。むしろ大事なのがショルダーストラップの長さなんだけど、背面長のことだけを気にするお客様もすごく多いよね。ウチの店にも「背面長はこれぐらいなんですけど、どのバックパックがいいですか?」と、よくメールで問い合わせがくるんだけど、「ショルダーの長さも非常に重要で、それには体の厚みも絡んでくるので、差し障りなければ体重も教えてください」と返しています。身長と体重がわかると何となく体格が見えてくるので、サイズを当てはめることができます。

山と道MINI/MINI2のサイズ表。背面長と同時にショルダーストラップの長さも違う。

店で試着しているときにお客様がサイズで迷ったときは「自分がしっくりくる方を選んでください」と言うんだけど、どっちもあまり変わらないなら自分は小さいサイズを勧めます。要はULのバックパックの場合は、背面長が長いものよりも少し短いものの方が、背中に完全に密着させることができるんです。イメージするとしたら、ゆとりあるサイズのTシャツとピタッとしたTシャツ、どちらが体に密着してるかということ。

一般的なフレームザックとフレームなしのULバックパックの構造の違い

バックパックを選ぶときに、フレームやロードリフターがあった方がいいのかと迷う人がいますが、僕はお客様に「バックパックのフレームはオプションの骨格です。ヒップベルトはオプションの筋肉です」と伝えています。体力が充分ならオプションの骨格も筋肉も不要ですが、そうでなければ必要になる。言い方を変えると、自分の体力や筋力で背負える範囲にパック重量を抑えられれば骨格も筋肉も不要なんです。

例えばMINIやMINI2はフレームもないし生地も薄いから、パッキングがしっかりできないと荷崩れを起こしてバックパックが安定しないよね。でもしっかりパッキングするとバックパックがギュッと固まった状態になって安定する。つまりバックパックにフレームを入れるのは、ユーザーのパッキングの能力に頼らないでバックパックを固定化させるためだと思ってもらうとわかりやすいです。つまり背負子と同じような構造になるから、より重たいものを支えることができます。

だから、背負う人間の体幹が強くて荷重を支える力があるならフレームは必要ないです。これはULに限った話ではなく、昔からの山岳部や山岳会御用達のシンプルな大型バックパックも実はフレームが入っていないものが多いことからもわかります。彼らはトレーニングしますから。そして背負う人間の非力を補うためにフレームは必要になってくる。多くのバックパックメーカーはそういう考え方なので、今でも大手の登山専門店に行くと、フレームが入ったものやしっかりしたバックパックをまず最初に勧めるのはそのためです。

あと、なんでロードリフターを付けるかというと、荷物の重量をなるべく広い面積で分散させたいから。ロードリフターが入ってるバックパックは、ショルダーストラップの付け根が肩甲骨あたりの低い位置にあることが多いんですが、そうするとショルダーストラップを長い範囲にわたって体に密着させることができるので、広い面積で荷重を体に分散させることができるんです。

ただそのときに、ショルダーの付け根は肩甲骨が支点になるので、バックパックの重心が上にあると後ろに引っ張られますよね。それを前に戻すためにロードリフターがついているんです。例えばおんぶした人間が体を起こしていたら「不安定になるからちゃんとつかまってよ」となるよね? 要は「つかまってよ」が「引っ張る」です。でも、ロードリフターを有効に活かすためには、背面にフレームが1本入ってないと、前に重心を持ってこれないんだよね。なので、フレームが上まで伸びた形になりました。

だからロードリフターが活きるためには、肩よりもバックパックが上まで伸びてないと意味がないんだけど、いわゆるUL系バックパックは荷物を軽くするためにバックパックを小さくしているから、ショルダーストラップの支点が肩甲骨まで低い必要もなくなるし、ショルダーの付け根を上にあげちゃえばロードリフターもいらなくなる。UL系バックパックには、構造をシンプルにする考え方もあるので、ショルダーにもロードリフターの役割を持たせたということなんですよ。ひとつのものにふたつの役割を持たせているのがULっぽいよね。

だからULのバックパックを背負うと、肩に隙間ができることがあります。ロードリフター付きのバックパックしか背負ってない人からすると「肩浮いてて大丈夫なんですか?」となるんだけど、ロードリフター付きのバックパックの場合は浮いてちゃ駄目だけど、ロードリフターが付いてないバックパックはちょっと浮いていいんです。

ULバックパックの背負い方の基本

そういうことも踏まえながら、バックパックの背負い方について説明していきます。1限目で紹介したゴーライトのブリーズを背負うとシンプルだからすごくわかりやすいんだけど、ULバックパックの基本的なポジションはここです。

背負う位置がめちゃくちゃ上だよね。みんなも店頭でお客様にバックパックを背負ってもらうときに「ちゃんと肩甲骨のあたりのところに乗せてくださいね」と話すと思います。ショルダーストラップを緩めてる状態だとバックパックがぶらんぶらん振れちゃうけど、しっかり絞ればバックパックはそんなに暴れないよね。うちでもお客様には「このポジションが人体がモノを背負うにはいちばん良いポジションです」と伝えています。次はMINI2も背負ってみようか。

ショルダーを緩めている状態。バックパックの重心が下にさがり肩甲骨にフィットしていないため、この状態で歩くとバックパックが大きく揺れてしまう。

ショルダーをしっかり締めた状態。バックパックの重心が上にあがりしっかり肩甲骨にフィットしているため、歩いてもバックパックが振られない。

フレーム&ヒップベルトのあるULバックパックも肩荷重

2限目で紹介したハイパーライトマウンテンギアのウインドライダーやグラナイトギアのマリポサの旧モデルみたいな、ロードリフターはないけどフレーム搭載でヒップベルトの腰サポートがあるバックパックだと、お客様から「腰で背負えるんですよね?」と言われることがあるんだけど、基本のポジションは同じです。

なぜならロードリフターがないので、ショルダーをストラップ絞って背中にフィットさせるから。そのときのヒップベルトのポジションは腰じゃなくてウエストなんですよ。なぜなら、UL系バックパックは本来長距離ハイキングで使うためのバックパックだからです。1日50km前後歩くようなUL志向の長距離ハイカーたちは歩くことを最優先したいので腰を拘束せず、股関節の稼働域を最大限確保したいんですよ。

ウインドライダーを背負っても、基本ポジションは同じ。ヒップベルトは腰よりもウエスト位置にくる。

要はハイカーはひたすら歩くわけじゃん。股関節を使うのに骨盤を拘束するのはおかしいよね。一般的なフレームの入ったバックパックの場合はヒップベルトで骨盤を拘束するんだけど、歩くことに影響を及ぼさないように腰周りにいろいろギミックを入れてるんです。その工夫がマスプロメーカーの開発力の見せどころなんです。でもその機能の分だけどうしても重たくなる。もちろん全部がそうじゃないんだけど、そういうふうに考えてもらうと、腰荷重とパックパックの構造や自重との関係がすごくシンプルになります。

ヒップベルト付きのULバックパックは背負い方を使い分けられる

ただ、なんでUL系バックパックにもヒップベルトが付いたのかというと、ベースウェイトをいくら軽くしたところで、長距離ハイキングでは4〜5日分の食料となるとその重さはかなりなものだからです。食料と水がいちばん重たいですから。そうなると町で補給して歩きはじめるときはバックパックが重たいのよ。そんな時にウインドライダーとかマリポサみたいなフレームやヒップベルトがついたバックパックだったら「腰荷重で背負うことにも対応できます」というわけ。あと肩荷重でずっと歩いた一日の後半とか疲れたときには腰荷重にシフトできますし。

長距離ハイキングからULバックパックが生まれたことを考えると、「肩荷重が正しい」、「腰荷重が正しい」という二項対立で考えるのではなく、どっちにもメリットとデメリットがあるから、うまくバランスよくやりましょうって感じです。

なのでロードリフターがなく、腰のサポートがあるUL系バックパックの構造はシンプルだから肩荷重で背負うこともできるし、疲れたら一旦肩の荷重を抜いて腰荷重で背負うこともできる。つまり背負い方を使い分けることができるんです。

ロードリフター付きのバックパックの背負い方

そしてロードリフター付きのバックパックは、さっき説明したようにショルダーストラップの付け根の位置が変わります。

このふたつは2限目でも紹介したゴッサマーギアのマリポサの新型と旧モデルなんだけど、こんだけショルダーストラップの付け根の位置が違うんですよ。これまでのロードリフターがついていないマリポサは、基本的にはUL系バックパックと同じようにショルダーを絞って肩荷重で背負うのがデフォルトポジションで、状況によっては腰荷重でも背負えますよという設計。

写真左が新型のマリポサ60R、右が旧モデル。

でも、今年(2024年)のロードリフターが付いたモデルからは、デフォルトのポジションは腰荷重に移っています。普通のバックパックと同じくフレームも入っているから、ロードリフターを引いた瞬間にスーッと重心が前に移ります。

ロードリフターがないバックパックの利点

昔は僕もロードリフターがあるバックパックの方が絶対にいいと思っていました。だから最初はゴーライトのブリーズが理解できなかった。そこからいろいろ試して、考えて、整理して、ロードリフターがない典型的なULバックパックが理解できるようになったんだよね。今はULバックパックだったらロードリフターはなくてもいいと思ってるし、実際にロードリフターがないバックパックの利点もあります。

それはユーザーの使い方にも関わってくるんだけど、ロードリフター付きのバックパックは下ろすたびにロードリフターを開放しないといけないんです。ロードリフターは背負う度に最初から調整することが必要で、そうしないとロードリフターの効果が出ないんですね。でも、山でそれができている人は実は少ない。バックパックを腰合わせで背負って、ロードリフターをちょうどいいところまで引いてから歩き始めるけど、休憩のときに降ろしてそのまんまのケースが結構ある。そしてロードリフターを開放しないままバックパックをまた背負って、さらにロードリフターを引いちゃうケースもあるんです。こうなるとロードリフターがあっても肩の部分が完全に浮いちゃいます。

浮いたまま「なんか違うな」と思いながら使ってる人は実はいっぱいいます。山の専門店では売るときに絶対に「毎回ロードリフターは開放して再調整してくださいね」と言ってるはずなんです。でもやっぱり手順が多いと忘れちゃうよね。

だから複雑な構造のバックパックは使いこなせなくなる可能性がある。そう考えると「ショルダーをちゃんと引くだけでいいですよ」というUL系バックパックは、ある意味でユーザーに対してめちゃくちゃ優しいバックパックと言えます。つまり手数が少ないんです。

本当に疲れているときに、ハイカーがワンアクションでやりたいことができるのは、めちゃくちゃ大事なことです。だから1限目でULバックパックがいわゆる一般的なバックパックの方に揺り戻しがきていると話したけど、やっぱりULバックパックの良さが消えるわけではないんだよね。

改めてこういうバックパックの全体像を把握していくと、いわゆるシンプルなULバックパックの良さも逆に浮き彫りになってくると思います。

〜〜ここで山と道夏目が飛び入り〜〜

夏目 THREEもロードリフターをつけてるので、ちょっと補足させてもらってもいいですか? 山と道のONEもTHREEも、UL系バックパックと従来のバックパックとの中間なんですよ。THREEは肩荷重にしてもヒップベルトがちゃんと腰にくるようなパック成形になっていて、ヒップベルトをちゃんと引くと、当たり前なんだけどバックパックのトップの部分が後ろに引っ張られるんですよね。それをロードリフターで手前に引っ張る必要があるから、THREEはロードリフターを付けています。

ヒップベルトも簡易的だけど腰に30%ぐらい荷重が乗るような設計になってるので、ある程度腰にも荷重が乗りつつ、動きやすくて走れる構造になってます。

〜〜飛び入り終わり〜〜

夏目さん、ありがとうございます。そういう工夫をどのメーカーもやっているので、同じような目線で他のメーカーのバックパックをたまに背負ってもらうといいと思います。

最後に大事なのは「ハイカー力」

腰荷重のバックパックを背負っていて、肩が痛くなる人という人がいます。そういう人は「だからULのバックパックだとすごく心配なんです」と言うんだけど、話を聞いてみると腰荷重のバックパックで肩を極端に浮かせちゃってることが、肩が痛くなる原因です。歩くたびに荷物が上下に動くから、一日中肩をパンパン叩かれている状態になっているんです。

だから、むしろUL系バックパックを背中に密着させてあげると変にぶれないから肩が痛くなりにくいです。

土屋智哉:東京都三鷹市のULハイキングの専門店Hiker’s Depot店主。日本にULハイキングの文化や方法論を紹介した先駆者的存在で、メディア出演も多数。著書に『ウルトラライトハイキング(山と渓谷社)』。

あとは腰をヒップベルトで固定してショルダーストラップを緩めてるのに、フィットしていないからとスターナムストラップを絞ってしまうのも、肩が痛くなる原因として多いです。面で当たっているショルダーストラップが内側に入っちゃって、鎖骨と僧帽筋をグリグリ刺激しちゃうんです。さらに荷物を背負っていて辛くなってくると前傾姿勢になっちゃうんで、余計に背中でバックパックが安定しなくなるし、肩が前方に迎えにいっちゃうからショルダーが食い込むんだよね。

歩くときに負担の少ない姿勢

そんなふうに肩が痛くなる原因には背負い方や姿勢もあるので「思い当たるところはないですか?」と話したうえで、バックパックを背負うときはショルダーをきちんと絞って、肩甲骨に乗せるだけじゃなくて、なるべく肩をリラックスさせたあとに肩を後ろに軽く引いてくださいと伝えています。胸は極端に張らなくてもいいけど、肩を引くと背筋が伸びるので、骨盤が立った無理のない姿勢になって歩くときの負担が少なくなります。

僕は前傾姿勢にならずにまっすぐ立った状態で楽に背負える重量、無理なくずっと歩ける重量が、今のあなたの体力や筋力にとっていちばん理想的な重さだと伝えています。それよりももっと重い荷物を背負おうとするなら、バックパックの腰サポート、フレーム、ロードリフターなどのサポート機能を増やすか、トレーニングして体力や筋力をつけるかです。そのどちらにするか検討することも必要ですよと話すようにしています。

まだまだ伝えられること

基本的にULって、道具の機能も削ぎ落としてシンプルにしているわけですから、道具に頼るにも限界があるわけで、最後に頼れるのは結局のところ自分なんです。ULに興味を持つ人って、道具に頼るんじゃなくて、シンプルな道具を使いこなす自分でいたいわけじゃないですか。タープを張る技術もなんかもそうだし、生活を道具に頼るというよりも、それを使いこなしていくことに重きを置いてるのであれば、最後に大事なのは自分の力だよね。自分のハイカー力、人間力です。

別に上から目線で「鍛えなきゃだめだよ」と言うのではなくて、お客様がULの何に魅力を感じているのかを会話の中でときほぐしながら、その人が自分のハイカー力を上げていくお手伝いをできるのが、ULのお店で接客をしている僕たちの面白いところだと思います。道具で解決するだけじゃなくて、まだまだ伝えられること、伝えなきゃいけないことはいっぱいあるんじゃないかな。

というところで、今回のULバックパックについての講義は終わりにしたいと思います。ご清聴、ありがとうございました。

講義1終わり
講義2に続く

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