誰にでもある、思い出の道具やどうしても捨てられない道具、ずっと使い続けている道具。
この『HIKERS’ CLASSICS』は、山と道がいつも刺激を受けているハイカーやランナー、アスリートの方々に、それぞれの「クラシック(古典・名作)」と呼べる山道具を語っていただくリレー連載です。
第7回目となる今回の寄稿者は、グラフィックデザイナー/イラストレーターとして多方面で活躍するジェリー鵜飼さん。ULTRA HEAVYやMountain Poor Boys、『SOTOKEN』のメンバーとしての活動もJOURNALS読者にはお馴染みではないでしょうか?
ジェリーさんは山と道との親交も深く、MINI2やAlpha Anorak、Winter Hike PantsやAlpha Haramakiの製品ページでは素敵なイラストを書き下ろしていただいています。
「山やウルトラライト・ハイキングとの出会いで人生観が変わった」というジェリーさんの、CLASSICSとは?
NOTE
山に「登る」というより山に「入る」
美大生時代に学友のU君に誘われて山に登るようになりました。
登山というよりも、精神世界の探求を目的とした山旅で、山に「登る」というより山に「入る」と表現した方が感覚的には近かったと思います。
美術系の学校に入学すると必ずやってくるインドへの好奇心。チベット密教。そしてアシッド体験による意識の拡大。スウェット・ ロッジ。レイブカルチャー。ビートニクス……。風呂なしのボロアパートに暮らす貧乏学生のくせにイマジネーションだけはやたらと壮大で、世界平和を真剣に考えていたあの頃(笑)。いやー、若いって素晴らしい。
とにかく山に行くのは、中沢新一さん、細野晴臣さん、横尾忠則さんらの影響が強く、パワースポットを巡るような感覚に近くて、テレビや新聞が伝える世間一般的な常識とは別の、もっと深い本質を探すような旅でした。
なんというか言葉では表現できない「感覚」とか「無意識」みたいな、そういう世界への憧れが強かったように思います。そうそう、高村薫さんの小説『マークスの山』を読んでいつか北岳に登りたいなーと思っていたのもこの頃でした。懐かしい。
ゴッサマーギアのリックサックを背負って鳳凰三山を歩く。
仕事や夜遊びに明け暮れた30代。毎日が楽しくて山への興味が薄れてきました。友人を誘って富士山や大山に登ったり、レイブで行った長野の山奥で寒さに耐えきれなくなって知らない人のテントに勝手に潜り込んで寝たり(ひどい!)と、そんなこともたまにありましたが、自然との付き合いはその程度でした。しかし、仕事のストレスがたまったのかどうかわかりませんが、再び「山」に興味が湧きます。
この頃(2006年)に制作した『SPECIAL OTHERS (スペシャル・アザース)』の『AIMS』と『Good Morning』のCDジャケットは両方とも「山」です。同時期にヤン富田さんから依頼を受け一生懸命に描いた『DOOPEES (ドゥーピーズ)』の絵も山(というかグランドキャニオン)。
SPECIAL OTHERSの『AIMS』と『Good Morning』のCDジャケット。
2008年に発売された雑誌『Coyote』のモンブラン特集で見たホンマタカシさんの写真に感激し、同年に若菜晃子さんが出版した『東京近郊ミニハイク』は山ブームの夜明けを感じさせてくれました。ミーハーです。時代の流れに乗るのも得意です。誰が仕掛けたのか知りませんが、知らず知らずのうちに山ブームに乗っかったんだと思います。
「軽いって自由」という言葉は人生においてもリアル
2009年、大きな転機が訪れます。
スタイリストの岡部文彦から「雑誌の『GOOUT』で連載を始めるので手伝ってほしい」という連絡が来ました。そうです、『SOTOKEN』(当初のタイトルは『外遊び研究所』)の誕生です。
新連載の打ち合わせで久しぶりに会った岡部が芦沢洋一さんを僕に教えてくれました。話を聞けばとにかく面白そう。「一緒にやろう!」と言ったかどうかは覚えていませんが、お手伝いさせてもらうことにしました。それからはリサーチの日々。連載の開始=アウトドア・ウエアやギアの勉強開始となったのです。
時代はまさにウルトラライト(以下UL)の波がドドーンと押し寄せる真っただ中。僕はすっかりULの虜になりました。
MPBで遡行した奥秩父の笛吹川。
実はこの頃、プライベートでいろいろなことがあり、人生を清算していた時期でもありました。大量にコレクションしていたレコード、洋服、画集、そして数々の思い出がつまったアルバム。その全てを手放し本当に(貯金も)ゼロからの出発。ですが、この境遇をUL思想はプラスに転じてくれたのです。実際問題、そのとき僕は物質だけではなく多くのモノを失ったわけですが、常に心は満ちていました。なぜなら「軽いって自由」という言葉は人生においてもリアルだったからです。
「無い」という状態ほど贅沢なことはない。「無い」からこそ考え、工夫する喜びがある。そして「無い」ことによって得る可能性がある。人生の再出発と同時にはまったULスタイルでのハイク。そして山がつなげてくれた新しい友との出会い。カッコばかりつけていて本質が全く見えてなかった学生時代とは違い、いまは足元を見ながら自分のサイズで物事を思慮するようになりました。ULが教えてくれたのは自分の「軽さ」なのかもしれません。見栄を張らず、おごらず、つつましく生きたいと思うのです。
甲武信ヶ岳山頂付近から詰めてきた笛吹川を見下ろす。