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HLC Report

HLC四国『四国・遍路道ローカルスタディハイキング』伊予弁レポート

僧侶の岡崎さんと歩く遍路道。伊予弁で楽しんでな!
文/写真:日野藍
2023.05.11
HLC Report

HLC四国『四国・遍路道ローカルスタディハイキング』伊予弁レポート

僧侶の岡崎さんと歩く遍路道。伊予弁で楽しんでな!
文/写真:日野藍
2023.05.11

現在、日本各地に台湾を加えた7つの拠点で活動を行なっている山と道HLCでは、ハイキングが繋ぐコミュニティ作りを目指して日々、様々なプログラムを行なっています。このHLC Reportでは、そんな活動の内容をシェアしていきます。

今回は2023年3月下旬に行われた、弘法大師・空海が修行を行った八十八箇所の霊場を歩いて巡る遍路道(へんろみち)を、以前もこのJOURNALS「ミート・ザ・となりのハイカーさん」にも登場していただいた現役のお坊さん、岡崎孝生(こうせい)さんをゲストに歩いたHLC四国のローカルスタディハイキングのレポート。

遍路道の中でも弘法大師が歩いた当時の雰囲気を残し、「遍路転がし」と呼ばれる随一の難所が続くルートを、岡崎さんからお話をうかがったり、お寺やお堂を参拝したりしながら歩いた今回のプログラム。けれど、道中で出会った様々な人の縁から、ハイキングは思わぬ方向へと進んでいきます。でも、それこそが「会う人会う人話好き(本文より)」な四国らしさなのかも⁉︎

レポートは、「山道祭2023-四国石鎚山-」の現地協力者で、地元チームの取りまとめをしながら普段はグラフィックデザイナー・編集者として活動されている日野藍さん。その溢れる四国愛とローカルの空気を真空パックでお届けすべく、今回は彼女の地元・西条市仕込みの伊予弁でレポートしてもらったけん、楽しんでな!

遍路道ってどんなん?

まず、遍路道とはなんぞや。それは四国一周、全長約1,400kmの道。

もともとは、平安時代に四国で修行をした弘法大師(空海、お大師様。香川出身)が選んだ八十八ヶ所の寺院をつなぐ巡礼の道を修行の道として巡ることから始まったんやけど、最近はトレイルとしても人気が出てきて、ULハイカー風のお遍路さん(お遍路する人)も見かけるようにもなっとんよね。

今回歩くのは、徳島県にある11番札所・藤井寺から12番札所・焼山寺間のポイント「一本杉」をピストンする片道約8kmのルート。

88ヶ所の中に7ヶ所あるっていう「遍路ころがし」で、お遍路さんが転がり落ちるくらい急な坂道が続くのでそう呼ばれているらしい。今回のトレイルは…「徳島からスタートする遍路道の『最初で最後の難関』」って…え? いけるん?

うーん、ハイカー的にはこれってどんくらいの難易度なんだろか。四国に住んどる言うても、お遍路さんの経験はない私。大丈夫⁉︎ と心配になり、取材前にHLC四国アンバサダーの菅野さんに相談。

「じいちゃん、ばあちゃんのお遍路さんでも登る道の一部だけよ。大丈夫と思う。遍路転がし、ころがろーや。」

と心強い(?)お返事。よっしゃ、いってみようやってみよう!

「接待」は飲み会じゃないんよ

集合場所は、「へんろの里」っていう11番札所・藤井寺手前の休憩所。

お遍路さんのための接待所(お遍路さんを飲み物や食事を無償で施す場所)として、地元の方たちが有志で運営しよる場所みたい。

まわりにはきれいな川とか、なぜかメダカの直売所もあって、子どもたちが楽しく遊んだりもできそうな雰囲気やった。うちの近所にもお遍路の札所はあるけど、こんな親切な場所ない…。めっちゃすごいな。

先へ進むと11番札所・藤井寺があって、さらに奥へと遍路道が続いとる。

右端がHLC四国アンバサダー菅野哲さん。

さっそく「へんろの里」管理人のおいちゃん、増田 廣信さんがコーヒーのお接待をしてくれ、ちょっと感激。HLC四国アンバサダー・菅野さんの元気なあいさつからスタート。

メインのゲスト岡崎さんと、前日は山道祭の下見で愛媛にいて、200kmドライブを経て徳島に辿り着いた山と道の木村弘樹くんの紹介も。

山道祭順延が続き四国に通うあまり、四国に愛着がわいてきたという木村(左)と岡崎さん。

出発前に、増田さんが地図を使ってルートの紹介。エネルギッシュで、お話上手な増田さん、「ここからの眺めがええんや」とか、「ここはちょっときついよ」とか言うてくれるけん、イメージしやすい。

ルートがわかりやすいよう、地図の南北が逆になっとる。

お遍路の現状も教えてくれて、「お遍路さんの人数はコロナ前の水準に戻ってきて、年間7,000人のペースです。ちなみに、外国人はコロナ前は全体の1/3くらいやったのが、今は40%くらいになってるんよね」(「へんろの里」調べ)

へぇ!そんなに来てくれとんじゃ。

ブリーフィング中も海外からのお遍路さんが来訪。

メンバーの自己紹介では、「お遍路さん見たり、札所にお寺詣り行ったりしたことはあるけど歩いたことはなくて、ええ機会やと思って来た」って方がけっこう多く、中には「お遍路に興味があって、今回京都から輪行して」と言う方も! わざわざ橋を渡って四国に来てくれて会えただけで、嬉しいんよね。四国のもんとしては。

ちなみに今回、四国4県(香川、徳島、高知、愛媛)からの参加者がすべて揃っとんよ。意外とこういうことないけん、さっそくめっちゃおもろいぞ〜。

「ハイカーズジン」の生みの親、真鍋太一さん。

山道祭2023にも「Local市場」の一員「ハイカーズジン」として出店してくれる、真鍋太一さんも今回のメンバー。「地元だし、これは参加しないとって」。12番札所・焼山寺のある、隣町 神山町から参加です。

そんなわけで、いよいよ遍路道という名のトレイルへレッツゴー!

満員御礼、総勢15人で出発。

いざ、転れ!

まずは、11番札所・藤井寺をお詣り。ここはなんと815年にお大師様が建立された由緒あるお寺で、ここから12番の焼山寺までだけがお大師様が修行された当時のままの面影の残る貴重な遍路道なんやって。

朝8時台と早いけど、納経所(お大師様にお経を奉納する所)には般若心経を唱える大勢のお遍路さんたち。札所って、いっつもこういうイメージかも。

お遍路の周り方って自由で、四国じゃない子からはびっくりされるんやけど、八十八ヶ所歩き通しじゃなくて全然かまんくて。「GWで○ヶ所」とか区切って回る人らが多いです。交通手段も、クルマ、自転車、なんでもオッケー。ツアーの方らは、バスでまとめて何箇寺も回られるんよね。この団体さんは今日はいくつ回られるんやろね。

団体さんの参拝者(右)と我々

通称・小坊主さん。各札所におってよく見るが、微妙に顔が違うらしい。まじか。

弘法大師さま修行像。かっこいい。

あれ、岡崎さん、隅の方からお詣り?

そして藤井寺を過ぎていよいよ山道に入ると、独特なデザインの道標がたくさん出てきて、「遍路道に入るんや〜!」って気になってくる。

いまでは遍路道は舗装路がほとんどやけど、ここは1200年前からの「最後まで残った空海の道」。

お大師様ゆかりの小さなお堂が並ぶ。

ガイド役の岡崎さんは、マジメなレクチャーって感じやなくて、参加者からの質問をみんなに向けて答えるように、仏教やお遍路について話してくれます。

「今回僕はお坊さんとして、皆さんが歩かれるお手伝いをさせていただいてますが、何事にも、おかげさまとか、感謝の気持ちを持ってやらせていただくようにしています。お坊さんやからって、偉そうにしない。お大師様のことも、『弘法大師』とか『空海』とか呼び捨てにしないでお呼びする。そんな心構えで日々生きています。一方的に語られても、人によって受け取り方はさまざまなので、ぜひ道中に何でも聞いていただけたら」

歩きながら話したり、時々立ち止まってみんなに伝えてくれたり。岡崎さんは、この近くのお寺のお手伝いをされよって、よくここも歩いたり走ったりしていることや、増田さんの活動をみんなに知ってほしかったこともあって、四国遍路の道の中でもこのルートを選んだんよ、というお話でした。

一緒に歩いてくださった増田さんも、「岡崎さんは普通のお坊さんと違うんですわ。観点が違うから、いつも僕らも教えてもらってばかり」と笑いながら言う。なんかええ関係やね。

そして、遍路道はいよいよ「遍路転がし」に突入!

急坂は6つあるのか…

遍路転がしって、藤井寺と焼山寺の間全部のことやなしに、ルートの一部分のことを指すんか!

いろんな標識あっておもろいし、心構えできるよね。これから私たちはほんまにいろんな札や道標を見ることになります。なんかエキゾチックな気分になりますなぁ。

つづら折りの急登。

「遍路転がし」を歩き始めて15分。なかなかの斜度のトレイル。それでも、思っとった以上に道がきれーに整備されとって、歩きやすい。

ほやけど、荷物が重いお遍路さん、しかも山道に慣れてない方は大変やし心細かろね。

見晴らしのいいポイントを過ぎて、丁石や道標に沿って歩くと、最初の休憩所「端山休憩所」。あれ、誰かおる!

「おぉ、今日はどしたんや」岡崎さんや増田さんもよく知る、東屋や周りを整備されよる地元のおっちゃんたち。

おっちゃんたちからいじられ、増田さん、笑顔。みんなも笑う。

左から、近藤隆さんと唐住裕美さん。気になってグイグイ行く日野。

聞いたらこのおふたり、藤井寺からここまでのお掃除を、ほぼ毎日されよるみたい。すごない?

「住職さんからはな、『おそれいりたてまつります』って言われるんや」。

そんな言葉、もろたことない。そうよね、お遍路さんのために、日々通って、ぜんぶボランティアなんやけん。

ちなみに、人口が少なくて、大きい山小屋も少ない四国では、トレイル整備する方の多くがボランティアなんよね。ご高齢の先輩方も多いです。どんな道も、お世話してくれてる人がおって安全に歩かせてもらえよるけど、うちらも何かできるよな…。

いかんいかん、おっちゃんらと話しよったら大幅に遅れてしもた。ダッシュで追いかけよったら、足元や頭上にお遍路さん激励のメッセージ。

むっちゃがんばれるやん〜!

「さあ がんばって」

「同行二人(四国遍路は常にお大師様と2人ですよという意味)」

「一歩あるけば一歩ちかづく」。ほんまよね! みんなに追いついた。

ここで、岡崎さんにこの遍路道とどう付き合われてるのか、聞いてみました。

「いつも、藤井寺から一本杉までを全体的に整備しながら歩いてます。自分は1時間20分くらいで一本杉に着くんですけどね」

は、はっや! 今回のコースタイムは休憩込みで4時間

「お遍路さんにとっては初めての山道で、シャリバテ(お腹が減って行動できなくなること)で動けない状態の方も結構いらっしゃる。そういう方には自分のおにぎりや大福をお渡しするとかして、お接待してますね。自分がシャリバテってことも知らない方もいたりね。」

もともとハイカーやない方が多いですもんね。

「そうそう、大福を差し上げたら、『もう歩けないからすぐタクシー呼びます』って状態の人が元気になってスタスタ焼山寺まで行けたり。徳を積む意識というよりは、喜んでもらえてるからいいかなって気持ちですかね。」

外国人のお遍路さんも、よーけいらっしゃいますね。

「よく一緒に歩きながらお話しして、海外旅行気分を味わったりもします(笑)。海外からの方は自分の心と向き合いながら、四国の風景を味わっている方が多く、逆に日本人は少しでも早く回ろうと、札所にばかり集中したり、きついとかしんどいとか言ってたりする方が多い印象ですね。外国人のお遍路さんには、世界中のいろんな国々を旅してきた方が多いのですが、お遍路は人とのコミュニケーションやノイズのない自然環境、安全性などの面にも優れてて、お祈りの時間も多く、いちばん安らげ、人への思いやりを育てられて、最高だとよく言われます。」

ほうなんじゃ。誇らしいこと。私もお遍路するならゆっくり歩きながら考える時間にしたいなぁ。

緩やかな登りと平坦な道を繰り返し、第2の休憩所、長戸庵を越え、森を進むと一気に視界が開けました。

展望休憩所からは、徳島県を東西に流れる吉野川市の景色。奥には香川との県境・讃岐山脈。

ドイツ人のご夫婦とドイツ語で会話するメンバー。

険しい遍路道と聞いて気構えとったけど、ハイカーのうちらにとっては、お遍路文化に触れられる、新鮮なトレイルって感じ。昔のお遍路さんはやっぱ事情が違うたみたいよ。

「江戸時代に、一般の人らに遍路が流行ったんですよ。」と増田さん。

「真念さん(『遍路の父』『四国遍路中興の祖』といわれる宥辨真念)が1650年頃この道を開き、四国遍路道指南(しこくへんろみちしるべ)っていう八十八ヶ所のガイドブックみたいなものや、道標も作られてね。それまで修行の道だったのが大衆化して色んな人が歩くようになりました。」

「たまに見かけるお墓みたいなのは、道中亡くなった方のお墓なんですか?」と尋ねると、「そうそう、ちょうどこちらにあるでしょ。日付と住所が彫ってある。『宇佐』って書いてるってことは、この方は大分の方やね」。

江戸時代に大分から…すごい覚悟だったんやろね。

お墓には豊前宇佐郡宇佐町って文字が。

今より交通や食・もちろんギアも発達してない昔に四国遍路を歩くんは死と隣り合わせを意味する。道中で行き倒れ、亡しになって、そのまま葬ってもかまんように白装束を着とったんが今に続いとるというし。お遍路をする背景も今と全然違ったみたいやし。

令和の今でも、こういうの見たら生と死って近くにあるよねってを意識させられる。それが四国が持っとる、土着的で謎に神秘的な空気感に繋がっとんかもしれん、って思いました。

振り返ると、増田さんと菅野さんがずっと話し合いしもって歩きよる。いつもボケ倒す菅野さんが、真剣そうやし、どしたんだろか。

そして次の休憩所、柳水庵(藤井寺から6.5km地点)で休憩。

雨予報やったけど、快晴で気持ちえー。

松山のアウトドアショップ『T-mountain』オーナーでもあるアンバサダー菅野さんとスタッフのカオリさん。菅野さんが持つのは高知のお菓子「ミレー」

真鍋さんたちがやってる「かまパン」のパンをおすそわけ。真鍋さん優しい〜パンおいしい〜。

会う人会う人話好き

次に会ったのは、軽やかな足取りのソロのおいちゃん。

「こんにちはー」と交わすあいさつを皮切りになんとなく始まってしまう会話。自己紹介の一部みたいに、おいちゃん「30年でお遍路を8周回ったんよ」。「ええ、すごいねえ」こりゃ話したら長いぞ。笑

「今日は藤井寺と焼山寺の往復で、通算60回目。ほんまいい道やね。朝の2時半にふもとの鴨島(吉野川市)を出てな。もうね、お遍路の魅力に取り憑かれて、歩かざるを得ないという感じやね。ほんで、歩いたら元気にならざるを得ん」

おいちゃんの話も聞かざるを得ない。

徳島市内や高野山の見どころまで教えてくれる、おいちゃんのサービス精神に聞き入る一行。話し好きの方が多いんかな、出会う人出会う人に、笑いとか元気とか与えてもろてばっかり。

最後は、全員揃って折り返し地点の一本杉を目指しました。花粉症の人が心配になるほどの、杉、杉、杉。木漏れ日が差し込む厳かな遍路道を進んだ先にとうとう現れた、荘厳な巨樹が一本杉。

大きな大きな杉の木の下にお大師様の像。

迎えてくれとるみたいで、その存在感や達成感にメンバーの顔もほころんだ。ほんで、この立派な一本杉は、お大師様が植えたと言われてます(お大師様が〇〇されたシリーズ、四国内むっちゃ多いです)。

一本杉の向かいにはたくさんのお地蔵様が。命の存在を感じる。

私たち以外誰もおらん空間。

一本杉のまわりをぐるっと周って「ほんまに一本の木やね」と感心し、奥の広場でまた輪になってお昼休憩。買ってきたおにぎりやカップ麺のメンバーが多い中、実家のばあちゃんのお弁当を持ってきてた人もおってほっこり。

家族の愛を感じるお弁当ビジュアル

山道祭にも出店予定のHiker’s Gin。軽くて強くておいしくてハイキングにおすすめ!

お大師様と一緒に全員で集合写真!

四国のトレイルのためにできること

休憩後は、同じルートを下ります。行きではどこかしらにあった緊張感もほぐれ、落ち葉でふわっふわの遍路道をずんずん下ります。

広葉樹の森は足元がフカフカ。肥料にしたい!

柳水庵まで戻った時、菅野さんから呼びかけが。

「増田さんや『へんろの里』のために、ちょっとアイデア募集です。もっと多くの人に使ってもらいたいってことなんやけど、お遍路さんは春と秋がシーズンで、夏や冬は人が立ち寄らない時期が結構あるんよね。

あの場所は増田さんらの結構な額の私財や、メダカを育てて販売した収益で運営してて。せっかくいい場所やのにもったいないので、下山後また増田さんがお接待してくださる時にアイデア伝えてみてもらえますか。飲食店とか、子どもが遊べるようプール作るのとかどうやろって言われてました。

あと、今メインで活動されてるのが4人のおっちゃんらしくて。若い世代にも繋ぎたいらしいから、僕らにできることあればいいのかなって思いました。」

あの時に話してたのは、そういうことやったみたい。

みんなのアイデア集めるの、ええやーん!

その場でも、各地の事例の話があって、「まず参加してみて、楽しかったらサポート側に立ちたいって思うよね」って、イベントのボランティアの例や、東北の「みちのく潮風トレイル」のみたいに、「四国遍路」や「四国のみち(四国自然歩道)*」とかのキーワードを発信して、私ら自身も楽しんだら、来てみたい、何かしたいって思う人が出てきたりするかもしれんよね…って意見も出ました。

*全長1,647kmの長距離自然歩道。起点は徳島県鳴門市、終点は徳島県板野郡板野町。四国霊場や、各地に点在する身近な自然や歴史に親しみながら、歩いて四国を一周することができる。

「やっぱり、歩いてもらうのがいちばんですよね。それぞれ皆さん、同じものを見ても、感じることって違うと思うんで。今回も、ひとつのきっかけですよね」と岡崎さん。

そして菅野さんの発案で、下りたら増田さんを囲んで一人ひとり感想をシェアすることに。

ちょっと足が痛むメンバーもいましたが、全員無事に下山! 再び藤井寺にお詣り。

岡崎さんが拝殿の正面じゃなくこの位置からお詣りされるのは、他の方への思いやりやった。自分も心すむまで拝めるし、それが功徳を積むことにつながるって。

「何事も謙虚な心で、自分がいいと思ってやるのが大事やし、それが信仰なんですよね。」

なるほど。岡崎さんの言動ひとつひとつが、筋が通っとるし、感謝の心に満ちとるのがわかる。

再び、増田さんが待ってくれてる「へんろの里」へ。一人ひとりが今日感じたことやアイデアをシェアします。

またまた飲み物をいただき、ほっと一息。

愛媛でパン屋さんに勤める彼女は、山道祭のボランティアスタッフ。

「あんなにトレイルがきれいで歩きやすいって思わんくて。お世話してくれてる人に感謝です。ロングトレイルに興味があったんですけど、今日めっちゃ楽しくてお遍路もいつかガッツリ挑戦したいと思いました」

最近低山をよく歩いてるというメンバーも続けて「四国のみち(四国自然歩道)の、香川の『岬めぐりのみちコース』が好きなんやけど、自分も微力ながら遍路道のことを発信したら、お遍路の文化も繋げられるんかな」と話してくれました。

高知から参加のおふたりからは、「お遍路さんの歴史も知れたし、歩きやすかったから、別の遍路道も歩きたいです」と感想が。

京都から来たメンバーは「楽しい時間で、お遍路を皆さんと歩けてよかった。また四国に来ます!」と、電車の時間に合わせ、一足先に帰路へ。

彼女を送ってくれた真鍋さんは「いやぁいい道でした。またこの道を地元神山のメンバーと歩きたいし、四国のあしもとをしっかり知りたいと思いました。」

それぞれの日常と遍路の道がつながった感じ。

アイデアとして、「ここにサウナ作るんはどう?きれいな川にドボンできるし」っていうのも。山と道スタッフの木村くんも、外からの視点でいいこと言ってくれて嬉しかったな。

「HLCの魅力って、いろんなエリアの人との出会いだと感じているんですが、今回四国でそれをより色濃く感じました。いろんな人が山に関わっていることも知れたし、『自分にも何かできないかな』と思える、人思いの人が多いって四国の魅力じゃないかな。僕もすごい興味が湧いてて、山道祭が終わったら四国をゆっくり歩きたいと思っています。」

最後は増田さん。

「ここを作ってコツコツやってきて5年。僕も相棒も73歳で今後ここをどうしてくかっちゅうのはすごく課題なんで、皆さんに聞かせてもらいました。いい方向に行けばなって思います。」

「あ、ちなみにね、僕データマニアでね、ここ来た人の15%が道険しいから靴買い替えるんですよ。サンダルで登る人もおったりして、僕がクルマ出して街に買いに行ったりもしよるんですよ」……って、興味深すぎて終わらんやんか(笑)。

これは、ここで発行している「四国八十八ヶ所遍路大使任命書」という、歩き遍路で結願(八十八ヶ所すべてを巡り終えること)した人にだけ渡される貴重な証書。無記名のものを、増田さんが帰り際に記念に渡してくれようとしました。

いやいや増田さん、お気持ち嬉しいけど、自分でガッツリ歩ききってから受け取りますね……って、

もらうんかーーーい!(いいお土産になったね!)

今回、HLCのローカルスタディハイキングを実践し、知らんかった四国を見ることができました。

遍路道には、お遍路さんだけでなく、その美しさや安全を守ってくれる人の存在があって、作業してくれとるときに直接お会いすることもできた。歩いてみてやっと、四国遍路への熱量が上がった気がします。少しやけど、はっきりと。

取材後は空海(お大師様)や仏教についてのポッドキャストを聴いたり、「これ使えるな」と遍路道を歩く目線でギアを見たり、お遍路さんの歴史の本を読んだり。

そして何より、1200年前から続く道があることをもっと誇りに思うようになったし、四国のことがもっと好きになって、遊びに来てくれた人を案内したいなーって感じてます。

めっちゃ長くなりましたが、それだけ楽しかったってこと。次のHLCローカルスタディハイキングも、お楽しみに!

日野藍

日野藍

山と道HLC情報発信担当/フリーランス編集者・デザイナー。 愛媛県在住。高校時代の部活は応援団。田舎を出たくて関西に進学し、デザイン会社のディレクターとして東京や大阪で働く。2014年にUターン後は地元西条市の広報担当を7年務め、まちの魅力を知るために登った石鎚山をきっかけに山にハマる。地域と人に興味があり、2023年の山道祭では地元コーディネーターとして協力。同年四国のアウトドアがテーマの雑誌『YON』を創刊。好きな人たちをクリエイティブで応援しながら、四国を軸足とした様々なエリアでの体験を仕事や暮らしに取り込んで日々を楽しんでいる。

連載「HLC Report」